騎士団長の来訪
フレイヤがレリックの事務所に来たのは、数日後の昼過ぎだった。
「テンプル騎士団長がお見えです!!」
アリアが事務所に駆け込んできた。
いつもの元気な声ではなかった。
完全に慌てていた。
「え、フレイヤさんが?」
まさか本当に来るとは。
「はい! 正門前に! 護衛も連れてきていて! どうしましょう!?」
全員が一瞬固まった。
もしや教会によるガサ入れか。
ここには教会に見つかったらマズものがたくさんある。
「ソフィアさん、研究資料!」
「わかってます!」
ソフィアが研究室に飛び込んだ。
禁忌に触れる資料を棚の奥に突っ込む音が聞こえた。
ルカとのやり取りを記した書類も隠す。
ゼナが「ウチのメモも!」と言いながら何かを上着の内側に隠した。
ヴェインが剣の柄に手をかけた。
「戦わなくていいです」
「……わかっている」
「じゃあ手を離してください」
「……わかっている」
アリアが「お通ししても大丈夫ですか…?」と聞いた。
「通してください」
「本当に大丈夫ですか? 騎士団長ですよ?」
「大丈夫ですよ、なんとかします」
「その根拠のない自信はどこから」
「通してください」
アリアが走っていった。
全員が素早く部屋の中を確認した。
怪しいものは全部消えていた。
普通の遺産調査組合の事務所に見える。
たぶん。
フレイヤが入ってきた。
護衛は外に置いてきたらく、一人だった。
両手に、大量の荷物を持っていた。
高級そうな木箱が三つ。
花束が二束。
金色の袋が一つ。
「先日はお世話になりましたわ」
にこやかな挨拶だった。
ゼナの目は荷物に吸い寄せられている。
「ご丁寧にありがとうございます」
「お礼もせずにいられませんもの。受け取っていただけますかしら」
フレイヤが荷物を机に置いた。
木箱の中身が見えた。
高級そうな菓子が入っていた。
王都でも上位レベルの菓子屋の包みだ。
金色の袋が机の上に置かれた。
中からチャラチャラと音がした。
「これは!金貨の音!」とゼナが叫んだ。
なんでわかるんだよ。
音だけで。
「死にやすくない!生きやすい!珍しく!」
「ゼナさん、落ち着きましょう」
「でも!」
フレイヤがゼナを見た。
ゼナが「いただきますありがとうございます」と礼を言った。
それ、君のじゃないからね?と内心思ったが口には出さなかった。
ソフィアが研究室から戻ってきた。
資料の隠蔽が終わったらしかった。
ソフィアの視線の先はフレイヤだった。
フレイヤは僕を見ていた。
ソフィアが持っていたペンを、バンッ!と机に置いた。
いつもより激しめに。
「ソータ、先日は本当に助かりましたわ」
フレイヤが僕の方を向いた。
「いえ。あのような場面に居合わせたのは偶然ですし」
「偶然にしては、随分と見事な動きでしたわね」
「そういう体術なんです」
「そうですわね、体術でしたわね」
フレイヤが少し微笑んだ。
納得している顔ではなかった。
でも追及はしてこなかった。
「あなたのような方は、なかなかお会いできませんわ」
「そうですか」
「また機会があれば、ご一緒させていただけますかしら」
「依頼があればレリックに」
「そういう意味ではなくてよ」
ゼナが「鈍感すぎ。死にやすいよ」と小声で言った。
「聞こえましたよ」
「独り言」
ソフィアが手元のペンを指でくるくると回し始めた。
いつもよりスピードが速い。
本人は気づいていないようだが。
ヴェインは相変わらず黙っていた。
いつもよりもさらに無口だった。
兜の中の様子はわからないが、普段より様子がおかしい、気がした。
「せっかくの機会なので、少し聞いてもいいですか」と僕が言った。
「なんですの?」
「最近、教会の調査隊が遺跡に来ることが増えているようですが、何か理由がありますか」
フレイヤが少し考えた。
「ソル大司祭が最近、各地の遺跡の状況を把握しようとしています。理由はわたくしにも詳しくは明かされていませんが、何か懸念があるようで」
「懸念というのは」
「古代の遺産が、最近になって動き始めているという話があります。わたくしはそれ以上の詳細は知りませんが」
「なるほど」
やはり、隠蔽派も古代システムの再起動の兆候には気づいていたということか。
隠す側なのだから当然なのだろうけど。
「それと」
フレイヤが少し声を落とした。
「少し気になっていることがありますの」
「気になっていること?」
「神秘を解き明かそうとしている組織がいるようだ、という話が騎士団内で出ています。名前はわかりませんが」
全員に緊張が走る。
表情には出さなかった。
ゼナが「へ、へぇ~、そんな組織があるんですか」と言った。
声が上ずっている
ゼナさん、嘘が下手すぎませんか?
根が素直すぎて隠し事とか不向きなタイプだなほんと。
その時、アリアが飲み物を持ってきた。
紅茶だ。
おそらくフレイアに合わせて用意したものだろう。
アリアが「お邪魔でしたか?」と言いながら紅茶を皆に配る。
ナイスタイミング。
ちょうどゼナが動揺したところに被ったから誤魔化せた。
アリアが「ごゆっくりどうぞ!」と言って出ていった。
場の空気が少し緩んだ。
フレイアが紅茶を口にして、話を続ける。
「確証はありませんわ。でも各地の遺跡の調査が、レリックとは別の何かによっても行われているようで。ソル大司祭はその調査を警戒されているようです」
「別の何か」
「あなたたちは、何か知りませんの?遺跡調査をしている、レリックではない別の組織」
少し間があった。
「知りませんね」
「……そうですの」
フレイヤが「まあいいですわ」と言った。
信じているかどうかわからない目だった。
「わたくし、個人的な話をしてよろしいですか」
フレイヤが雰囲気を変えて言った。
「どうぞ」
「わたくしは教義に従っていますし、これからも従うつもりですわ。ただ」
少し間を置いた。
「先日、遺跡で助けていただいた騎士の一人が言っていましたの。自分たちの村では、古代の遺産が使えるようになってから生活が楽になったと。でもそれは教会が認めたわけではないので、正式には禁忌に触れると」
「それについてどう思いますか」
「わたくしには判断できませんわ。でも」
フレイヤが少し俯いた。
「神の恵みは、広く届くべきものではないかと、個人的には思いますの。教会の中だけで囲い込むのが正しいのか、確信が持てなくて」
「それを教会の中で言えますか」
「言えませんわ。だからここで言っているんですの」
ソフィアが「デュフフ……」と小さく言った。
今回のデュフフは珍しく静かだった。
ヴェインが「……教会の中にも、そう思う者がいるということか」と聞いた。
「少数ですけれどね。あなたはどうお考えですの?」とフレイヤが聞いた。
「……同意する部分はある」
フレイヤが「意見を聞かせていただけますかしら、ソータ」と話を振った。
「神の恵みが広く届くべきかどうかは、僕にはわかりません。でも、知識は独占するより共有した方が、長い目で見ると豊かになることが多いとは思います」
「……そうですわね」
フレイヤが少し考えた後、言った。
「あなたは、なぜそういうことを考えるんですの。レリックの調査員であれば、そこまで考えなくてもいいでしょうに」
「守りたいものがあるので」
「守りたいもの?」
少し間を置いた。
「この世界を、です」
その瞬間だった。
フレイヤが、固まった。
上品なお嬢様の仮面が、一瞬だけ外れた。
目が大きく見開かれた。
頬が、わずかに赤くなった。
呼吸が、少し乱れた気がした。
「…………」
しばらく、何も言わなかった。
「……ソータ」
「なんですか」
「あなたは」
また止まった。
「わたくしの運命の人ですわ」
フレイヤの目がハートになっていた。
ゼナが「……あ、これダメなやつだ」と小声で言った。
「何がですか」と僕が聞いた。
「なんでもない」
ベキッと音がした。
音の出どころを見るとソフィアがペンを握りつぶしていた。
でも顔はいつもの柔和な笑顔のままだ。
ヴェインはいつも通り黙っている。
フレイヤが帰る前に、もう一度話しかけてきた。
「ソータ、あなたは不思議な方ですわね」
「そうですか?」
「ええ。騎士でも聖職者でもないのに、世界を守りたいだなんて」
「笑いますか?」
「いいえ」
フレイヤが少し間を置いた。
「なかなか、言える言葉ではありません。尊敬に値します」
「ありがとうございます」
「また来てもよろしいですか」
「レリックに依頼があれば」
「依頼以外でも」
「……それは」
「お会いできるだけでも、嬉しいですわ」
完全に目がハートだ。
死にやすくなるなぁ、社会的に。
フレイヤが踵を返した。
出口のところで、一度だけ振り返った。
僕の方を見て、にっこりと微笑む。
それからヴェインを見た。
「ヴェイン」
「なんだ」
「先日は、ありがとうございました」
「礼はいい」
「……受け取ってくださいまし」
ヴェインが少し間を置いた。
「……ああ」
フレイヤが出ていった。
扉が閉まった。
全員が沈黙した。
「……なんか面白くなーい」とゼナが言った。
「何がですか」
「いや、別に~」
「そうですか」
「そうだよ! もう!」
ソフィアが「デュフフ」と言った。
今日何度目かのデュフフだったが、目が笑っていなかった。
ヴェインが「……問題ない」と言った。
「何が問題ないんですか」
「全部」
「そうですか」
「そうだ」
少し間があった。
アリアが「フレイヤ様、帰られましたよ!」と飛び込んできた。
「何か大事な話してましたか? 気になって気になって!」
「情報収集と、お礼と、あとは世間話です」と僕が言った。
「そうですか~! でもなんか空気が重いですよ、みなさん」
「そうですかね」
「そうですよ! なんかあったんですか?」
「特には」
アリアが「怪しいですね~」と言いながら出ていった。
「まぁ、監査じゃなくて良かったですよね」
本当にお礼のためだけに来たらしい。
第一印象こそアレだったけども、意外と誠実な人柄なのは話していてわかった。
ゼナがため息をついた。
「あのお嬢様、また来るんでしょ」
「来るでしょうね」
「死にやすいよ」
「社会的に…」
夜、一人で屋上に出た。
フレイヤが言っていた言葉が、頭の中に残っていた。
「神の恵みは、広く届くべきものではないかと、個人的には思いますの」
教会の隠匿派の騎士団長が、そう思っている。
言えないから、ここで言った。
教会の中にも、変わりたいと思っている人がいる。
以前、村長が炊飯器に手を合わせていた場面を思い出した。
村人が天気予報で水害を免れた場面を思い出した。
温泉地の主人が「先祖の遺産が守ってくれていた」と泣いていた場面を思い出した。
あの人たちは、知識が共有された方が豊かになる、という側の人間だった。
知識が解放された時、あの人たちは何を思うだろう。
教会が独占していたものが、実は自分たちも使えるものだったと知った時。
――それは、変化のきっかけになるかもしれない。
大きな変化の。
しかしまぁ。
今日も、なんとかなったことだし――
明日も、なんとかできるはずだ。
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