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それぞれの思惑

 

 ルカの研究所に向かったのは、翌日だった。


 実戦データを持っていく必要があったからだ。

 数値で見せた方がルカは喜ぶ、というのが三ヶ月でわかってきた。


 研究所の入口でルカが待っていた。


 「遅いのだ」


 「時間通りですよ」


 「ルカの体感では遅いのだ」


 「それは僕たちのせいじゃないですよ」


 「うるさいのだ。早く入るのだ」


 ルカが中に消えた。


 ゼナが「相変わらずだね」と小声で言った。


 作業室でデータを広げた。


 ルカが資料を見る目が変わった。


 子供の顔ではなく、研究者の顔になっていた。


 「……よくやったのだ」


 珍しい台詞だった。


 「ルカちゃんが褒めた!!」とゼナが叫んだ。


 「うるさいのだ」


 「でも褒めた!」


 「一回しか言わないのだ。二度目はないのだ」


 「一回で十分ですよ」と僕が言った。


 「ソータは賢いのだ」


 「ゼナさんも賢いですよ」


 「そうなのだ?」


 ルカがゼナを見た。

 ゼナが「ウチ、賢いよ?」という顔をしていた。


 「生き延びる賢さはある。それは認めるのだ」


 ゼナが「わかってるね!」と叫んだ。


 「うるさいのだ!!」


 ソフィアが「デュフフ」と笑い、ヴェインは静かにお茶を飲んでいた。


 データの分析が一通り終わった後、バッテリーの問題を切り出した。


 「時間制限の件ですが、延長の方法はありますか」


 ルカの顔が少し変わった。


 「……難しいのだ」


 「難しい、というのは」


 「現時点のバッテリー性能の限界なのだ。素材の問題も、構造の問題もある。すぐに解決できる話ではないのだ」


 「代替案は」


 「考えてはいるのだ。ただ今すぐは難しいのだ」


 「そうですか」


 ソフィアが「デュフフ……何か方法があるかもしれませんね」と言った。


 ルカが「あるなら教えてほしいのだ」と言った。


 「まだ考え中ですが…ヒントはある気がするんですよね」


 「考えがまとまったら教えるのだ。ルカも考えるのだ」


 解決策は出なかったが、全員で考える方針となった。

 宿題みたいな。


 「また来るのだ」とルカが言った。


 「データをもっと積み上げるのだ。実戦回数が増えれば改良点も見えてくるのだ」


 「わかりました」


 「土下座して帰るのだ」


 「遠慮します」


 夕方、レインのもとへ向かった。


 以前と同じ薬の店の奥の部屋で、レインが待っていた。


 だが、いつもと少し様子が違った。


 疲れた顔、というより、何かを考え続けている顔だった。


 「少し伝えておきたい話があります」とレインが言った。


 「教会の内部の話ですか」


 「そうです。あなたたちには、今の状況を正確に知っておいてもらいたくて」


 全員が椅子に座った。


 「三人の大司祭の関係について、改めて説明します」


 レインが話し始めた。


 「まず私、推進派の立場から。奇跡の恩恵を広く民に届けるべきだという考えです。神秘の仕組みを明らかにして、教会が独占している知識を開放する。それが目標です」

 

 「活動の指針みたいなものはあるんですか?」


 「我々の主張の根拠を積み上げて、合議で教会の方針を変えていこうとしています。ロゴスの活動がその中心です」


 「次に隠匿派。ソル・ギルバート大司祭です」


 ソル・ギルバート。

 老齢の男性、権力欲が強い、とレインから以前聞いたことがあった。


 「ソル大司祭は、古代技術の暴走で文明が一度滅んだという歴史を知っています。だから古代技術を神秘として隠蔽することで、同じことが繰り返されるのを防ごうとしている」

 

 「世界を守るために隠している」


 「そうです。方法は強引ですが、動機は本物です。権力欲も確かにありますが、危険なものを人の手に渡らせたくないという意志は純粋だと思います――少なくとも私にはそう見えます」

 

 「複雑ですね」


 「そうですね。だから対立はしていますが、単純に敵とは言いにくい。でも現状、私たちの動きを妨害しているのは事実です」


 「そして中立派。ムーンヴェイル・ヴァーミリオン大司祭」


 聞いたことのない名前だった。


 「どんな人なんですか?」


 「若くして大司祭に上り詰めた、非常に優秀な方です。どちらの派閥にも与せず、教会の安定を優先するという立場をとっています」


 「今の勢力バランスは」


 「隠匿派が優勢です。ソル大司祭の派閥は長年かけて教会内に根を張っています。私の推進派は少数です。ムーンヴェイル大司祭の中立派がどちらに傾くかで、合議の結果が変わります」

 

 「中立派はどちらに傾きそうですか」


 レインが少し間を置いた。


 「……わかりません」


 珍しく、はっきりしない答えだった。


 「ムーンヴェイル大司祭は読みにくい方で。どちらの言い分も冷静に聞いていらっしゃいますが、本心が見えない」


 「信頼できる方ですか」


 レインがまた少し間を置いた。


 「……優秀な方です」


 含みのある言い方だった。

 おそらくレインの目から見て信用しきれない部分があるのだろう。


 現状敵対しているはずのソル大司祭のほうが人間的には信用がおける、ということか。


 「現状、ソル大司祭の派閥が私の動きを探り始めています」とレインが続けた。


 「不在の間に部屋に入られた形跡があります。周囲の人間にも聞き取りを始めているようです。直接的な証拠は掴まれていませんが、時間の問題かもしれません」


 「具体的にどう動いてきますか」


 「テンプル騎士団を使うと思います」


 「テンプル騎士団、というのは」


 「教会の武力組織です。事実上、隠匿派の管轄下にあります。遺跡への立ち入りを実力で阻止する役割を担っています。最近、各地の遺跡に騎士団の動きが増えています」


 ヴェインが「……テンプル騎士団」と小声で言った。


 全員がヴェインを見た。


 「ヴェインさんは知っていますか」


 「……知っている」


 小さい返事だった。


 レインが「ヴェインさんは、かつてあの騎士団に所属していましたね。」と言った。


 「……昔の話だ」


 「そうですか」


 レインはそれ以上聞かなかった。


 「とにかく、今後は遺跡調査の際に騎士団と鉢合わせる可能性が高まっています。気をつけてください」


 「わかりました」


 翌日、遺跡調査に向かった。


 ロゴスからの依頼で、山岳地帯の遺跡だった。


 古代の制御装置が誤作動しているという報告があって、止めに行く必要があった。


 遺跡の入口に着いた時、すでに先客がいた。


 全員が止まった。


 十人ほどの一団だった。

 揃いの鎧を着ていた。

 教会の紋章が入っている。


 その集団がテンプル騎士団だった。


 その一団の先頭に立っていた人物を見た瞬間、ヴェインが小さく息を呑んだ。


 優雅な女性だった。


 赤みがかった長い髪が、風に揺れている。


 立ち姿に隙がなかった。

 どこから見ても、騎士団長としての風格があった。


 「……フレイヤ」


 ヴェインが言った。

 かなり小さな声だったが、全員に聞こえた。


 フレイヤと呼ばれた女性が、こちらを見た。

 視線がゆっくりと全員を見回して、ヴェインで止まった。


 少し間があった。


 「……あら」


 口元が動いた。


 「久しぶりですわね、ヴェイン」


 柔らかい声だったが、言葉に棘があった。


 「……ああ」


 「レリックの雇われとして、しっかりやっていらっしゃるようで。何よりですわ」


 ゼナが「知り合い?」と小声で聞いた。


 フレイヤがこちら全員を見た。


 「この遺跡は教会の管轄として接収いたします。レリックの皆様には立ち退いていただけますかしら」


 「依頼を受けてきたんですが」とゼナが言った。


 「依頼先に確認を取られてはいかがですか。教会の管轄になった遺跡への立ち入りは許可されておりませんので、ね」


 にこやかだったが、動く気配がなかった。


 ヴェインが一歩前に出た。


 フレイヤがヴェインを正面から見た。


 上から下まで、ゆっくりと視線を動かした。


 「お変わりないようで」


 「……ああ」


 「まあ」


 フレイヤが少し微笑んだ。


 「あなた、まだ兜を外せないんですのね?」


 ヴェインが止まった。


 一瞬だけ、動きが止まった。


 「……関係ない」


 「そうですわね。関係ないですわね」


 フレイヤが視線を外した。


 「では立ち退きをお願いいたしますわ。次にお会いする時は、もう少し素直にお話できるとよろしいのですが」


 柔らかい笑みのまま言った。


 「今日は引きましょう」


 僕は全員に向けて言った。


 遺跡から離れた場所で止まった。


 みんな黙っていた。


 ゼナが「あの人誰?」とヴェインに尋ねた。


 ヴェインが少し間を置いて答えた。


 「テンプル騎士団の現騎士団長だ」


 「知り合いなの?」


 「……昔、競った相手だ」


 「競った、って」


 「それだけだ」


 それ以上は言わなかった。


 「でも、なんか嫌な感じの人だったじゃん」


 「ゼナさん」


 「だって。兜外せないって言ったじゃん。あれは意地悪だよ」


 ヴェインが「……ゼナ」と言った。


 「なに」


 「構わない」


 「そうは言ってもさぁ」


 「いい」


 ゼナが黙った。

 納得していない顔だった。


 ソフィアが「デュフフ……フレイヤさんは、ヴェインさんのことをどう思っているんですか」と聞いた。


 「自分が打ち負かした相手だと思っているだろう」


 「ヴェインさんはフレイヤさんをどう思っているんですか」


 ヴェインが少し考えた。


 「……実力のある人間だ。尊敬に値する」


 ソフィアが「デュフフ」と笑った。


 「何だ」


 「いえ、なんでもないですよ」


 「そうか」


 「そうです」


 ヴェインが「今の私には守るべきものがある。それだけだ」と言った。


 前を向いたまま言った。


 誰に向けた言葉かはわからなかった。

 でも全員が聞こえていた。


 「今日調べられなかった遺跡、どうしようか」とゼナが言った。


 「レインさんに報告して、別の方法を考えます」


 「先を越されたね」


 「今回は」


 「死にやすいね」


 「あの人達もね」


 ヴェインが「……次は負けない」と言った。


 フレイヤのことか、遺跡のことか、わからなかった。


 いつものように帰り道を、四人で歩いた。


 今日も、なんとかなったことだし――


 明日も、なんとかできるはずだ。


ここまでお読み頂きありがとうございます!


面白い!と感じた方は高評価ブックマーク感想等お願い致します。

作者のモチベーションにつながります。


次回も見て頂けると嬉しいです!


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