ルカの研究所
「案内したい場所があります」
レインがそう言ったのは、翌週のことだった。
「ロゴスの研究施設です。あなたたちには知っておいてもらった方がいいと思って」
「研究施設、ですか」
「はい。少し遠いですが、半日あれば戻れます」
ゼナが「給金は出るの?」と聞いた。
「移動費は出ます」
「交通費だけか~」
「ゼナさん」
「わかってるよ、行くよ」
王都の郊外に向かった。
街道を外れて、獣道のような細い道を進んだ。
木々が深くなってきた。
「あと、どのくらいですか」とひいひい言いながらソフィアが聞いた。
この人は見た目通り体力がないのだ。
「もうすぐです」
しばらく歩いたところで、レインが止まった。
目の前には、崩れかけた石造りの建物があった。
壁の一部が落ちていた。
蔦が絡まっていた。
窓は塞がれていた。
どこからどう見ても、廃墟だった。
「……ここですか?」
「ここです」
「死にやすいセンサーが全然反応しないんだけど」とゼナが言った。
「廃墟にしか見えないですね」
「完璧な隠蔽ですね、デュフフ」とソフィアが言った。
「以前見つけた遺跡の外見変換装置の応用ですか」
「正確には、もう少し大規模なシステムです」
「建物全体を覆う形で、外部からは廃墟として認識させる投影が張られています。中に入る手順を知らないと、たどり着けない場所なんです」
レインが建物の特定の石を、決まった順番で触れた。
音もなく、入口が開いた。
中から、光が漏れてきた。
中に入った瞬間、全員が少し立ち止まった。
石造りの遺跡の構造をそのまま活かしながら、内部が改造されていた。
壁沿いに棚が並んでいた。
古代の遺物と、新しく作られた装置が混在していた。
天井から光源が吊り下がっていて、通路の先に、いくつかの部屋が続いていた。
「思ってたより広いね」とゼナが感心した。
「遺跡の地下部分も使っています。全体の三分の二は地下です」
「地下に研究室があるのは合理的ですね、デュフフ」とソフィアが言った。
「外から見えない、音も漏れない。私の研究室と同じ発想です」
奥から、足音がした。
小さな足音だった。
人影が現れた。
見た目は、十歳前後の女の子。
短い髪で、動きやすそうな服を着ていた。
小柄で、幼い顔立ちで、どう見ても子供だった。
ただし、歩き方が違った。
大企業の社長のような堂々たる存在感。
「来たのか」
全員を見渡して、その子供が言った。
「遅いのだ」
「すみません、道が」とレインが言いかけた。
「言い訳はいいのだ」
レインが「……失礼しました」と言った。
大司祭が謝っていた。
全員驚きで固まっている。
大司祭にこの物言いができる子供――
只者ではないのは間違いなかった。
「このちびっこは」とゼナが言った。
子供が目を細めた。
「ちびっこじゃないのだ」
「でも小さいじゃん」
「うるさいのだ。ルカだ。ここの所長なのだ」
「所長!?」
ゼナが叫んだ。
ヴェインが子供を見ていた。しばらく見て、「……小さいな」とだけ言った。
「うるさいのだ」とルカが言った。
聞こえていたらしい。
ルカは呆れ顔でレインに聞く。
「レイン、こいつらはちゃんと使えるのか」
「ええ、優秀なメンバーです」
「ふむ」
ルカが全員を改めて見た。
ヴェイン、ゼナ、ソフィア、そして僕の順番に視線が動いた。
「ソータとやらが、異世界の人間か」
「そうです」
「見た目は普通なのだ」
「そうですね」
「もっと変な見た目かと思っていたのだ」
「すみません、普通で」
ルカが「まあいいのだ」と言って、踵を返した。
「案内してやるのだ。ついてこい」
研究所の中を歩いた。
資料室には、これまでの遺跡調査の記録が保管されていた。
ロゴスが各地で集めた古代遺物の分析データ、設計図の写し、古代語の翻訳資料。
「すごい量ですね」とソフィアが驚く。
目が輝いていた。
「ロゴスが創立以来ずっと集めてきたものなのだ。全部ルカが管理しているのだ」
小さい胸を張る。
ちっちゃい子が他愛もない自慢をしてるようにしか見えない。
「全部把握しているんですか」
「当然なのだ」
保管室に入った。
神器のパーツが並んでいた。
番人の鎧に似た金属製の装甲パーツ、外見変換装置の解析データが記された資料、砲台の構造を模した設計図の写し。
見た瞬間、何かが頭に浮かんだ。
まだうまくイメージできなかったが、何かが形になろうとしていた。
「これは……砲台の設計図ですか」
「そうなのだ。以前お前たちが遭遇したやつの兄弟機なのだ。各地にいくつか確認されているのだ」
「兄弟機、ということは設計が同じ」
「おそらくな。古代に一括で製造されたとルカは見ているのだ」
頭の中で、何かがまた動いた。
パズルのピースがはまるように。
作業室に入った。
部屋の中央に、見慣れない装置があった。
薄い板のような画面が立っていて、その前に文字を入力するための盤がついていた。
画面に、古代語らしき文字が並んでいる。
「これは何ですか」
「ロゴスが古代技術を解析して再現した情報処理装置なのだ」
ルカが得意げに言った。
「古代の記録媒体に残っていた設計を元に、三年かけて作ったのだ。これを使いこなせる人間はロゴス内でも数人しかいないのだ」
なるほど、と思いながら、近づいた。
入力盤を見た。
配列が少し特殊だ。
でも基本的な構造は同じだった。
ぽちぽちと打ち始めた。
ルカが固まった。
「うぉおおい!!」
うわ、びっくりした。
「何勝手に触ってるのだ!これはデリケートな機械で…ってなんで使い方がわかるのだ?」
「キーボードの配列が少し違いますけど、大体わかります」
「キーボード?」
「こういう入力装置の呼び方です、僕の世界では」
ルカがしばらく黙っていた。
「お前の世界に、これと同じものがあるのか」
「似たようなものが普及していますよ。もっと高性能なやつが」
「もっと高性能」
ルカの目が変わった。
さっきまでの尊大な態度が、少しだけ崩れた。
「……もっと詳しく教えるのだ」
「構いませんけど、長くなりますよ」
「構わないのだ」
ゼナが「ルカちゃん、目がキラキラしてる」と言った。
「うるさいのだ」
ルカがゼナを睨む。
どうも子供扱いされるのが嫌いらしい。
「なぜお前がこんな知識を持っているのだ」
情報処理装置の説明を一通りした後、ルカが聞いた。
「父親がロボット工学の研究者で、小さい頃から手伝いをしていたので」
「ロボット工学?」
「機械を動かす仕組みを研究する学問です。自律で動く機械を作ったり、制御システムを設計したり」
ルカが少し黙った。
遠い目をした。
子供の顔が、一瞬だけ違う顔になった。
何かを知っているような、あるいは何かを思い出しているような。
「……ロボット工学」
小さく繰り返した。
「ルカさん?」
「なんでもないのだ」
すぐに戻った。
「まあいい。役に立つなら使ってやるのだ」
「よろしくお願いします」
「礼はいいのだ。働けばいいのだ」
保管室にもう一度戻った。
資料を見ながら歩いていると、頭の中でずっと引っかかっていたものが、急に繋がった。
番人の鎧の装甲と駆動系。
外見変換装置のセンサーとデータ処理。
砲台の照準技術と出力制御。
パズルのピースがはまっていく。
頭の中に、映像が浮かんだ。
アイア◯マン。
父親と一緒に映画を見たのを覚えていた。
スーツを着て飛ぶヒーロー。
全身を覆う装甲。
内部から制御される機械。
あ、と思った。
「ルカさん、一つ聞いてもいいですか」
「なんなのだ」
「この三つの技術、組み合わせられませんか」
ルカが振り返った。
詳しい説明をした。
番人の鎧の装甲と駆動系を使って、人間が着られる形にする。
外見変換装置のセンサーで外部情報を処理して、着用者に伝える。
砲台の照準技術で制御を補助する。
全部合わせれば、着て動かせる装甲が作れるはずだ。
ルカが黙った。
目が、少しずつ動いた。
資料を見て、設計図を見て、また僕を見た。
「……面白いのだ」
「できそうですか」
「難しいのだ」
「そうですか」
「でも面白いのだ」
「はい」
「やるのだ」
即断だった。
「なぜそんなものを思いついたのだ?」とルカが言った。
「僕も戦える力が欲しくて。みんなを守りたいので」
「……ふむ」
ルカが少し考えた。
「お前、使えるのだ」
「ありがとうございます」
「最大級の褒め言葉だぞ、わかっているのか」
「わかっています」
「感謝するなら土下座くらいするのだ」
「それは遠慮します」
この世界にも土下座はあるんだな。
ヴェインが「……そんな鎧が作れるのか」と言った。
「ルカが作るのだから間違いないのだ」
「……小さいのに」
「小さいは余計なのだ!!」
ルカがむくれた。
どうにも子供っぽいところもたくさんあるな。
大人っぽい子供なのか、子供に見える大人なのか、どちらか判断がつかない。
ゼナが「給金ちゃんと出るよね? ロゴスから」と聞いた。
ルカが「お前は現金なのだ」と言った。
「現金でお願いします」
「そういう意味じゃないのだ!!」
「冗談だよ」
「冗談に聞こえないのだ」
ゼナが笑った。
ゼナは子供に対するように接しているようだった。
らしいといえばらしい。
その頃、ソフィアがルカの資料を眺めていた。
「禁忌の研究をされているんですか、デュフフ」
「そうなのだ。お前もか」
「はい。奇跡の仕組みについて、ずっと調べていて」
ルカが少し目を細めた。
「面白いのだ。奇跡の仕組み、ルカも気になっているのだ」
「本当ですか」
「機械と奇跡には、何か繋がりがある気がしているのだ。ずっと」
ソフィアのオタク喋りが消えた。
「私も同じことを考えていました」
「詳しく聞かせてほしいのだ」
「デュフフ、どこから話しましょうか」
二人が急速に研究の話に入っていった。
僕とゼナとヴェインは少し離れた場所で顔を見合わせた。
「僕たちいなくていいですね」
「そうだね」とゼナが答えて、ヴェインが静かに頷いた。
帰り際、ルカが研究所の入口まで見送りに来た。
レインに後で聞いたことだが、所長自ら見送りに来るのは珍しいことらしい。
「また来い」
ルカが言った。
「いいんですか?」
「来いと言ったのだ。顔パスにしておいてやる」
「ありがとうございます」
「感謝するなら土下座」
「遠慮します」
「……まあ、次に来るのを待っているのだ」
ルカが研究所の奥に戻っていった。
小さな背中だった。
「なんかあの子、可愛いよね」とゼナが言った。
「偉い所長さんですよ」
「所長でも可愛いじゃん」
ヴェインが「……小さかった」と呟いた。
「鎧の修理が終わったら、また来ましょう」と僕が言った。
「パワードスーツとかいうの、本当に作れるのかな」とゼナが言った。
「ルカさんが作るのだから間違いないって言っていましたよ」
「あの自信はどこから来るんだろ」
「実力がある人間の自信じゃないですかね」
「ソータもそういう自信、欲しくない?」
「なんとかできるとは思っていますよ」
「それは根拠がないでしょ」
「でもなんとかなってきましたから」
「死にやすいね」
そう言ってゼナはふっと笑った。
死ににくくなるための対策はした。
あとは実現できるかどうか――
ソフィアが「デュフフ、また研究の話ができますね。楽しみです」と言った。
夕暮れの道を、四人で歩いた。
研究所の廃墟がだんだん遠ざかっていった。
振り返ると、もうただの廃墟にしか見えなかった。
さっきまであそこにいたとは思えなかった。
秘密の場所が、また一つ増えた。
やることも、また一つ増えた。
でも。
今日も、なんとかなったことだし――
明日も、なんとかできるはずだ。
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