↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
19/45

ルカの研究所

 

 「案内したい場所があります」


 レインがそう言ったのは、翌週のことだった。


 「ロゴスの研究施設です。あなたたちには知っておいてもらった方がいいと思って」


 「研究施設、ですか」


 「はい。少し遠いですが、半日あれば戻れます」


 ゼナが「給金は出るの?」と聞いた。


 「移動費は出ます」


 「交通費だけか~」


 「ゼナさん」


 「わかってるよ、行くよ」


 王都の郊外に向かった。

 街道を外れて、獣道のような細い道を進んだ。

 木々が深くなってきた。


 「あと、どのくらいですか」とひいひい言いながらソフィアが聞いた。

 この人は見た目通り体力がないのだ。


 「もうすぐです」


 しばらく歩いたところで、レインが止まった。


 目の前には、崩れかけた石造りの建物があった。

 壁の一部が落ちていた。

 蔦が絡まっていた。

 窓は塞がれていた。


 どこからどう見ても、廃墟だった。


 「……ここですか?」


 「ここです」


 「死にやすいセンサーが全然反応しないんだけど」とゼナが言った。


 「廃墟にしか見えないですね」


 「完璧な隠蔽ですね、デュフフ」とソフィアが言った。


 「以前見つけた遺跡の外見変換装置の応用ですか」


 「正確には、もう少し大規模なシステムです」


 「建物全体を覆う形で、外部からは廃墟として認識させる投影が張られています。中に入る手順を知らないと、たどり着けない場所なんです」


 レインが建物の特定の石を、決まった順番で触れた。


 音もなく、入口が開いた。

 中から、光が漏れてきた。


 中に入った瞬間、全員が少し立ち止まった。


 石造りの遺跡の構造をそのまま活かしながら、内部が改造されていた。

 壁沿いに棚が並んでいた。


 古代の遺物と、新しく作られた装置が混在していた。

 天井から光源が吊り下がっていて、通路の先に、いくつかの部屋が続いていた。


 「思ってたより広いね」とゼナが感心した。


 「遺跡の地下部分も使っています。全体の三分の二は地下です」


 「地下に研究室があるのは合理的ですね、デュフフ」とソフィアが言った。


 「外から見えない、音も漏れない。私の研究室と同じ発想です」


 奥から、足音がした。

 小さな足音だった。


 人影が現れた。


 見た目は、十歳前後の女の子。

 短い髪で、動きやすそうな服を着ていた。

 小柄で、幼い顔立ちで、どう見ても子供だった。


 ただし、歩き方が違った。


 大企業の社長のような堂々たる存在感。


 「来たのか」


 全員を見渡して、その子供が言った。


 「遅いのだ」


 「すみません、道が」とレインが言いかけた。


 「言い訳はいいのだ」


 レインが「……失礼しました」と言った。


 大司祭が謝っていた。


 全員驚きで固まっている。

 大司祭にこの物言いができる子供――

 只者ではないのは間違いなかった。


 「このちびっこは」とゼナが言った。


 子供が目を細めた。


 「ちびっこじゃないのだ」


 「でも小さいじゃん」


 「うるさいのだ。ルカだ。ここの所長なのだ」


 「所長!?」


 ゼナが叫んだ。


 ヴェインが子供を見ていた。しばらく見て、「……小さいな」とだけ言った。


 「うるさいのだ」とルカが言った。

 聞こえていたらしい。


 ルカは呆れ顔でレインに聞く。


 「レイン、こいつらはちゃんと使えるのか」


 「ええ、優秀なメンバーです」


 「ふむ」


 ルカが全員を改めて見た。


 ヴェイン、ゼナ、ソフィア、そして僕の順番に視線が動いた。


 「ソータとやらが、異世界の人間か」


 「そうです」


 「見た目は普通なのだ」


 「そうですね」


 「もっと変な見た目かと思っていたのだ」


 「すみません、普通で」


 ルカが「まあいいのだ」と言って、踵を返した。


 「案内してやるのだ。ついてこい」


 研究所の中を歩いた。


 資料室には、これまでの遺跡調査の記録が保管されていた。

 ロゴスが各地で集めた古代遺物の分析データ、設計図の写し、古代語の翻訳資料。


 「すごい量ですね」とソフィアが驚く。


 目が輝いていた。


 「ロゴスが創立以来ずっと集めてきたものなのだ。全部ルカが管理しているのだ」


 小さい胸を張る。

 ちっちゃい子が他愛もない自慢をしてるようにしか見えない。


 「全部把握しているんですか」


 「当然なのだ」


 保管室に入った。

 神器のパーツが並んでいた。


 番人の鎧に似た金属製の装甲パーツ、外見変換装置の解析データが記された資料、砲台の構造を模した設計図の写し。


 見た瞬間、何かが頭に浮かんだ。

 まだうまくイメージできなかったが、何かが形になろうとしていた。


 「これは……砲台の設計図ですか」


 「そうなのだ。以前お前たちが遭遇したやつの兄弟機なのだ。各地にいくつか確認されているのだ」


 「兄弟機、ということは設計が同じ」


 「おそらくな。古代に一括で製造されたとルカは見ているのだ」


 頭の中で、何かがまた動いた。


 パズルのピースがはまるように。


 作業室に入った。


 部屋の中央に、見慣れない装置があった。

 薄い板のような画面が立っていて、その前に文字を入力するための盤がついていた。

 画面に、古代語らしき文字が並んでいる。


 「これは何ですか」


 「ロゴスが古代技術を解析して再現した情報処理装置なのだ」


 ルカが得意げに言った。


 「古代の記録媒体に残っていた設計を元に、三年かけて作ったのだ。これを使いこなせる人間はロゴス内でも数人しかいないのだ」


 なるほど、と思いながら、近づいた。


 入力盤を見た。

 配列が少し特殊だ。


 でも基本的な構造は同じだった。

 ぽちぽちと打ち始めた。

 ルカが固まった。


 「うぉおおい!!」


 うわ、びっくりした。


 「何勝手に触ってるのだ!これはデリケートな機械で…ってなんで使い方がわかるのだ?」


 「キーボードの配列が少し違いますけど、大体わかります」


 「キーボード?」


 「こういう入力装置の呼び方です、僕の世界では」


 ルカがしばらく黙っていた。


 「お前の世界に、これと同じものがあるのか」


 「似たようなものが普及していますよ。もっと高性能なやつが」


 「もっと高性能」


 ルカの目が変わった。

 さっきまでの尊大な態度が、少しだけ崩れた。


 「……もっと詳しく教えるのだ」


 「構いませんけど、長くなりますよ」


 「構わないのだ」


 ゼナが「ルカちゃん、目がキラキラしてる」と言った。


 「うるさいのだ」


 ルカがゼナを睨む。

 どうも子供扱いされるのが嫌いらしい。


 「なぜお前がこんな知識を持っているのだ」


 情報処理装置の説明を一通りした後、ルカが聞いた。


 「父親がロボット工学の研究者で、小さい頃から手伝いをしていたので」


 「ロボット工学?」


 「機械を動かす仕組みを研究する学問です。自律で動く機械を作ったり、制御システムを設計したり」


 ルカが少し黙った。


 遠い目をした。

 子供の顔が、一瞬だけ違う顔になった。

 何かを知っているような、あるいは何かを思い出しているような。


 「……ロボット工学」


 小さく繰り返した。


 「ルカさん?」


 「なんでもないのだ」


 すぐに戻った。


 「まあいい。役に立つなら使ってやるのだ」


 「よろしくお願いします」


 「礼はいいのだ。働けばいいのだ」


 保管室にもう一度戻った。


 資料を見ながら歩いていると、頭の中でずっと引っかかっていたものが、急に繋がった。


 番人の鎧の装甲と駆動系。


 外見変換装置のセンサーとデータ処理。


 砲台の照準技術と出力制御。


 パズルのピースがはまっていく。


 頭の中に、映像が浮かんだ。


 アイア◯マン。


 父親と一緒に映画を見たのを覚えていた。


 スーツを着て飛ぶヒーロー。

 全身を覆う装甲。

 内部から制御される機械。


 あ、と思った。


 「ルカさん、一つ聞いてもいいですか」


 「なんなのだ」


 「この三つの技術、組み合わせられませんか」


 ルカが振り返った。


 詳しい説明をした。


 番人の鎧の装甲と駆動系を使って、人間が着られる形にする。

 外見変換装置のセンサーで外部情報を処理して、着用者に伝える。

 砲台の照準技術で制御を補助する。


 全部合わせれば、着て動かせる装甲が作れるはずだ。


 ルカが黙った。


 目が、少しずつ動いた。

 資料を見て、設計図を見て、また僕を見た。


 「……面白いのだ」


 「できそうですか」


 「難しいのだ」


 「そうですか」


 「でも面白いのだ」


 「はい」


 「やるのだ」


 即断だった。


 「なぜそんなものを思いついたのだ?」とルカが言った。


 「僕も戦える力が欲しくて。みんなを守りたいので」


 「……ふむ」


 ルカが少し考えた。


 「お前、使えるのだ」


 「ありがとうございます」


 「最大級の褒め言葉だぞ、わかっているのか」


 「わかっています」


 「感謝するなら土下座くらいするのだ」


 「それは遠慮します」


 この世界にも土下座はあるんだな。


 ヴェインが「……そんな鎧が作れるのか」と言った。


 「ルカが作るのだから間違いないのだ」


 「……小さいのに」


 「小さいは余計なのだ!!」


 ルカがむくれた。

 どうにも子供っぽいところもたくさんあるな。

 大人っぽい子供なのか、子供に見える大人なのか、どちらか判断がつかない。


 ゼナが「給金ちゃんと出るよね? ロゴスから」と聞いた。


 ルカが「お前は現金なのだ」と言った。


 「現金でお願いします」


 「そういう意味じゃないのだ!!」


 「冗談だよ」


 「冗談に聞こえないのだ」

 

 ゼナが笑った。

 ゼナは子供に対するように接しているようだった。

 らしいといえばらしい。


 その頃、ソフィアがルカの資料を眺めていた。


 「禁忌の研究をされているんですか、デュフフ」


 「そうなのだ。お前もか」


 「はい。奇跡の仕組みについて、ずっと調べていて」


 ルカが少し目を細めた。


 「面白いのだ。奇跡の仕組み、ルカも気になっているのだ」


 「本当ですか」


 「機械と奇跡には、何か繋がりがある気がしているのだ。ずっと」


 ソフィアのオタク喋りが消えた。


 「私も同じことを考えていました」


 「詳しく聞かせてほしいのだ」


 「デュフフ、どこから話しましょうか」


 二人が急速に研究の話に入っていった。


 僕とゼナとヴェインは少し離れた場所で顔を見合わせた。


 「僕たちいなくていいですね」


 「そうだね」とゼナが答えて、ヴェインが静かに頷いた。


 帰り際、ルカが研究所の入口まで見送りに来た。


 レインに後で聞いたことだが、所長自ら見送りに来るのは珍しいことらしい。


 「また来い」


 ルカが言った。


 「いいんですか?」


 「来いと言ったのだ。顔パスにしておいてやる」


 「ありがとうございます」


 「感謝するなら土下座」


 「遠慮します」


 「……まあ、次に来るのを待っているのだ」


 ルカが研究所の奥に戻っていった。


 小さな背中だった。


 「なんかあの子、可愛いよね」とゼナが言った。


 「偉い所長さんですよ」


 「所長でも可愛いじゃん」


 ヴェインが「……小さかった」と呟いた。


 「鎧の修理が終わったら、また来ましょう」と僕が言った。


 「パワードスーツとかいうの、本当に作れるのかな」とゼナが言った。


 「ルカさんが作るのだから間違いないって言っていましたよ」


 「あの自信はどこから来るんだろ」


 「実力がある人間の自信じゃないですかね」


 「ソータもそういう自信、欲しくない?」


 「なんとかできるとは思っていますよ」


 「それは根拠がないでしょ」


 「でもなんとかなってきましたから」


 「死にやすいね」


 そう言ってゼナはふっと笑った。

 死ににくくなるための対策はした。

 あとは実現できるかどうか――


 ソフィアが「デュフフ、また研究の話ができますね。楽しみです」と言った。


 夕暮れの道を、四人で歩いた。


 研究所の廃墟がだんだん遠ざかっていった。

 振り返ると、もうただの廃墟にしか見えなかった。

 さっきまであそこにいたとは思えなかった。


 秘密の場所が、また一つ増えた。


 やることも、また一つ増えた。


 でも。


 今日も、なんとかなったことだし――


 明日も、なんとかできるはずだ。


ここまでお読み頂きありがとうございます!


面白い!と感じた方は高評価ブックマーク感想等お願い致します。

作者のモチベーションにつながります。


次回も見て頂けると嬉しいです!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。