決意
事務所に戻ったのは翌日の昼だった。
ヴェインの傷はソフィアが完全に塞いだ。
動きに支障はないとのことだった。
ただ、壊れた鎧は修理が必要だった。
食堂で四人が揃った。
アリアが「おかえりなさい! 無事でよかったです!」と言って駆け寄ってきた。
いつもの元気な声だったが、 目が少し赤かった。
「心配してくれてたんですね」
「当たり前じゃないですか! あんな危険な依頼!」
「すみませんでした」
「ほんとにもう!」
アリアが飲み物を持ってきて、また受付に戻っていった。
落ち着いたところで沈黙が広がった。
僕は昨日のことを考えていた。
死ぬかもしれない、と思った。
本当に思った。
これまで何度か危ない場面はあったが、昨日は違った。
逃げ場がなかった。
手がなかった。
なんとかなるか、とは言えなかった。
――そういう経験が、考えを変えるきっかけになる。
「みんなに聞きたいことがあります」
全員がこちらを見た。
僕から話を切り出すのが、らしくないと感じているようだった。
「レインさんへの返答を出す前に、みんながどう思っているか聞かせてください」
少し間があった。
「ウチから言っていい?」
ゼナが手を挙げた。
「どうぞ」
「給金もらえるなら全然いいよ。てかウチのスキルが必要ってことでしょ、ロゴスにも」
「そうですね」
「だったらやるよ。ウチの死にやすいセンサーが役に立つなら」
ゼナが少し間を置いた。
「……ソータがまた死にやすくなるの嫌だし」
ぼそっと小声で付け加えた。
思いのほか心配してくれているらしい。
「ソフィアさんは」
「デュフフ、もちろんやります。研究が進みますし、危険なものを野放しにするのは研究者として許容できません」
即答だった。
「それに」
ソフィアが少し間を置いた。
オタク喋りが消えていた。
「ソータさんを保護する責任があります」
普段は表に出さないが、自分が召喚してしまった責任はずっと感じているようだった。
実際は間違って召喚したわけではなかったので、もうそこまで責任を感じなくても良いのだけど。
「ヴェインさんは」
全員がヴェインを見た。
ヴェインは黙っていた。
しばらく、誰も何も言わなかった。
「……守護と戦闘は私の役目だ」
ヴェインがゆっくりと言った。
「それは変わらない」
「でも」と続けた。
「教会を信じてきた。ずっと。神の教えに従って生きてきた。それが正しいと思っていた」
「今は違いますか」
「……わからない。簡単には割り切れない」
ヴェインが初めて、そういうことを口にした。
「割り切れなくていいですよ」と僕が言った。
「む」
「割り切れないまま、一緒に考えましょう。答えが出ないまま保留しておいてもいいと思います」
ヴェインが「……そうか」と言った。
少し間を置いて、「ならば、行く」と続けた。
「ソータは?」とゼナが言った。
全員が僕を見た。
「みんなを死なせたくないです」
自然に言葉が出た。
「そして、みんなのいるこの世界も守りたい。そのために自分の知識が役に立つなら、使うべきだと思っています」
「なんとかなるか、じゃないんだね」とゼナが言った。
「なんとかします」
「できるかな」
「みんながいるので」
ゼナが「死にやすいね」と言った。
「物理的にですか」
「精神的にもだよ。泣けちゃうね」
「泣いてるんですか?」
「泣いてない!!」
レインとの会合は夕方だった。
前回と同じ、王都の中心部近くの薬の店だった。
四人で入ると、レインが待っていた。
今日も白と金の服を着ていた。
金髪が室内の光に揺れている。
「来てくれたんですね」
「返答を持ってきました」と僕が言った。
「聞かせてください」
「その前に、説明していただけますか。ロゴスがこれから何をするつもりなのか、僕たちがどういう立場になるのか、正確に知りたいので」
レインが少し目を細めた。
意外そうな顔だった。
「ソータさん、変わりましたね」
「死にかけたので」
「……なるほど」
レインが向き直った。
「では正直に話します」
「ロゴスの理念は、神秘の仕組みを明らかにすることです。そして力ではなく、話し合いで教会の奇跡の独占を崩し、万民に奇蹟の利益をもたらす。それが数百年来の目標です」
「現状は」
「教会には三人の大司祭がいます。私は推進派。神秘を徐々に明らかにしていくべきだという立場です。もう一人は中立。そして隠匿派の大司祭がいる」
「それぞれの勢力があるということですね」
「現状は隠匿派が優勢です。理由は単純で、教会の既得権益を守ることが多くの聖職者にとって都合がいい。神秘を独占しているから教会は特別な存在でいられる。それを手放したくない人間が多い」
「レインさんの立場が露見したら」
「ロゴスごと潰されます」
静かに言った。
「だから秘密が増えます。言えないことも増える。それに耐えられますか」
「耐えます」とソフィアが言った。
「今も十分、言えないことだらけですので」
ゼナが「私もデュフフって笑ってごまかせるようになりたいよ」と言った。
「練習しますか、デュフフ」
レインが少し笑った。
「続けます」
表情が戻った。
「これから先、今回のような危険な場面が増えます。古代システムの再起動が進むにつれて、制御を失った装置が各地で動き出す。命がけになる場面が、何度もある」
全員が黙った。
「それでも来てくれますか」
レインが全員を見た。
「生半可な気持ちの仲間を増やすことは、私の命にもロゴスの存続にも関わります。だから聞かせてください。本当に力を貸してくれますか」
ゼナが一番に言った。
「行くよ」
ソフィアが「デュフフ、もちろんです」と言った。
ヴェインが少し間を置いた。全員が待った。
「……私が守る」
それで十分だった。
レインが最後に僕を見た。
「ソータさんは」
「行きますよ。なんとかします」
「なんとかなるか、ではなく?」
「なんとかします、です」
レインが小さく笑った。
初めて見る笑い方だった。
大司祭としての笑いではなく、もっと素に近い笑いだった。
「頼もしいですね」
「根拠のない自信ですけど」
そう。
根拠なんてない。
でも、不思議とどうにもならないという感覚はなかった。
「それと、お伝えしておくべきことがあります」
会合が終わりかけた頃、レインが言った。
「先日、あなたたちに危機を知らせたのは――」
「アリアさんですか」
僕が先に言った。
全員が固まった。
「なぜわかったんですか」とレインが言った。
「アリアさんが必死に止めようとしていました。普通の心配じゃなかった。あれだけ必死に止めるのは、依頼の危険性を知っていたということでしょう」
「……そうですね」
「アリアさんの役割は、ゼナさんとは違いますよね」
「はい。情報提供ではなく、保護と連絡です。あなたたちが危険な場所に向かった時に知らせる役割を、ずっと担ってもらっていました」
ゼナが「アリアー!!」と叫んだ。
薬の店の壁の向こうから、何も聞こえなかった。
「今ここにはいませんが」とレインが苦笑しながら言った。
「そっか」
ゼナがため息をついた。
ヴェインが「……いつからだ?」と聞いた。
「最初からです」とレインが答えた。
「そうか」
それだけだった。
ヴェインがどう思っているのかは、表情からはわからなかった。
事務所に戻ったのは夜だった。
食堂に全員が集まった。
アリアが料理を持ってきた。いつも通りの明るい顔だった。
「お疲れ様でーす! 今日も何かありましたか?」
全員がアリアを見た。
アリアが首を傾げた。
「何ですか? 何かついてますか、顔に」
「なんでもないですよ」と僕が言った。
「そうですかー?」
アリアが戻っていった。
ゼナが「知らん顔してるよ、アリア」と言った。
「そういうものですよ」と僕が言った。
「そうかね」
「そういうものです」
ソフィアが「デュフフ、アリアさんも大変ですね」と言った。
ヴェインが「……ご飯が美味しい」と言った。
全員で少し笑った。
食事が続いた。
いつもと同じ食堂。
いつもと同じ席。
いつもと同じ料理。
でも何かが変わった気がした。
秘密が増えた。守るものも増えた。なんとかしなければならないことも増えた。
それでも。
今日も、なんとかなったことだし――
明日も、なんとかできるはずだ。
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