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ロゴス

 翌朝、ゼナが言った。


 「連絡入れてくる」


 「どこにですか」


 「ロゴスの連絡員に。もう仕事できないって言いに行く」


 食堂の空気が少し変わった。


 「一人で行くつもりですか」


 「そのつもりだったけど」


 「やめてください」


 「なんで」


 「危険です」


 ゼナが「死にやすいってこと?」と言った。


 「可能性はあります」


 「ウチ一人の方が身軽だよ」


 「そうですけど」


 少し考えた。


 「四人の方がなんとかなりやすいので」


 ゼナが「全員で来るの?」と言った。


 「行きます」


 「……死にやすくなったりしない? 逆に」


 ヴェインが「私がいる」と言った。


 ゼナがヴェインを見た。


 しばらく黙っていた。


 「……わかった」


 ゼナが連絡員に場所を伝えた。


 指定されたのは王都の中心部近く、目立たない路地の奥にある古い建物だった。

 表向きは薬の販売をしている店らしかった。


 「死にやすいセンサーびんびんな場所だね」とゼナが言った。


 ヴェインが先頭に立った。

 ソフィアが後方につく。

 ゼナと僕が中に入った。


 店の奥に通された。


 薄暗い部屋だった。

 椅子が四脚、テーブルが一つ。

 窓がなかった。


 先客がいた。


 連絡員だと思ったが、違った。


 落ち着いた雰囲気の女性だった。

 年齢は二十代くらいで、きれいな金髪と碧い瞳をしていた。

 教会の聖職者の服を着ている。

 白と金の、位の高い者が着る服だった。

 背筋が真っすぐで、座っているだけなのに妙な存在感があった。


 全員が少し緊張した。


 女性がこちらを見た。


 驚いた様子がなかった。

 全員で来ることを、最初から知っていたような顔だった。


 「全員で来たんですね」


 静かな声だった。


 「待っていました」


 ゼナではなく、僕に向かって言った。


 「あなたがソータさんですね」


 「そうです」


 「お会いしたかった。レインと申します」


 ソフィアが彼女の名を聞いて目を丸くした。


 「レイン様……教会の3人の大司祭の一人」


 「ふふ、そうですね。大司祭の一人です」


 つまり、教会の一番偉い人の3人のうちの一人ってことなのか……?

 そんな人がここにいるということは、つまり――


 「レインさん。あなたが、ロゴスのトップですか」


 「そうです」


 隠すこともなく、あっさりと認めた。

 教会の3大司祭の一人でありながら、ロゴスのトップでもある、ということ。

 なんとなく、どういう立ち位置なのか読めてきた。


 「ゼナさんの話は聞きました。昨日のうちに」


 「連絡が来たんですか」


 「はい。仕事をやめたい、仲間に全部話した、と」


 ゼナが「……早いじゃん」と言った。


 「あなたが正直に明かした事は、こちらとしても想定外でした。ただ」


 レインがゼナを見た。


 「正しい判断だったと思います」


 「ウチにもお金より大事なものはあるよ」


 「そうなのですね」


 ゼナが少し黙った。


 「仕事はやめて構いません。ゼナさんに無理を強いるつもりはないので」


 あっさりと認めた。

 ゼナが少し拍子抜けした顔をした。


 「僕を召喚したのは、あなたたちですか」


 「そうです」


 「なぜ僕を」


 「ソーイチローが残した言葉があります」


 レインが静かに話し始めた。


 「数百年前、この世界に異世界から来た勇者、ソーイチロー。彼は世界を救った後、去り際に、ロゴスの創始者に言葉を残した。いつかまた、異世界の知恵を持つ者が必要になる時が来る。その時のために、召喚の準備だけはしておけ、と」


 「数百年間、準備だけしていたんですか」


 「はい。召喚の装置を各地に隠して、条件が揃うのを待っていました」


 「条件というのは」


 「古代システムが再起動し始めること、です」


 全員が黙った。


 「再起動、というのは」と僕が言った。


 「各地の遺産が少しずつ動き出しています」


 「知っています。僕たちが調査してきた遺産がそうです」


 「はい。炊飯器、通信装置、警備システム、外見変換装置、健康管理システム、彫刻機械」


 全部知っていた。


 「全部、把握していたんですか」


 「ゼナさんからの報告と、他の情報源を合わせて」


 ゼナが「……ごめん」と小声で言った。


 「ゼナさんのせいだけではありません」とレインが言った。


 「他にも情報源はあります」


 「他というのは」


 「それは今は言えません」


 「レリックに、まだ別の人間がいるということですか」


 レインは答えなかった。

 答えなかったことが、答えだろう。


 ゼナが「死にやすいね、それ」と言った。

 

 「ソフィアさん」


 レインがソフィアを見た。


 「あなたのことは、ずっと気になっていました」


 「デュフフ……なぜですか」


 「禁忌の研究を続けながら、真実に近づいている研究者がいると聞いて。いつかロゴスに来てほしいと思っていました」


 「中央から遠ざけられたのも」


 「……関係していました」


 ソフィアの眉が少し動いた。


 「教会の強硬派は、あなたの研究を危険視していました。表に出れば消される可能性があった。なので、私が働きかけて辺境に遠ざけるよう指示をしました」


 「守るために、左遷させたと」


 「そう言うと聞こえが悪いですが、そういうことです」


 ソフィアが少し間を置いた。


 「……複雑ですね、デュフフ」


 いつもより小さいデュフフだった。


 「怒っていますか」とレインが聞いた。


 「怒っていないとは言えないですが」


 「そうですよね」


 「でも」


 ソフィアがメガネの位置を直した。


 「消されるよりはよかったです」


 「そう言ってもらえると」


 「ただ」


 ソフィアが真剣な顔になった。オタク喋りが消えた。


 「今後は、勝手に私の人生を動かさないでください」


 「肝に銘じます」


 「約束ですよ」


 「約束します」


 ソフィアが「デュフフ」と笑った。

 今度はいつものデュフフに近かった。


 「ロゴスは何がしたいんですか」


 僕はずっと気になっていたことを聞いた。


 「教会が神秘の力を独占している。それを変えたい」


 「力で変えるつもりですか」


 「力で変えるつもりはありません。根拠を示して、話し合いで変える。古代システムが何だったか、なぜ文明が失われたか、その真実を明らかにすることで、教会の独占を崩す」


 「教会の内部にいながら、そういうことをしているんですか」


 「教会の内部にいるからこそ、できることがあります」


 「でも危ないですよね。バレたら」


 レインが少し笑った。


 「そうですね。ただ、それも織り込み済みです」


 「覚悟があるということですか」


 「そうですね。悲願、と言ってもいい」


 悲願。何代もの人が代々受け継いできた願いということなのだろう。


 「なぜ今じゃないといけないんですか。古代システムが再起動し始めているということは、誰かが動かしているということですよね」


 「そうです」


 「一体誰が」


 「わかりません」


 「わからないのに、対処しようとしている」


 「わかってから動いていては間に合わない」


 「なるほど」


 少し考えた。


 「一つ聞いてもいいですか」


 「なんですか」


 「ソーイチローさんは、どんな言葉を残したんですか」


 レインが思いを馳せるように、少し上を見ながら口を開く。


 「この世界には、自分では解決できない問題が残っている。次に来る異世界の者は、勇者ではなく、知恵を持つ者であるべきだ。その者が来た時、真実を伝えよ。ただし、決めるのはその者自身だ、と」


 「勇者ではなく、知恵を持つ者」


 「はい」


 「決めるのはその者自身」


 「そう言い残しました」


 顎に手を当てて考えを巡らす。


 勇者が解決できない問題。

 知恵を持つ者でなければ解決できない問題。

 真実。

 決めるのはその者自身――


 「ただのガリ勉野郎に、随分と高い期待をしていたんですね」


 レインが初めて、少し笑った。


 「ソーイチローも、同じようなことを言っていたらしいです」


 「同じようなこと?」


 「自分も最初は普通の人間だった、と。でもやれることをやるだけだ、と言って去っていったと記録にあります」


 勇者であっても最初は普通の人間だったのか。

 そう聞くと少し親近感が湧いた。


 「協力するかどうかは、今すぐ決めなくていいです」とレインが言った。


 「ただ、古代システムの再起動については、できれば一緒に調べてほしい」


 「少し考えさせてください」


 「はい。構いません」


 立ち上がりかけた時、ヴェインが口を開いた。


 ここまでずっと黙っていたヴェインが、初めて口を開いた。


 「一つだけ聞く」


 「なんでしょう」とレインが言った。


 「ロゴスには、レリック内部にまだ別の人間がいると言った」


 「はい」


 「その人間も、ゼナと同じ立場なのか」


 「立場は違います。ゼナさんは情報提供者でしたが、もう一人は別の役割で」


 「別の役割というのは」


 「今は言えません」


 ヴェインが少し間を置いた。


 「わかった。ただ」


 「ただ」


 「仲間を危険にさらすようなことがあれば、ロゴスであっても容赦しない」


 レインが静かに答えた。


 「……わかりました」


 ヴェインの目が、ずっとレインを見据えていた。


 話し合いが終わり、建物を出た。


 王都の昼の空気が、薄暗い部屋の後では眩しかった。


 ゼナが「死にやすかったよ~、精神的に」と言った。


 「きっと物理的にもです」


 大司祭が身一つであんな場所に来るとは思えない。

 おそらく護衛のものが潜んでいたのは間違いないだろう。


 「気を張りすぎたよ~」


 「お疲れ様でした」


 「ソータに言われると、なんか変な感じ」


 「なぜですか」


 「……なんでも」


 ソフィアが「デュフフ、いろいろわかりましたね」と言った。


 「わかりましたが、わからないことも増えましたね」


 「それが調査ですよ、デュフフ」


 「そうですね」


 ヴェインが「……もう一人、いるらしい」と言った。


 「そう言っていましたね」


 「誰だと思う」


 全員で少し考えたが、わからなかった。

レリックのメンバーを疑うということがあまり受け入れられないのもあった。

僕が言うのもなんだけど、お人好しが多いパーティだな、と思う。


 「考えても今はわからないですね」とソフィアが言った。


 「そうですね」と僕が言った。


 「死にやすいよね、知らない内通者」とゼナが言った。


 全員で笑いあった。

 王都の昼の路地を、四人で歩いた。


 内通者がいるといっても、レリックの存在自体がロゴスと対立しているわけでもないし、いきなり命を奪われるなんてことはまずないだろう。


 僕等の情報が筒抜けなのは少し気持ちが悪いけれど、レインさんもなにか思惑があるにせよ、害を加えてくるような素振りはなかった。


 むしろ保護してくれているような感じだ。


 新たな謎が増えたものの。


 今日もなんとかなったことだし――


 明日も、なんとかなるだろう。


ここまでお読み頂きありがとうございます!


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作者のモチベーションにつながります。


次回も見て頂けると嬉しいです!


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