召喚の記録 後編
記録の解析を続けていると、もう一つ気になるものが出てきた。
外部信号の発信源を示すデータが、断片的に残っていた。
不完全なものだったが、方向性だけは読み取れた。
「この信号、どこから来たかわかりますか」
「完全には無理ですが、大まかな方向なら」
ソフィアが計算した。
「王都の方向です。かなり中心部から」
「王都の中心部というと」
「教会の管轄区域ですね」
「教会が関わっている、ということですか?」
「教会が、とは限りません。王都の中心部に拠点を持つ何かが、ということです」
少し考えた。
「ソフィアさん、この装置が大きなシステムの端末だという話、覚えていますか」
「覚えています。以前の調査の時ですね」
「そのシステムにアクセスできる何かが、王都の中心部にある。そこから信号が来た。だとすれば」
「システムの中枢が、王都にある可能性がある」
「あるいは、システムにアクセスできる何かが」
二人で少し黙った。
「帰る方法と繋がりますか、これ」
「繋がるかもしれません。召喚した相手を特定できれば、その相手なら帰す方法も知っているかもしれない」
「なるほど」
「ただ」
ソフィアが少し真剣な顔になった。
「相手が誰かによっては、かなり危険な話になります」
「危険というのは」
「王都の中心部、教会の管轄区域に拠点を持つ組織が、禁忌に深く関わる技術を使って召喚を行った。それを追うということは、教会との衝突になりかねない」
「なるほど」
少し間を置いた。
「まあ、なんとかなるか」
「なんとかなるか、で済む話じゃないかもしれないですよ」
「でも今すぐどうこうする話でもないですよね」
「それはそうですけど」
「なら、なんとかなります」
ソフィアが「デュフフ」と笑った。
「ソータさんと話していると、なんでもなんとかなる気がしてきますね」
「大体なんとかなりますから」
「根拠は」
「三ヶ月、なんとかなってきたので」
「それは根拠になってないですよ」
「データの上では100%ですよ」
ソフィアが「そう言われたらそうですね、確かに」と言い、くすっと笑った。
デュフフではない、柔らかな笑顔で。
夕方、ゼナが研究室に顔を出した。
「二人で何してたの、こんな時間まで」
「召喚装置の調査です」と僕は答えた。
「何かわかったの?」
少し考えた。ゼナに話していい内容かを。
「少し話してもいいですか」とソフィアに聞いた。
「ゼナさんなら大丈夫ですよ、デュフフ」
「わかりました」
かいつまんで説明した。
外部からの信号があったこと。
誰かが意図的に僕を召喚した可能性があること。
その相手が王都にいるかもしれないこと。
ゼナは黙って聞いていた。
「つまり」
「はい」
「ソータって、間違って来たんじゃなかったかもしれないってこと?」
「そうなります」
ゼナが少し間を置いた。
「誰かに呼ばれた」
「可能性がある、ということです」
また間があった。
「帰れるの? その相手を見つければ」
「手がかりにはなるかもしれません」
ゼナが天井を見た。
しばらく何も言わなかった。
「ねえ、ソータ」
「なんですか」
「帰ったらウチたちのこと、忘れちゃう?」
軽い口調だった。
いつものゼナの口調だったが、目が笑っていなかった。
「忘れないですよ」
「だって……」
「三ヶ月一緒にいたのに忘れるわけないじゃないですか」
ゼナが「……そっか」と呟いた。
「まあ、帰れるといいよね!」
「どっちでもいいですけどね、僕は」
「どっちでもよくないよ!」
ゼナの声が少し大きかった。
「え」
「……いや、帰れるなら帰った方がいいじゃん、元の世界があるんだから」
「そうですか」
「そうだよ」
「ゼナさんは、帰ってほしいですか」
ゼナが少し固まった。
「……どっちでもいい」
「どっちでも」
「うん」
「そうですか」
ゼナは「そうだよ」と視線を落として呟いた。
夜、食堂で四人が揃った。
ヴェインが今日の鍛錬の話を誰にするでもなく言った。
「今日、新しい型を試した」
「どうでしたか」
「悪くなかった」
それだけだった。
ゼナが「ヴェインって毎日鍛錬してるじゃん、何のために強くなりたいの?」と聞いた。
ヴェインが少し間を置いた。
「守るためだ」
「何を?」
「必要な時に、必要なものを」
「ふわっとしてるね」
「そういうものだ」
ゼナが「死にやすいよ~その考え方」と言った。
「物理的にですか」と僕が言った。
「物理的にも、精神的にも」とゼナは答えた。
全員の笑いが起こった。
少し経って、ソフィアが言った。
「一つ、話したいことがあります」
全員がソフィアを見る。
「今日の調査で、少し気になることがわかりました。詳しくはまだ調べ中ですが」
「なんですか」
「召喚に関わった組織について、古い記録に似たような話が出てきました。ロゴス、という名前が」
「ロゴス」
「詳しい事はわからないですが、デュフ。ただ、その記録の中に、面白いものがあって」
ソフィアが少し間を置いた。
「数百年前にこの世界に来た異世界人の話が書いてありました。名前が、ソーイチロー」
僕は箸を止めた。
「……ソーイチロー?」
「知ってますか?」
「知ってるというか」
日本人の名前だった。漢字の表記はわからないが、読み方は間違いなく日本語だろう。
「どんな人だったと書いてありましたか」
「世界を救った異世界の勇者、と。去り際にこの世界の真実を一人の人間に託した、と」
「世界の……真実」
「古代システムのこと、教会が封印している理由、技術の暴走がどれほど危険か。全部を伝えた。そしてそれを聞いた人間が仲間を集めて、ロゴスを作った」
全員が黙った。
「宗一郎」
小声で言った。
「え?」とゼナが反応した。
「その人の名前、日本語だと思います。僕の世界の言葉で」
「日本語、というのは」
「僕の世界にある言語の一つです。ソーイチロー、というのは日本人の名前の読み方に聞こえます」
「つまり」
「以前にも、この世界に僕の世界から来た人間がいた可能性があります」
ソフィアが「デュフフ……」と言った。今日一番小さいデュフフだった。
「ソータさんが来たのも」
「偶然じゃないかもしれない、ということですね」
食堂が静かだった。
ゼナが「なんだか死にやすそうだね、この話」と言った。
ヴェインが「……守るものが増えた」と静かに言った。
誰に向けた言葉かはわからなかった。
その夜、一人で事務所の屋上に出た。
王都の夜景が見える。
ソーイチロー。
宗一郎という人が、この世界に来ていた。世界を救って、真実を残して、去ったという。
僕は今のところ、世界を救うつもりはない。
でも気づいたら、何かを変えつつある気がした。
炊飯器を直したり、天気予報を復元したり、警備ロボットを止めたり。
小さなことだった。
でも確かに、少しずつではあるが変わっている。
変化を、起こしている。
帰りたいか、と聞かれれば、帰れるなら帰りたい。
でもここにいることが、嫌かと聞かれれば、全然そんなことはなかった。
ソフィアのデュフフが聞こえる生活も。
ゼナが「死にやすいよ」と言う生活も。
ヴェインが無口のまま隣にいる生活も。
悪くなかった。
それどころか、かなり居心地が良かった。
「こんな時間に何してるんですか」
声がして振り返った。
ソフィアだった。外套を羽織って、メガネを直しながら屋上に出てきた。
「少し考えていました」
「何をですか」
「ソーイチローさんのこと、ロゴスのこと、帰れるかもしれないということ」
「色々ありましたもんね」
「難しい顔、してましたか?」
「いえいえ、ぼーっとしてるように見えましたよ、デュフフ」
「そうですか」
楽観的なせいか難しい顔には見えないらしい。
いいのか悪いのか。
ソフィアが隣に立った。王都の夜景を見た。
「ソータさん」
「なんですか」
「帰れる方法が見つかったら、帰りますか?」
「帰れるなら、帰ると思います」
少し間を置いてソフィアが口を開く。
「……そう、ですよね」
「でもこの世界、悪くなかったです」
「デュフフ……過去形にしないでください、まだこの世界にいるじゃないですか」
「そうですね……とりあえず、調べましょう。一つずつ」
ソーイチローという人のこと。
ロゴスのこと。
そして、帰る方法。
「はい」
ソフィアが夜景を見たまま言った。
「私がここに連れてきてしまったこと、本当に申し訳ないと思っています。でも」
「でも」
「一緒に調べられる人がいるのは、私にとっては好ましいことです」
「僕もそう思います」
「デュフフ」
今夜のデュフフは、一番柔らかかった。
王都の夜が更けていく。
まぁ。
今日も、なんとかなったことだし――
明日も、なんとかなるだろう。
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