Fクラス
フェリスと別れたレヴィは、学院内が事細かに解説されたパンフレットを片手に、北端に位置する『Fクラス』へと足を向けた。
「ここがFクラス……か」
目の前に現れたのは、劣等クラスにありがちな古びた校舎ではない。むしろ隅々まで清掃が行き届いた、眩しいほどに清潔感のある教室だった。
レヴィが中へ入ると、室内には既に数名の生徒が着席している。彼は自分の席を見つけ、静かに腰を下ろした。
(ふむ。待遇が悪いわけではなさそうだ。だが……)
落ち着いて周囲を見渡すと、ある種の違和感が募る。建物の外見から予想される広さと、実際に中に入って感じる空間の広さが、明らかに一致しないのだ。
室内は、不自然なほどに広い。
それもそのはず、この学院は巨大な外観に加え、結界魔法による空間拡張が施されているのだ。
パンフレットによれば、この学院は階層ごとに学年が分かれており、一階が一年生、二階が二年生、三階が三年生となっている。
だが、この広大な学院には、三階よりもさらに上の階層が存在することを、今のレヴィはまだ知らない。
レヴィは改めて室内を見渡した。
Fクラス――いわゆる「落ちこぼれ」が集まる場所だと聞いていたが、漂う空気は意外にも静謐だ。しかし、その静寂は平穏ゆえのものではない。周囲の生徒たちの間には、どこか投げやりな、あるいは周囲を拒絶するような、ひりついた緊張感が薄く張り詰めている。
(……一癖二癖ありそうな連中だな)
隣の席では、黒いフードを被り、ヘッドホンをつけている少年が机に突っ伏して寝息を立てている。また前方では、派手な装飾品を身につけた少年が、手鏡を見てポーズを決めニヤニヤしている。
そして後方では、おっとりとした顔だが周りよりも中々に美人で眠そうな子が座っている。
そんなクラスメイト達を見てレヴィはダルそうに欠伸をする。
(はぁ……なんというか、個性的な奴が多いな)
レヴィが内心で溜息をついた、その時だった。
廊下からスタスタと、足音が近づいてくる。音は『Fクラス』の扉の前でぴたりと止まり、勢いよく開け放たれた。
そこに立っていたのは、およそ教育者には見えない、ヤクザさながらの風貌をした男だった。黒いサングラスの奥から鋭い視線を飛ばし、男は低く重い声で口を開く。
「今日からこのクラスの担任を務める、サレドだ。よろしく」
サレドと呼ばれた男は、教壇に立つなり室内を一瞥した。
「ん? 過半数以上が来ていないようだが……」
レヴィもつられて周囲を見渡すが、先ほどと状況は変わらない。広い教室に対して、埋まっている席は数えるほどしかなかった。だが、サレドは欠席者の多さを気にする素振りもなく、淡々と続けた。
「まあいい。授業を始める――と言いたいところだが、まずは学院の説明からだ」
サレドが指先を動かすと、黒板に似た「魔法板」に光の文字が浮かび上がっていく。
「『超英雄育成高等学院』。これがこの学院の名だ。今さら言うまでもないだろう。この魔法板にこの学院の事を最低限書いておいた。確認が終わったら、しばらくは自己紹介でもしていろ」
それだけ言い残すと、サレドは早々に教室を後にした。残されたレヴィが魔法板に目を向けると、そこには学院内の主なルールが書かれていた。
【超英雄育成高等学院:校則】
1. 授業の出席について
講義への出席は一切を自由とする。ただし、三日に一度行われる『実技演習』への欠席は、即座に退学処分を検討する対象となる。
2. 階級クラス制度
全生徒は能力別にFからAの6段階に振り分けられる。
・三ヶ月に一度の『特別技能試験』
・六ヶ月に一度の『特別実戦試験』
これらにおいて優秀な成績を収めた者は昇級し、振るわない者は下位クラスへ叩き落とされる。
3. 生徒会「選抜16名」
学院の頂点に君臨する16名の特権階級。Cクラス以上かつ、現職の生徒会役員を実力で上回ることを証明した者のみが、その座を奪い取ることができる。
4. 卒業後の特権
英雄試験への無条件受験資格が与えられるのは、Aクラス所属、または生徒会所属の者に限られる。それ以下のクラスは、卒業しても無条件受験資格は与えられない。
受験をしたいのであれば、英雄試験参加許諾書を役職から発行してもらはなければならない。
ただし、大した経歴がないものは発行はさせてはもらえない。
5. 『強奪権』について。
快適な寝床、良質な食事、高度な魔導書、訓練場。
これらはすべて上位クラスから順に割り振られる。Fクラスに与えられるのは、最低限、生きる為に必要な分のみである。
ただし、不服がある者は『公式決闘戦』を挑み、勝利することで、相手の持つ物資等をそのまま奪い取ることができる。
そのルールを見たレヴィは、
(成る程…?つまり、快適な寝床や美味しい御飯とかはFクラスじゃ決闘を申し込まなければ貰えない…と。)
レヴィはそこまで考えてからある結論をだす。
(よしっ!さっさとAクラス目指すぞ!)
そう。彼にとって平穏も大事だが、快適な睡眠と御飯やスイーツは更に大事なのだ。
だが、そこから更に考えて、もう一つ結論をだす。
(やっぱりAクラスは面倒いな。)
やはり彼には平穏も大事なようである。
(だけど、強奪権ってのは魅力的だな。
別にAクラスに入らなくてもAクラスの奴を決闘で倒せば資源が手にはいるんだし。)
そんな事を考えていると、突然後ろから声をかけられる。
驚いてレヴィが振り向くと、そこには金髪のロングヘアが目を引く、いかにも快活そうな少女が立っていた。
「さっき自己紹介しろって言ったでしょ?改めて、自己紹介し合わない?」
屈託のない笑顔で提案する彼女に対し、レヴィは隠しきれない面倒くささを顔に出しながらも、短く息を吐く。
「……あまり意味があるとは思えないが、構わない。」
その返答を聞くやいなや、彼女はぱっと表情を輝かせた。
「ありがと。私の名前はエリス・マーガイド。よろしくっ」
弾むような声に促されるように、レヴィも重い口を開く。
「……レヴィ・アッシュフォードだ。よろしく」
こうして、レヴィの新たな学院生活が幕を開けた。
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キンコンカンコーン
『レヴィ・アッシュフォード様、学長室へお越しください』




