第10章第064話 お茶会のおわり
Side:ツキシマ・レイコ
「メンター達が、永遠に記録を残したいという気持ち、よく分かったわ。そして帝国のレイコが眠ってしまったわけも」
文明への、そこに生きていた人たちへの。"京"の人生に対する…慕情と諦めと覚悟と希望と…
赤井さん、おそらく他のメンター達も。抱えているものは解ったけど。
帝国のレイコも…今の私よりもずっと長く過ごしたはずですが。それでもメンターの経験の無い彼女は、あの惨劇に心が耐えられなかったのでしょう。
赤井さんは耐えていますが…帝国のレイコは耐えられませんでした。
そして…惨劇があってもなくても、人の末路に変わりはありません。帝国のレイコが経験した惨劇は、私がこれからゆっくりと経験していくそれと…大差はないのでしょう。私自身の持つべき覚悟とは…
「大丈夫かい?レイコ君」
「え…うん。大丈夫」
心配というより。共感したかのような赤井さんの表情。…多分、同じようなことはたくさん見てきたんでしょうね。
「この惑星が、ゆりかごコースに行くか、またはメンターに届くか。自滅というパターンは考えにくいくらい安定したとは思うけど。…レイコは、本当に良い人たちに巡り会えたね。この星なら良い線行くと思うよ」
レッドさんが慰めるように、スリスリしてきます。
「こうしてプレーンなレイコに合うのも、僕の楽しみでもあったんだが… まぁ必ずしも愉快というわけではないね。生まれたばかりの赤ん坊に、これからの人生の覚悟について語るような物だから」
ひどい例えですが。…まぁ赤井さんからすれば、私はまだ赤ん坊の範疇なのでしょう。
「なるようになる、そのうち馴れる、いつか良いことがある。そういった短期的な希望的観測の要素が無い人生を始めさせてしまったことは、申し訳なくは思っている」
辛いことになることが確定している、メンターに至る道。それでも…
「それでも…まだたった六年だけど。ここで過ごしてきた記憶を…これから経験するだろう記憶を…後悔なんてしないわ…絶対」
「そうだね…君はそう言うだろうね」と赤井さん。多分今までのレイコ全てから同じようなことを…
応接室も窓からは、夕焼けに照らされたあかね色の貴族街が見えます。
「ふぅ…そろそろ終わりにしようか」
「そうね」
「クゥ…」
後は…赤井さんがどうこうできることは無いってことです。
「最後に。いくつかヒントを」
「ヒント?」
「クク?」
「まずは月のクーレーター。あの映画に出てきそうなやつね」
「…あれってやっぱり、赤井さんが作ったの?」
「月はいろいろ重要なんだよ。潮汐力もだけど、文明に対する影響とかね。自転の安定とか海流の誘発から。月を目指す挑戦心、月を観察することによる科学的好奇心とか」
それでいて。地球程度の惑星が巨大な月を持つ確率と来たら本当に奇跡的なのですが。この星の月はやはり人工ですか?
「まず、あそこにたどり着ければ、玲子君の生きていた時代から数世紀進んだ、マナを理解するのに必要な基礎理論が手に入る。たどり着くまでに自力で進められる科学分野もあるだろうけど。あそこに置いてある物は、いろいろ加速させることにはなるだろう」
マナの、余剰時元とのエネルギーをやり取るするのに必要な、素粒子に関する理論。
…多分、私には歯が立たない内容でしょうね。いずれ現れるだろう天才に期待します。
「その次に太陽リング。そこまでたどり着けたのなら、あのシステムは君たちの物だ…この星系の管理も丸毎ね。生身で星を渡るのは難しいけど。そのころには自力にメンターにたどり着けるかもしれない」
そして。国の外敵の存在が内乱を防ぐように。太陽リングを物にするという目標が出来たのなら、それは人類内の対立を防ぐ理由になるでしょう。
「そうね…それまで見守っていくのが私の使命ってわけね」
そしたら私も…
Side:別室の三人
「なんというか。全知全能に思える赤竜神様とレイコ殿でも…楽な話ばかりではないのだな」
「まぁ、わしもひ孫の顔を見るまでは死にたくないとは思いますが。ただ、自分だけ永遠に生きたいとは… 思う思わない以前に、万年単位の話となると想像も出来ませんな。一万年で五百世代ですぞ」
「私には…彼らの進む道は、苦難の道程に思えます。神には神の悩みがあるということでしょうね」
「ともかく。目指すは大陸の文明の延命か… ゆりかごの前に自滅しては、元も子も無い」
「赤竜神様がおっしゃっていたように。永遠にと言えないだろうが。少しでも長く…ですな」
「大陸の恩人たるレイコちゃん…永劫と言って良い時間を生きることになるあの子のために… 何かしら糧になるような時間を作りたいですね」
「ですな。…赤竜神様は真なる神を探しておられるとか。わしらも祈らずにおれませんな」
「数多の文明を見届けてきた赤竜神様ですからな」
「…ええ。彼らの進む先に真の安寧のあらんことを」
Side:ツキシマ・レイコ
赤井さんはしばらく、店員プレイで過ごすそうです。基本的に、王国も正教国も不干渉ということになりました。
まぁ全知全能っぷりを引き出してもらうような用事もありませんし。赤竜神が働いているなんてことを公に出来るわけもないですし。
そもそもメンターに対して、利用どころか害を与えることも不可能なわけで。ただそこに居てもらうだけということになりました。
「それではアイズン侯爵閣下。新たなお孫様の健やかなご成長、私もお祈り申し上げます」
屋敷を出るとき。赤竜神だということを知らない人向けに、店員モードで頭を下げる赤井さん。
あ。見ていたリシャーフさんが緊張でプルってした。
「う…うむ。其方も、良い商品をかたじけなかった。今後も贔屓にさせてもらいたいものだ」
「ありがとうございます。そちらのご隠居様も、御用命がありましたらいつでもお気軽に」
ここでの上皇陛下は、一応身分を伏せています。…ここに居る皆は、護衛騎士も使用人も皆が知っているようですけどね。
「ああ。おそらく近いうちに注文が行くだろう」
カルタスト殿下の弟と、カステラード殿下のお子様がそろそろ字を覚える頃ですか。クリステーナ妃殿下も、あの店を知ったら興味持ちそうです。
「そのときには、またいろいろもお持ちいたします。本日は御用命、誠にありがとうございました」
「さぁレイコちゃん! ファルリード亭に行くわよ! お風呂とサウナで、ここで食べたお菓子とお茶の分を流すんだから」
それだけでケーキ二つと砂糖入れたお茶の分はなかったことにはならないでしょうが。
「クークック!」
レッドさんが教えてくれました。…その脂肪率なら問題ないのでは?
その後、馬車で街の北へ。先に私だけ、家の方に下ろしてもらいます。いただいたケーキを冷蔵庫に入れときたいですし。アイリさんとタロウさんが家に待機してくれていますから。
別に待機が必要な話でもなかったのですが。まぁ赤竜神とこの大陸のトップとも会談…ってことになってしまいましたから。
子供達も待ってくれています。
そうですね。今夜は一緒にファルリード亭に行きましょう。あのケーキは、ファルリード亭の面々も併せて明日にでも。




