第10章第063話 神様とお茶会その四
第10章第063話 神様とお茶会その四
Side:ツキシマ・レイコ
「なんとなく解るわ…他のレイコ達の気持ち…」
一億四千万のレイコ。その中で再生されたことを悔やんだレイコがいない…
今の自分が死んだ玲子とは別だと自覚はしつつ、再生されてからの六年。私も…最初は戸惑ったし。まぁ嫌なことも辛いこともあったけど。再生されなければ良かったなんて思ったことは無いです。
まだたった六年。六年で大陸は大きく変わりつつあります。
帝国のレイコの話を聞くに、"私"は運が良い方でしょう。ネイルコードという政治経済的に安定した国に住んで、温かい人達と出会えて。
大陸の情勢も平和と発展のめどが立ち。マーリアちゃんも婚約して。喜ばしい未来が想像できますが。
ただ。
カーラさん。私が東の大陸に渡っていた間に亡くなってしまった。
最近、確実に来る哀しみを想像してしまうことがあります。寝る前に目を瞑ると、頭の中を駆け巡る嫌な想像…いえ、想像なんかではなく、確定している未来。
今の生活を捨てたいわけではないけど…けど、怖くてしょうが無い。
『なんとなく解るわ…他のレイコ達の気持ち…』
出会った思い出を否定できるほど無情じゃない。そして、それらが失われることに耐えられるほど鈍感でもない。
元が私と同じ"心"を持っているのなら。皆、同じように感じたのでしょうか?
「…赤井さん。私はこの後どうしたらいいのかしら? 」
メンター候補としてではなく。赤竜神の巫女としてではなく。レイコとして何をしたらいいんだろう?
「赤井さんは、自身が関わった文明は全部まとめて記憶しているんでしょう?」
帝国のレイコが経験したような哀しみや絶望は、赤井さんも経験しているはずです。
赤井さんという人物が、私とは別人だとしても…同じような辛い思いをしていると思います。
馴れた?飽きた? そんなことはないよね?
「…うん、そうだね… レッドさん、例のファイルを再生してレイコ君に見せてあげて」
「クーック」
了解というレッドさんの返事と共に、接続承認要求が。
偵察の情景を見せてくれるときと同じような、最近だとマーリアちゃんがプロポーズされたシーンの再現。それと同じ要求です。
憂えた赤井さんの表情を見るに、楽しい物では無いようですが。了承とレッドさんに返します。
視界とは別に、まるで"思い出す光景"のように頭の中に情景が浮かびます。
「メンターが成し得たことの一部、それを見せてあげよう。ダイジェストだよ」
視界いっぱいの星の海。一部の星が揺らぐ… よくよく見ると、鏡のような表面であるが故に背景と区別が付け辛いけど、紡錘形の物体が見えてきました。
"感覚"でそれが、恒星間を慣性飛行しているマナシップだと解ります。ただ、比較する物が無いので、サイズは解りません。
目指すは太陽とよく似た恒星。その恒星の外縁部に突っ込んでいきます。とてつもない高温と圧力に耐えるマナシップ。恒星間を飛んでいた速度をそれで落としますが、一回では落としきれません。
長楕円軌道を数千年かけて何周もして、何度も恒星を掠めて減速。その恒星系に落ち着きます。
もともと貯めていた星間ガスと新たに収集した恒星のガスを推進剤に、一番内側の惑星に接近します。
どこかの恒星の周囲に、最初は複数の人工惑星を並べ、そこから伸ばしたワイヤーで輪を作り。そこを土台にリボンのように建造されていく太陽リング。恒星の光をエネルギー源にして製造が開始されるマナ。
大量のマナの粒…ビーズか豆サイズですかね? それがリングから大量に打ち出され続けます。
マナの行く先は薄茶色の惑星。濃い大気の下には、岩石の大地と黒い海。
降り注ぐ大量の彗星と撒かれたマナが、海と大気の物質を固定化し、浄化して行きます。
最初は植物プランクトン。青い空が広がります。そして、植物の芽生える大地。海や陸に広がる生物種。地球に似た生態系が再現されていきます。
数キロクラスのクレーターがいくつも穿たれ丸い湖が並ぶ平原。そこから流れる河の河口、その近くに築かれたコロニー。
箱のような、シンプルでいて機能的な家の並ぶちょっとした集落。そこには数十人の男女、その中に赤井さんの姿が。
農耕から始まって。鉄器を自前で作れるようになり。やがて集落はたくさんの村、街、国と広がっていく。
惑星の広範囲に。都市が、国が。そして…
夜側から見た惑星。都市の明かりが減っていき、やがて真っ暗に。
多分別の惑星。同じように生物の住める環境が整えられて、文明まで発達して。…今度は戦争で文字通り爆発する文明。
一つの惑星では無く。最初は数十、次は数千。
滅んだ惑星も、まるで畑を休耕するかのように、数万年かけて再整備されます。
それらのイメージが、並行して大量に再生されていきます。
数多の惑星。数多の文明。数多の…おそらく"京"の単位の人々。
ただそこに居ただけではなく。すべての人が流れるように。
生まれて。喜び。哀しみ。怒り。充足。後悔。全ての記録が流れる。"京"の記録。
男も、女も、赤ん坊も、老人も、善人も、悪人も。
まるで砂時計…いえ、砂の大河のように。砂粒が、人生が流れていく…
…赤井さんたちは、全部覚えているのね…
大河の流れが止まり、逆流を始める。世代を上って、その惑星の初コロニーの面々。時間を遡っている。
全ての惑星のイメージが消えて…最後に一つの惑星が残る。…地球だ。
ビルの全面に施された広告、無人化された交通機関、高度に電子化されているように見えるけど。町並みはどこか私が生きていた時代を残しているそれ。
あ。あれは…赤井さん、老人となった… 病院らしき施設で、ベットに上半身だけ起している。そして周囲には、多分赤井さんの子、孫、ひ孫。親族での記念写真、おそらく最後の…
白いタキシードの、私の記憶よりちょっと年を重ねた赤井さん。隣にはウェディングドレスの女性。ああ、赤井さんの奥さんか。利発で誠実そうな人で。ケーキ入刀のシーン。
あ…機械…スキャナーが設置されたベット。寝ているのは私。これは玲子の最後のシーン。
点滴に薬を与えられて…心電図がフラットに。…私に泣き縋るお母さん…
どこかの楽しげなホームパーティー。赤井さんと、同年代の人たち。そして…私のお父さん、お母さん…手伝っている学生時代の私。ああ覚えています。お父さんの研究室が拡大して、学生や研究員も集まって。その設立パーティー。
二度と戻らない。けど決して忘れたくない。
…赤井さんがなぜ、宇宙の死に抗いたいのか。気持ちが分かったような…気がします…
「クゥー?」
膝に乗ったレッドさんが、ハーネスの収納から出したハンカチで、私の顔を拭いてくれています。
私は、あまりの情報の多さに、座ったまま固まっていたようです。…私、泣いていたのですね。
「ククゥ?」
慰めてくれるレッドさんを抱きしめます。
「お父さん…」




