第10章第062話 神様とお茶会その四
第10章第062話 神様とお茶会その四
Side:ツキシマ・レイコ
「赤井さん。私が死んだ後の最初のデータのレイコ、"二代目玲子"でいいのかな? 彼女に具体的になにがあったの?」
二代目玲子。初代デジタルレイコ。
私が死んだときのスキャンが技術レベル的に不完全だったことで、人工人格として起動するのがかなり送れたらしい"私"。
前にも大雑把に赤井さんには聞いています。
後からスキャンされた赤井さんとかの方が、スキャンの精度が上がっていたので、コンピューター内での再現は早かったそうです。
だったら私の不完全なデータなんてほっといて、成功例だけで進めれば良いと思いましたが。私のデータから私を再現したのは…やっぱり赤井さんですかね?
ちなみに。お父さんのスキャンはさらに低精度だったため、結局お父さんの真似をする程度にしか再現できず、そのデータは現在レッドさんの中にあります。真似でも、もっとお話ししたいところですけど。
人間の人格を脳から吸い出してコンピューター内に再現する。確かに夢の技術ではあったのですが。
結局これも、"コピー"でしか過ぎず、本人はきっちり死亡しているので、これをもって不老不死に成れるわけではない…という認識が広まり。この辺に納得した人しかスキャンを受けなかったようで、全人類メンター化とはならなかったようです。
しかも、コンピューター内で活動を始めた彼らを、法律上の権利存在としてどう扱うかが問題となり、対立が深刻化。彼らは月面裏側へ、さらに水星に閉じ籠もるようになりました。
それでも。マナ、大雑把に言えばエネルギーを質量の形で内包し、その構造の集合体でマイクロマシンや演算素子まで作れる魔法のような物質。これを作り出す理論構築と実践を成し遂げ人類にも提供し。水星をベースにマナの製造プラント"太陽リング"の建造と、マナを安定的に地球に供給する…という協力関係は結んでました。
メンター達は別に地球と敵対したわけでは無く。地球側にも話が出来る"人間"がいたってことですね。
「他のレイコにも何度もこのへんについて話したことがあるけど。やっぱり毎度憂鬱になるね」
対立を内包しつつも、とりあえずエネルギー問題はほぼ解決、繁栄して将来の発展も約束された社会のように見えますが…
「地球のネットワークに根を張っていた二代目玲子君…まぁ彼女の場合、"実在の人物を参考にしたAI"扱いされていたから地球で活動出来ていたんだけど。彼女は数十年かけて世界中の多くの人と友好を結ぶメジャーなAIに至ったわけで…バーシャル動画配信者のAI版だね」
スキャンがうまくいってコンピューター内に意識を移せたら…という夢は見ていましたが。そうなったら具体的に何をしたいかはあまり考えていませんでしたね。確かに、コンピューター側からアピールするというのなら、動画配信は有効な手段に思います。
「反AI運動のことは話したっけ?、メンターが水星に籠もる原因になった運動だけど。」
AIが人間に取って代わってしまう、仕事でも文明でも文化でも。そういう危機感を抱く人は私が生きていた時代から多かったですし。メンターの出現によって、実際に人の知的活動の領域をどんどん侵していったというのが実情だったそうですが。
一定以上の規模のAIの活動を制限する、そのAIの動向に責任を持つ者を設定する。そういう法成立を目的として活動が世界中で起きたそうです。
人をベースにしたコンピューター人格であるメンター達については、そもそも人なのかAIなのかの議論も延々と続き。AIとの区別のために地球上のハードウェアからは物理的に退避したそうで。
地球でも、月でも水星でも、タイムラグがあるだけでオンラインなのは違わないんですけどね。ただ、民衆心理はそれでかなり収まってしまったそうです。マナというエネルギー事情を解決する発明とその生産で人類社会に貢献している…というのも、容認の理由でしょうけど。
「マナが電源として各家庭にまで普及したころ。マナを兵器転用するって国もいくつかあってね」
マナ爆弾…レイコバスター並の威力としたら、ほとんど核兵器ですよね。大量破壊兵器指定確定です。
「ここで取れるマナと同じでアルミナの結晶で希釈して固めてあったから、爆弾に出来る純度でグラム単位で集めるのは大変だったはずだけど、流通するマナの濃縮に手を出すところもあって。ある日、反AI運動家がハッキングで、小国の兵器庫を爆発させてね。その国は、それを隣国によるテロと断じて報復。大国も応酬にスタンバイするわで最終戦争一歩手前さ。ただ、その紛争の段階でね、レイコ君と特に仲の良かった人達が巻き込まれてね」
管理する体制が普及に追いつかなかったんだね…だそうです。…この辺ここでも対策しないと行けないかな?
「ここからは推測だけど。その玲子は最初、ハッカーのルートを逆ハッキング。そのハッカーと背後にいた人物や組織をたどっていって、そこに身近なマナを全部点火。したんだ。
「そして。世界中のマナ爆弾だけではなく。当時世界中で普及していたマナを動力として使用していたすべての機器、個々は微量なマナとはいえ、都市一つで使われているマナともなれば何キログラムにもなる。それらが一斉にエネルギーを解放した…らしい」
…それを"私"がやったの?
「暴走したのか、意図したのか。そのレイコ君本人が入っていたサーバーネットワークもデータセンターも、マナを動力源に稼働していたからね。レイコ君諸共、文字通りすべて吹き飛んだよ」
眼鏡の下で目頭をもむ赤井さん。
「当時残った記録は、上っ面のテレメトリーと地球との通信内容くらいで、現地の生データはほとんど回収できなかった。どうしてそこまでになったのか、どうやってそれが出来たのか、詳細は失われたままだ。世界中のマナ、それをすべてハッキングする計算量。どう考えても当時のレイコ君のリソースを凌駕する。レイコ君に何が起きたのか。これは長い間研究されていて、未だに決定的な回答は得られていない」
「…それが赤井さんがいうところの、"神の仕業"なのね」
「"神"とは誰が言い出したか…結果からすれば神の領域と言って良い何か。モニターされていた記録からすると、必要とする計算量となしえた計算量に解離が大きすぎる。我々はそれを、量子論における確率の収束がこの宇宙の外から干渉を受けている…と考えた。非局所性をコントロールできる可能性、この現象を我が物にできれば、この宇宙の熱的死の運命から逃げ出せると…」
「不死が目的?」
「自分が不滅の存在になりたいわけじゃ無いよ。自滅願望があるわけじゃないけど、長く生きるのもそこそこしんどいしね」
大きくため息をつく赤井さん。
「最初はただ。大切だった人を忘れたくない。自分の人生の経験を無にしたくない。自分を含めた人類が、この宇宙に存在していたという痕跡を何とかして残したい。存在していたことを無意味にしたくない。…それが生き物の、この宇宙に発生した"意識"の究極的欲求といってもいい」
生き延びることを望んだ者が生き延びる。当たり前ではあるけど。
「地球での事件の後、水星にいたメンター達は、究極のバックアップとして、すべてのデータを持って他の星系に広がる事業を始めた。まず半径三百光年に探査機を打ち上げ、海のある惑星がいくつか見つけ、そこをテラフォーミングして播種を始めた。これだけで十万年単位の時間がかかったけどね。記録していたスキャンデータから何人かを再生してメンターとして昇格させ、今では二十四人がメンターとして活動している」
再生された人が二十四人。えらく少ないような。
「二十四人と言っても、それぞれがさらに分裂している…ってのも違うか。光年単位の距離を離れていても同期できる技術があって。万単位に自分の意識を分割して個別に活動し、それでいて意思を共有している。今の僕達は、そんな存在だね」
「今の自分もまさにその分裂した1人だ」と手を広げる赤井さん。
目の前の赤井さんより、さらに高性能で大規模な赤井さんが、光年、おそらく何万光年という範囲に広がって、それでいて意思を同期出来ている…ちょっと想像が難しいですが。
「普通の人間だって、大量の細胞が個々に活動しているのに1人として意思を持っているだろ? それと似たようなものさ」
そういう…ものなのかな。
「それで…私は何人いるの? ん?メンターなら、何人というのは違うのかな?」
「君は分裂して派遣されたというより、最初から個として再生されて、後から合流するからね。基本、メンターを分裂させて送り込むことは文明の立ち上げ時以外にはしないんだ。神が一緒に暮らしても、ゆりかご化するだけだからね」
と自虐的に笑う赤井さん。多分実際にそういうことがあったと言うことでしょう。
「君は……ジョーカーと言うよりオールマイティーカードか。進歩に行き詰まるような惑星にはほとんど派遣したよ。そのときにはスタンドアローンなレイコばかりだね」
ゆりかご化は避けたいけど、そのまま自滅させるのはもったいない。そういう時局に、メンターとしての意識の無い私を送り込む。あわよくば地球での事件を再現して記録を取りたいってことですか。どっちが主の目的なんでしょう?
「帝国のレイコ君のように、メンターとの融合を選んだレイコも多いけど。スタンドアローンであり続けることを選んだレイコも多くいる。そういうレイコ達は、それぞれの惑星で丁寧に文明を育てたりしているよ。現在7,686人だね」
「今現在個別に活動中なのが、7,686人…なのね?」
「そうだね」と赤井さん。
「延べで言うのなら、143,562,724人」
「一億四千万?」
多すぎてピンとこない。…それぞれが…どういう理由で住んでいた星を旅立ったのだろう。
メンターとして合流したら、そのすべての思いを知ることになるのでしょうか。
「その中には…活動停止を選んだレイコ君もかなりいる。これはレイコ君に限らず、活動中のメンターの部分人格がそのまま停止を選んだ事例も多くある」
その星の文明と運命を共にしたってことですか… 帝国のレイコを見た後だと、気持ちは分からないでも無いですけど。
「…僕も気持ちは分かるから、無理に再起動したりはしないよ。マナが消耗し尽くすまで、そっとしておいてあげるくらいしか出来ないけどね」
「…ぼくも最初は反対したんだよ、せめてメンターに迎え入れてから派遣すべきだとね。再生されたレイコ君がその星の暮らしの中で悲劇に遭う確率を前提にした実験なわけだから… さすがに直接レイコ君に手を出すことは禁忌としたけど。下手するとメンターに対してその現象が向けられる可能性があったからね。ただそれでも、そういうことを期待するようなやり方には抵抗があったんだ」
自分が観察されているだろうことは、自覚はあります。
私の膝の上で静かに話を聞いているレッドさん。彼も、そういう端末の一つでもあるのでしょう。
「それでもレイコ君を再生し続けたのはね。…再生されたレイコ達は皆、再生されたことを後悔していなかったんだ」
『死ぬまで生きてそれでも、一つの寿ぎと九つの嘆息。人生なんてだいたいそんなものよ。それでも、最後にその一つの喜びを思い出せて。またそれと共に誰かに覚えてもらっていたら。それで十分なのよ』
リシャーフさんの言葉が思い出されます。
たとえ悲劇が訪れたとしても…いえ、大切な人たちが皆死んでしまうのはそもそも確定しているわけで。
それでも…唯一無二の出会いを、思い出を、無碍に出来る物ですか。
「なんとなく解るわ…他のレイコ達の気持ち…」




