第10章第060話 神様とお茶会その三
第10章第060話 神様とお茶会その三
Side:ツキシマ・レイコ
「…わしらに出来ることは。ただ今を生きるのみか…」
息を吐くように、上皇陛下。
「すべてが無に帰さないことを祈りつつ…繋いでいくしかないのでしょうな」
目を瞑り考え込むように、侯爵。
恒星に寿命があるように。人にも、その文明にも、人類という種にも寿命があります。
栄枯盛衰が世の…この宇宙の習いとは言え…
「あのチョコレートケーキ、おかわり貰えないかしら?」
リシャーフさん…
周囲がジト目で見ている中。
「重たい話をするときには、甘い物って決めているのよ。お願い」
ん、まぁね。いいけど。
部屋は人払いしているので。侯爵に目配せで許可をもらい、私が扉まで行ってお茶とお菓子をお願いしてきました。
「ありがとうねレイコちゃん」と、いつもの雰囲気のリシャーフさんです。さっきまで本物の赤竜神の前でびびっていたのに。
「お二人とも何を神妙になってるんですか。"解りきったこと"をなにを今更ってもんですよ」
ソファーの上で背筋を伸ばします。
「私ほどお葬式に出た人間なんて…それこそ葬儀屋くらいだと思うけど。死んでしまった人にはね、悼んでくれる人、覚えていてくれる人、それだけいれば十分なのよ」
「それ以上望みようがないのよっ」と言い切るリシャーフさん。
「死ぬまで生きてそれでも、一つの寿ぎと九つの嘆息。人生なんてだいたいそんなものよ。それでも、最後にその一つの喜びを思い出せて。またそれと共に誰かに覚えてもらっていたら。それで十分なのよ」
赤竜教のトップとして、葬儀には高頻度で呼ばれるのでしょう。
「赤竜神様が我々を看取ってくれる。そのお言葉だけで十分です。教会の役目を、この世界で必死に生きる人々の心の安寧にあるとするのなら、これ以上に心強いお言葉はありません。…もちろん今聞いたお話を公にすることには難がありますが。赤竜教は今後も、赤竜神様の御心に従い、民に寄り添って行くことをここに改めて誓います」
手を組んで、赤井さんに祈りを捧げるリシャーフさんです。
困ったような顔になる赤井さん。…自分が信仰の対象になっていることをどう思っているんでしょうか? 私は耐えられずに土下座してしまいましたけど。
「うん…さすが今世聖女様ですね。僕たちよりよほど神性をもっているんじゃないかな?」
「私もそう思うわ。リアル聖人」
赤井さんも私も、元は一般人ですからね。本物にはかなわない感じです。…本物って何?
「おだてたって何も出ないですよ」
祈りを捧げるポースから上目遣いのリシャーフさん。
としているうちに。ドアがノックされて、お茶とお菓子が運ばれてきました。私たちもご相伴にあずかります。ちゃんとレッドさんの分も。
残りのチョコレートケーキはお土産用なので、他のお菓子となりましたが。これは私も食べたことがあります。木の実か芋か分からなかったですが、モンブランみたいな風味のケーキですごくおいしかった一品です。
「餓えや魔獣や災害や。病気や戦争も。苦しい世界での逃避先でしかなかった教会ですが。今後は、物質面の幸福をネイルコードをはじめとする人々が背負ってくれますので。それだけでは足りない部分を補うことこそが教会の存在意義になるのでしょう。宗教の役割も時代とともに変わるということですね。人の心の側から、この大陸の発展と平和に寄与できれば幸いです」
宗教を背景にした軍事勢力…というのは地球の歴史でも普通にありましたし。地域の安定のために赤竜教がそうであった時代もありましたが。リシャーフさんもそういう教会の形からの脱却を進めている人です。
うれしそうにケーキを食べながらでなければ、もっと威厳のある発言なのでしょうけど。
「…この甘味と同じく、幸せって刹那的なのよね。そういうものの積み重ねなのよ、人生って」
「クーックク」
レッドさんがなんか相槌うってます。
最初に会った頃には、立場に潰されそうになっていたリシャーフさんですが。最近は良い感じで緩くなっています。
「教会の長としての責任はレイコちゃんのおかげでかなり減ったし。なにより結婚したしね。私も人生楽しんでいくわ」
陛下と侯爵も、リシャーフさんとの付き合いは結構あると思うのですが。このモードのリシャーフさんにはちょっと困惑しているようです。
「上皇陛下。侯爵閣下。赤竜神様に恥じることのない人生を過ごされていますか?」
互いに目配せする二人。二人ともニヤっと笑って、
「「赤竜神様に誓って。我らが人生に悔い無しっ」」
胸に手を当てて礼をする二人でした。
「よろしい。お二人とネイルコードに、赤竜神様、小竜神様、巫女様より、慈愛と平穏がもたらされますように」
印を切るリシャーフさん。
…その当人達の前だって忘れてませんか?
陛下や侯爵たちとのトップ会談も、それとなく終わりました。
赤井さんが街で働いていることは特に告めることも干渉することもなく。
神様が目の前にいるのだから、普通の人なら何か現世利益でも求めそうな物ですが。そういうこともなく。
結局、もし用があるときには私を通して連絡するという取り決めをして、本日の会合はお開きになりました。
リシャーフさんは、別室で控えていた護衛のタルーサさんとトゥーラさんのところへ。
彼女らは今日、ファルリード亭の方に泊まりますので。帰りの馬車には私も同乗することになりましたが。私はもうちょっと赤井さんとお話がしたかったので、ちょっとその別室で待っていてもらうことになりました。
「二人とも、お菓子を食べ過ぎてはだめですよ。夕食は、ファルリード亭でお風呂入った後に飲み会ですよ?」
「私たちは子供ですか? 猊下がお菓子のおかわりしたことは知ってますよ」
「そうですよ。私たちは我慢したのに」
「…いろいろあって、急に甘いものが欲しくなったのよ。このあとは、お茶だけで我慢するわよ」
部屋には、レッドさんと赤井さんの三人だけになりました。
東の大陸で会ったときには、帝国のレイコの話がメインでしたが。…メンターとしての今後についていろいろ話を聞きたいと思っていたところです。
「いろいろ聞きたいことはいっぱいあったけど。…過去の事となると、そんなに執着しても意味が無いんじゃないかって思えてきたわね」
「記憶と記憶はどうにもならないからね。」
私と同じ存在が複数いる…複数いることができる、ということは、おおっぴらにはしていません。
東の大陸のレイコについては、"レイコ"ではなく、私と同じような"巫女"として報告書をあげてます。
ただ、陛下、侯爵、リシャーフさん、マーリアちゃんには、私と同じ起源を持つ存在だと説明してあります。
まぁ私と向こうのレイコが、同一なのか別人なのか、哲学的な問題になりますし。…知られたところで皆は、私は私と言ってくれそうな気がしますけどね。
元が同じということを広めないのは、その手段に妙な不死性を見る人が出てきそうだからです。旧マナ研が関わる事件は、その辺の知見を広めることに慎重にさせます。
帝国のレイコの顛末を考えると、長生きが本当に幸せなのか?
その辺の機微を理解してくれている皆は、「長生きできてすごいね」的に騒ぐこともなく。メンターとしての立場にはあまり触れないでいてくれています。
それでも。赤井さん曰く、私の存在自体にも目的があるそうです。
神…と呼べるような上位存在の可能性。それにコンタクトできる可能性が私だそうですが。
そのきっかけとなった事件については、以前もふわっと触れられています。
「赤井さん。私が死んだ後の最初のデータのレイコ、"二代目玲子"でいいのかな? 彼女に具体的になにがあったの?」




