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人を模した君へ 〜未登録の十七歳〜  作者: ユノ・サカリス


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第9話《それでも、優希》

それでも、美悠は首を振った。


「違う」


声が震えている。


「完全じゃなくてもいい。記録が穴だらけでもいい。九年前の全部を知らなくてもいい」


優希に近づく。


「目の前で喋ってるのは誰なの?」


優希は答えない。


「私の名前呼んで、甘いの好きって言って、今ここにいるのは誰なの?」


涙がこぼれる。


「BCHとか、ロボットとか、そんな単語で片づけないで」


拳が強く握られる。


「あんたは優希なんだよ」


部屋が静まり返る。

優希の瞳孔が、わずかに開く。


「定義が、曖昧」


「うるさい!」


美悠は即座に遮る。


「定義とかいらない。私は、あんたを優希って呼ぶ」


その強さに、蓮が小さく息を吐く。


「……俺も」


優希が視線を向ける。


「昨日は正直、データの塊みたいだと思った。でも今日、違う」


床に腰を下ろしたまま、まっすぐ見る。


「未完成なんだろ? じゃあ今から作ればいい。俺らと」


優希の胸に、わずかな違和感が走る。


「心拍数、上昇。理由、不明」


「それが理由だよ」


美悠が言う。


「生きてるってこと」


沈黙が落ちる。

やがて、美悠がふと聞いた。


「ねぇ、何かやりたいこととかないの? 食べたいものとか」


優希は考える。

数秒、視線が揺れる。


「……外」


その単語だけが落ちる。

昨日まで逃げる場所だった外が、今は行きたい場所になる。


「外、かぁ……」


美悠は一瞬ためらい、それでも笑った。


「蓮、外の様子どうだった?」


「昨日よりは静かだったけど……安心できるレベルじゃねえ」


美悠はテレビを点け、チャンネルを回す。


「ニュース、ニュース……」


画面には続報。捜索範囲拡大。目撃情報なし。


「……少し落ち着いた、か?」


蓮が肩をすくめる。


「今なら動けなくもない、ってとこだな」


美悠が振り向く。


「蓮、車出して」


「は?」


「行こうよ。優希の行きたい場所。記憶、少し残ってるんでしょ? 何か思い出すかもしれない」


「違うって。それはデータで、思い出すとかそういう――」


「うるさい! じゃなきゃ二人で出かける」


「おい!」


蓮が額を押さえる。


「だとしても、まだ危ないだろ。状況を考えろ」


「考えてる。でも、じっとしてたら何も始まらない」


視線がぶつかる。

数秒後、蓮が舌打ちする。


「……仕方ねぇな。車回してくる。でも優希、バレねぇか?」


美悠はにやりと笑う。


「任せて」


クローゼットが大きく開き、ハンガーが揺れる。

優希がパーカーを受け取ると、美悠は振り返りざまに蓮を見る。

蓮は腕を組んだまま、じっとこちらを見ていた。


「……何見てんのよ」


「いや別に」


「エッチ。早く車!」


「は?」


「いいから! 準備終わるまでに車持ってきて!」


「えー? ……わかったよ」


蓮はため息をつく。

未練がましくもう一度だけ視線を向け、それから踵を返す。

玄関のドアが開き、外の空気が一瞬だけ流れ込む。


「無茶はしねーぞ」


小さく残して、蓮は廊下へ出た。

扉が静かに閉まる。

部屋には、美悠と優希だけが残った。


「これ着て。あと帽子」


「帽子、なぜ?」


「顔、隠すの!」


優希はパーカーを受け取り、少し戸惑う。


「私ではない服装」


「今日はそれでいいの」


美悠は髪をまとめる。

指先が触れるたび、体温を確かめるように。


「じっとして」


軽くファンデーションを叩く。

優希の睫毛が震える。


「視界、変化」


「目、閉じて」


数分後、鏡の前に立たせる。

そこに映っているのは、篠宮優希ではない少女だった。


「……誰」


優希が呟く。

美悠は小さく笑う。


「今日のあんた」


インターホンが鳴る。


「おい、準備できたか」


蓮の声。

ドアを開けた瞬間、蓮が固まる。


「……誰だよ」


美悠が肩をすくめる。


「BCHじゃない。ただの女の子」


優希が一歩、前に出る。


「外、行く」


その声には、わずかな期待が混じっていた。

美悠はその背中を押す。


「行こう。優希の“今”を、探しに」


廊下の空気は冷たい。

それでも三人は、同じ方向を向いていた。

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