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人を模した君へ 〜未登録の十七歳〜  作者: ユノ・サカリス


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第8話《BCH》

優希はパンを持ったまま、しばらく黙っていた。


「私は、目が覚めたとき、カプセルの中にいた」


静かな声だった。


「白い天井。透明な壁。機械音。最初に視界に入った人物を、私は“パパ”と認識した」


蓮がわずかに眉をひそめる。


「認識、って……」


「初期データに登録されていた顔と一致。篠宮恒一。父親」


美悠の指が、膝の上で強く握られる。


「パパは私を抱きしめた。私は“パパ”と言った。パパは泣いていた」


優希は少し首を傾げる。


「理由、分からない」


部屋が静まり返る。


「頭の中には記録が入っていた。残像のように。会話、画像、メッセージ履歴。優希のスマホのログが中心。そこに生成AIの補完データが加えられている」


蓮が小さく息を呑む。


「……補完?」


「空白を埋めるための推測。完全な再現ではない。パパはあえて余白を残した」


優希は指でテーブルをなぞる。


「これから私が自分で学習し、更新するため」


美悠は息を呑む。

 

優希は続けた。


「目覚めてから七日間、研究室で過ごした。身体機能の確認、歩行、摂食、会話訓練」


「身体機能って……」


蓮が言いかけると、優希は頷く。


「パパは人の身体を七百四十六種類の部位に分解し、すべての培養に成功した。元は事故や欠損への再生医療。治験も成功している」


美悠の視線が、優希の手へ落ちる。

その指は温かく、動いている。


「その培養の基となったDNAは、篠宮優希。九年前に死亡した個体のもの」


空気が重く沈む。


「クローンではない。記憶の完全移植でもない。培養した部位を結合した構造体。倫理規定上は“ロボット”と同義」


蓮が吐き捨てるように言う。


「ふざけんな……」


優希は淡々と続ける。


「身体の生理的欲求と生存本能は、AIに紐づけられている。空腹時にエネルギー摂取を優先するのは、その設計によるもの」


美悠が、かすれた声で言う。


「だから……ハンバーガー」


「うん」


肯定は静かだった。


「パパはそれをBCHと呼んだ。Bio-Constructed Humanoid(バイオ・コンストラクテッド・ヒューマノイド)。――だから私は、あの時の篠宮優希ではない」


その言葉が、部屋の中央に落ちる。


「優希を模した存在。記録を基に設計された構造体」


美悠の肩が震える。


「……でも、あんたは」


「私は“私”」


優希は続ける。


「記録はある。でも、経験はない。九年前の放課後を、私は知らない」


蓮が目を閉じる。


「俺に告白された記憶も?」


「ログはある。感情の実体験はない」


静かな残酷さだった。

美悠が、ようやく顔を上げる。


「じゃあ……あの優希は、もう」


「死亡記録通り」


即答だった。

部屋の空気が凍る。


それでも優希の声は揺れない。


「私は優希ではない。でも、優希のDNAで構成され、優希の記録を基に設計され、組み立てられた存在」


視線が美悠へ向く。


「それでも、ここにいるのは現在の私。……昨日までの誰かではない」


その言葉は、昨日より確かに柔らかい。


蓮が低く言う。


「……じゃあ、お前は優希じゃ……」


優希は少し考えた。


「未完成」


その単語だけが静かに響く。


「パパは余白を残した。私は、まだ更新途中」


美悠の目に涙が滲む。

優希はそれを見つめ、ゆっくりと言った。


「だから、私は優希ではない。……でも、優希を模した“何か”として、生きるよう設計された」


部屋の中心にいるのは、機械でも、死者でもない。


優希は続けた。


「七日目、研究室に強制捜査が入った。パパは何も悪いことはしていない。再生医療の延長線上にある技術だった。でも、私を造ったことだけは公にできない。私は、存在してはいけない」


優希の指先が、わずかにパンの包装を握る。


「パパは私の手を強く握り、裏口へと導いた。『見つかるな』とだけ言った」


一度、呼吸を置く。


「そのときの表情を、私は正しく再現できない。けれど、震えていたことだけは、記録より鮮明に残っている」


部屋の空気が、重く沈む。


「だから、私は外に出た。未登録個体として」


視線が、ゆっくりと二人を見る。


「そして、空腹になった」


淡々とした事実。


「生きるように設計されているから」


その一言が、説明であり、告白でもあった。


「それが、BCH」


優希は小さく息を吐く。


「――私の始まり」

 

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