↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人を模した君へ 〜未登録の十七歳〜  作者: ユノ・サカリス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/18

第7話《存在の更新》

キッチンでマグカップにコーヒーを注ぎながら、美悠はスマートフォンを手に取った。


画面には蓮からのメッセージ。


《もうすぐ着く。コンビニ寄った》


短い一文なのに、不思議と胸がほどける。


「……来るって」


美悠が呟くと、優希がすぐに反応した。


「蓮くん?」


「うん。もうすぐ」


少し間を置いてから、美悠はわざと明るい声を出す。


「よし、朝ごはんが来るぞ!」


自分に言い聞かせるような声だった。

優希は首を傾げ、ほんのわずかに眉を寄せる。


「朝ごはんが、ではなく、蓮くんが朝ごはんを持って来る」


訂正は穏やかで、しかし正確だった。

美悠は吹き出す。


「そんなの、わかってるよ。もう……あんたは」


優希は数秒こちらを見つめる。


「何が?」


「そういうとこ」


美悠は肩をすくめる。


「言い回しにいちいち突っ込むとこ。無駄に正確なとこ。……やっぱり優希だな」


その言葉に、優希の瞬きがわずかに増える。


「やっぱり、とは?」


美悠はソファの背に腕を預け、優希を見る。


「変わってないってこと。九年経っても、そこだけは」


優希は視線を落とし、静かに言った。


「私は、九年経っていない」


責めるでもなく、ただ事実を置く声。

美悠は苦笑する。


「そうだったね。時間止まってる組だった」


優希の視線が、美悠の顔をなぞる。


「でも、美悠は九年経過」


「そう。ちゃんと二十六歳」


少しだけ胸を張る。


「だから、あんたより大人です」


優希はわずかに口角を上げた。


「精神年齢、比較不能」


「なんだと?」


二人の間に、小さな笑いが落ちる。

昨日までそこになかった温度だった。


そのとき、ドアの向こうで足音が止まる気配がした。

優希の瞳孔がわずかに開く。


「足音、停止。玄関前」


「いちいち報告しなくていいから」


インターホンが鳴る。

昨日とは違う、短く控えめな押し方。


美悠は一瞬だけ優希を見る。


「隠れなくていいからね」


優希は頷いた。


「了解……じゃなくて、分かった」


言い直す。

その小さな修正に、美悠の胸がじんわりと熱くなる。


「成長早すぎでしょ、あんた」


ドアに手をかけながら、小さく呟く。


「もう……置いてかないでよ」


それは九年前の誰かに向けた言葉だった。

その声は優希には届かなかったかもしれない。

届いていないほうが、きっといい。


ドアノブを回し、ゆっくりと開ける。

廊下の朝の空気と一緒に、コンビニ袋を提げた蓮の姿が見えた。


「……入るぜ」


蓮はコンビニ袋を軽く持ち上げて見せる。

ビニールの擦れる音が、やけに生活感を連れてくる。


美悠がドアを閉めると、優希はまっすぐ蓮を見た。


「おはよう、蓮くん」


昨日より滑らかだった。

音が途切れない。

抑揚が、わずかに柔らかい。


蓮の眉が動く。


「……なんか、昨日より普通じゃね?」


「普通、とは?」


「いや、その……機械みたいな喋り方、じゃない」


優希は数秒、思考するように視線を止めた。


「夜間学習により、会話データ最適化」


「出たよ、そういうとこ」


蓮は苦笑しながら袋をテーブルに置く。


「ほら、甘いのと、普通の。あとサンドイッチ」


優希は袋を覗き込み、パンを一つ取り出す。

包装を丁寧に開ける。

動きが、昨日より迷いなく自然だ。


一口かじる。


「……甘い」


小さく、嬉しそうに言う。


蓮と美悠が同時にその顔を見る。

蓮がぽつりと漏らす。


「なあ」


優希が視線を上げる。


「昨日より、なんか……“いる”感じする。同じ顔なのに、昨日はデータの塊って感じだった。今は……ちゃんと会話してる」


優希は咀嚼を終え、静かに言った。


「会話は、学習効率が高い」


「そういう説明じゃなくてさ」


蓮は床に腰を下ろす。


「俺ら、知りたいんだよ。お前のこと」


美悠も頷く。


「昨日はバタバタだったし……ニュースもあったし。でも、今のあんたが何なのか」


優希はパンを持ったまま、視線を落とした。


「私は——」


一度、言葉が途切れる。


「造られた存在」


その声は昨日より落ち着いていて、どこか覚悟のようなものが混じっていた。


「どこから説明すれば、理解しやすい?」


蓮と美悠は、無意識に顔を見合わせる。

蓮が小さく言う。


「最初から、でいい」


美悠も、ゆっくり頷いた。


「うん。あんたの始まりから」


優希は静かに息を吸う。


「了解……じゃなくて、分かった。最初から、話す」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。