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人を模した君へ 〜未登録の十七歳〜  作者: ユノ・サカリス


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第10話《優希の特等席》

車は住宅街を抜け、大通りへ出る。


助手席に美悠。

後部座席に優希。

優希は窓に顔を近づけ、流れていく景色を目で追っている。


「建物、多い」


「都会だからな」


蓮が軽くハンドルを切る。


「信号、青」


「分かってる」


優希はシートに手を置き、少し前のめりになる。


「速度、一定。操作、滑らか」


「分析すんな」


美悠が笑う。


「蓮、評価されてるよ」


優希は数秒考え、それから言った。


「助手席、座りたい」


一瞬、車内が静まる。


「は?」


美悠が振り返る。


「ダメに決まってるでしょ。顔バレしたらどうすんの」


「帽子、ある」


「そういう問題じゃない」


優希は少し考える。


「前方視界、広い。運転者の行動、観察したい」


蓮が苦笑する。


「研究対象かよ、俺は」


数分後、結局コンビニの駐車場で席を入れ替えることになった。

優希が助手席に座る。

シートベルトを慎重に引き出す。


「固定、完了」


車が再び走り出す。

優希はまじまじと蓮の横顔を見る。


ハンドルを握る指。

アクセルの踏み込み。

信号を読む視線。


「ちょっと優希!」


美悠が後ろから声を上げる。


「蓮のこと見過ぎ!」


優希はゆっくり振り返り、美悠と目が合う。

その瞬間、口元がにやりと歪んだ。


「ちょっと、何それ!」


「優越感」


即答に、蓮が吹き出しかける。


「は?」


優希は正面を向いたまま続ける。


「助手席、特等席。視界、共有。距離、最短」


美悠が大きくため息をつく。


「もー! あんたやっぱり感情あるじゃない!」


優希は少し考えたあと、静かに言う。


「今のは、ログにない」


「何よそれ!」


車内に笑いが広がる。

その笑いは、まだ誰にも奪われていない。


やがて街並みが低くなり、ビルの隙間に空が広がり始める。

優希が窓を開け、ふと息を吸った。


「匂い、変化」


「排気ガス減っただけだろ」


蓮が言う。


「違う」


優希は窓の外を見つめたまま続ける。


「胸が、少し楽。……空気が、違う」


美悠はバックミラーに映る蓮の目線と、その隣で窓を見つめる優希の横顔を、交互に見た。


窓の外には、山の稜線がゆっくりと姿を現していた。

道路脇の緑が濃くなり、車の数も減っていく。


「静か」


優希が小さく呟く。

信号が少なくなり、エンジン音がやけに澄んで聞こえる。


蓮がウインカーを出し、細い道へ入る。

木々に囲まれた駐車スペースに車を停めた。


「着いたぞ」


エンジンが止まる。

突然の静寂。


優希はシートベルトを外す手を止め、耳を澄ます。


「音、少ない」


「山だからね。昔、あんたと二人で来たんだよ、電車乗り継いで」


美悠がドアを開けると、ひんやりとした空気が流れ込む。

優希も降りる。

足元の砂利が小さく鳴る。


遠くで水の音がしていた。


木々の間を抜けると、湖が現れる。

風が水面を揺らし、光が細かく砕けている。


優希は立ち止まった。


しばらく、何も言わない。

それから、ゆっくりと息を吸う。

胸が上下する。


「……冷たい。寒い? ……違う。澄んでいる」


視線は水面に向けたまま。


「肺が、広がる感じ」


美悠はその言葉を聞いて、そっと笑う。

優希は一歩、また一歩と湖へ近づく。


波はない。

ただ、水が静かに呼吸している。


「ログにある風景。……でも少しだけ同じじゃない」


小さく、そう言った。


蓮が腕を組みながら呟く。


「そっか……思い出なのか、記録なのか……」


優希は水面に映る自分を見る。


「水面がキラキラ光る。私がそこにいる」


美悠が隣に立つ。


「そう。今日のあんた」


優希は水面から目を離し、空を見上げた。

雲がゆっくり流れている。


そして、大きく両手を広げた。


「空、広い!」


急に跳ね上がる言葉の抑揚に、美悠と蓮は驚いた。

その声は、もう疑いようのない感情だった。


そして、ほんの少しだけ笑った。


それは誰かの記録をなぞった表情ではない。

今、この瞬間に生まれたものだった。


美悠の瞳が微かに潤む。


「あの子、前に来た時も、ああやって空に手を伸ばしてた」


「――そっか」


蓮はそれ以上何も言わず、二人の姿を眺め、微笑んでいた。

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