第11話《身体は覚えている》
優希はしばらく空を見上げたまま、動かなかった。
やがて、ぽつりと言う。
「美悠」
「ん?」
「次、行きたい場所がある」
美悠は少し笑う。
「まだ行くの? 欲張りだね」
優希は視線を落とさない。
「昨日ニュースで見た……。篠宮優希は無差別殺傷事件で死亡した。その場所、行きたい」
美悠の呼吸が、一瞬止まる。
「なんで……」
優希はゆっくりと振り返る。
「私は、私を知りたい。……どうやって終わったのか」
蓮が眉を寄せる。
「知らなくていいこともあるだろ」
優希は小さく首を振る。
「ログに死因の詳細はない。ニュースで知った。知らないまま、更新できない」
その言葉に、美悠の胸が軋む。
少し考え、蓮を見る。
「わかった……蓮、行こう」
「おい美悠! そんなこと思い出させなくても」
「優希は自分を取り戻そうとしているの。ツラいことでも……今は優希のしたいこと、なんでもしてあげたい!」
口調は強い。
蓮は眉をしかめたが、やがて美悠を見る。
「――わかったよ」
三人は車へ戻り、優希が助手席のドアノブに手をかける。
「優希、あんたは次後ろ」
「……わかった」
蓮は車を走らせた。
しかし、すぐに違和感に気づく。
「なんか……後ろ、静かじゃない? ずっと独り言みたいに分析してたのに」
美悠が振り返ると、優希は窓の外を見たまま、わずかに頬を膨らませていた。
思わず吹き出す。
「ぷっ……怒ってる」
優希は視線を向けない。
「助手席がよかった。怒り、確認済み」
「あるじゃん、ちゃんと」
前を向き直りながら、美悠は小さく呟く。
「喜怒は見た。でも、哀はまだ見てない」
少しだけ声が落ちる。
「あの場所に行ったら……悲しむのかな」
蓮はハンドルを握ったまま言う。
「どうだろうな……」
バックミラー越しに、優希の横顔を見る。
「オレは、まだ反対だ」
それでも車は進む。
進むしかなかった。
夕方、九年前のあの現場に到着した。
優希は車を降り、立ち止まる。
交差点とアスファルト。
そして夕方の光。
「ログにこの場所の記録はない」
美悠が指をさす。
「――ここだったんだよ」
蓮が視線を逸らす。
美悠の指先が震える。
優希は地面を見る。
「死因の推測、刃物。右腹部。出血多量」
声は冷静だった。
美悠が優希の肩に手を掛ける。
「わかるの?」
次の瞬間、優希の呼吸が浅くなる。
手が、無意識に自分の脇腹へ触れる。
「……痛い」
美悠が息を呑む。
「痛みのログはない……。でも痛い」
優希は首を傾ける。
涙が一滴、落ちる。
それを指で触れる。
「涙、排出……。理由、不明」
胸を押さえる。
「ここが、圧迫される」
それでも視線は地面にある。
「私ではない誰かが、ここで終わった。……でも、身体は覚えている」
「あんたなの。ここで、私の目の前で」
「美悠、もうやめろ!」
蓮が制する。
美悠は優希の肩に手を置く。
「でもね、優希」
声が震える。
「あんたは帰ってきた。あんたは優希のDNAで出来てる。そして、全部じゃないけど覚えてることもある」
優希の胸に触れる。
「胸、痛いんでしょ」
涙をこらえながら続ける。
「あの時の優希と同じじゃなくてもいい。でも、繋がってる」
そして、はっきりと言う。
「あんたは、今、生きているの」
蓮も涙を堪えていた。
そして低く言う。
「もう行くぞ。ここは目立ちすぎる」
美悠は優希の肩を抱き、立ち上がらせる。
「大丈夫?」
「――うん。大丈夫」
優希は両手を合わせ、目を閉じた。
「痛かったね……。悲しかった。悔しかった」
声は小さく、震えていた。
美悠は優希を優しく抱きしめ、背中をさする。
やがて三人は車へと戻る。
優希は助手席のドアノブに手をかけ、美悠を見る。
「……前」
美悠は少し笑う。
「いいわよ。あんたの特等席」
優希は涙目のまま、口角を上げた。
「はいはい、優越感ね。どうぞ」
車は静かに、来た道を戻り始めた。




