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人を模した君へ 〜未登録の十七歳〜  作者: ユノ・サカリス


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第12話《守るということ》

アパートに戻る頃には、空はすっかり暗くなっていた。

途中で買ったフライドチキンの箱を、美悠がテーブルに広げる。


「はー、お腹すいた。よし、食べよ!」


紙袋から立ちのぼる油の匂い。

優希の鼻先がわずかに動く。


「高カロリー。エネルギー効率、良」


「そういうこと言わない!」


優希はキッチンへ行き、箸を持って戻ってくる。

チキンを慎重につまむ。


「ちょっと! それはこうやって食べるの!」


美悠は豪快に手で掴み、かぶりつく。


「うまー!」


蓮も頬張る。


「やっぱケンチッキーンは衣だよな」


優希は数秒観察し、それから真似る。

両手で掴み、かじる。


「……美味しい」


優希は指先を見下ろす。


「手と口が脂まみれ」


「いいの。食べたあと洗えばいいんだから」


優希はもう一口かじる。


「美味しい食べ物。共有。……もっと美味しい!」


声がわずかに弾む。

三人の笑い声が、狭い部屋に広がった。

さっきまで立っていた交差点のことは、今は遠い。


「美悠、明日から仕事だろ」


蓮がチキンの骨を紙に置く。


「優希、どうすんだよ。俺も仕事だし」


優希が顔を上げる。


「月曜日から、労働?」


「そうだよ」


美悠が一瞬だけ黙る。


「……休もうかな。体調悪いことにして」


優希の視線がまっすぐ刺さる。


「それは、優しい嘘? ダメな嘘?」


「そんな純粋な目で見るな!」


蓮が吹き出す。


「でも現実問題どうする。ずっと家に閉じ込めるわけにもいかねぇぞ」


優希は少し考える。


「私は、留守番可能。学習継続」


その声は、どこか大人びている。

美悠がソファにもたれ、ぼやく。


「そうよね……私みたいな貧乏人は働かなきゃ生きていけないし。この先、優希も守れない。あー世知辛い世の中」


「守る前に自分の家賃払えよ」


蓮が真顔で言う。

美悠がクッションを投げる。


「うるさい」


蓮の表情が変わる。


「……でもさ。本当に大丈夫か、優希」


優希が顔を上げる。


「私のことが、心配?」


「え……まぁ、そりゃ」


視線を逸らす蓮。

優希は数秒観察し、ぽつりと言う。


「蓮くんは、不器用」


「は?」


美悠が吹き出す。


「出たー、はいはい。どうぞご勝手に」


優希は真面目な顔のまま続ける。


「私は、美悠のほうが大事」


蓮が顔をしかめる。


「クッ……いちいち言うな!」


優希は首を傾げる。


「事実の共有」


三人の笑いが重なる。

だが美悠の視線は、ほんの一瞬だけ優希の横顔に止まる。

“守る”と口にした自分の言葉が、まだ胸に残っている。


――翌朝。


アラームが鳴る前に、美悠は目を覚ました。

隣の布団を見ると、優希は起きていた。

天井を見つめたまま、瞬きだけが規則的だ。


「寝た?」


「睡眠、四時間十二分。効率は良好」


「短いわよ」


「人間の平均値と比較すると、やや不足」


「比較しなくていい」


美悠はため息をつき、身支度を始める。

制服のシャツに袖を通しながら、何度も優希のほうを見る。


「今日は家にいて。外、出ないで。誰か来ても出ない」


「了解。施錠確認済み。学習継続予定」


優希の声は安定している。

昨日と同じ。


それでも、美悠の胸の奥は落ち着かなかった。


玄関で靴を履きながら振り返る。

優希は立ち上がり、こちらを見ている。


「行ってらっしゃい」


その言い方が、ほんの少し柔らかい。


美悠は一瞬、動きを止める。


「……すぐ帰るから」


ドアを閉める。

廊下に出た瞬間、静けさが急に重くなる。

階段を降りながら、胸の鼓動がやけに大きく聞こえた。


職場に着いても、落ち着かなかった。


マウスを握る手が、わずかに震える。

線が思うように引けない。

色の選択を何度もやり直す。


同じレイヤーを三回消して、三回戻す。


「大丈夫?」


背後から声をかけられ、笑ってごまかす。


「うん、ちょっと寝不足」


モニターの光がやけに白い。

画面の中の図形は整っているのに、胸の中だけが歪んでいる。

それが逆に、不安を煽った。


「留守番可能」と言っていた顔が、脳裏に浮かぶ。


あの子は、強いのか、弱いのか。


きっと大丈夫、と思いこむ。

それでも胸のざわつきは消えない。


――夕方。


予定より三十分早くタイムカードを押した。


「ちょっと急ぎで」


曖昧に言い訳して、外に出る。

足が勝手に速くなる。

信号が長い。

人が邪魔に感じる。


何も起きていないのに、心臓が落ち着かない。


アパートが見えた瞬間、ほっとするはずなのに、逆に息が浅くなる。


階段を駆け上がる。

鍵を差し込む手が、わずかに震えていた。

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