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人を模した君へ 〜未登録の十七歳〜  作者: ユノ・サカリス


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第4話《未完成の感情》

卵焼きの甘い匂いが、まだ部屋に残っていた。

そのときだった。


――ピンポーン。


インターホンの電子音が、やけに大きく響く。

美悠の肩が跳ね、優希の視線がドアへ向く。


「……誰?」


「静かにして」


美悠は即座に立ち上がり、優希の手首を掴んだ。


「クローゼット。入って」


優希は一瞬だけ首を傾げたが、逆らわない。

言われた通り、扉の奥へ入る。


「声、出さないで」


美悠は息を整え、ドアを半分だけ開けた。

そこに立っていたのは、蓮だった。


「ちょっと! 来るなら連絡くらいしてよ!」


「何回もしたし。てか、待ち合わせ来なかったのオマエだろ」


その言葉で、美悠の頭にフラッシュする。


駅前。

約束。

優希とぶつかった時間。


「あ……そうだよね……ごめん」


蓮は眉をひそめ、美悠をまっすぐ見る。


「待ってる間、暇だったからニュース見てたんだよ。篠宮って医者、捕まったってやつ」


美悠の喉がひくりと鳴る。


「……それで?」


「ニュースで言ってたろ。“人を模した存在”。もう完成してたって。しかも、それ……亡くなった娘に似せてたって」


空気が止まる。


「……あれ、優希のことだろ?」


美悠は一瞬、言葉を失う。

蓮は続ける。


「正直さ、俺も名前見てドキッとした。だって、あの優希だぞ?」


視線が鋭くなる。


「だから来なかったのか? それとも……なんか知ってんのか?」


美悠の喉が乾く。


「あぁ……優希……ね。蓮、好きだったもんね」


蓮は一瞬だけ視線を逸らした。


「……俺も、ちょっと思い出しただけだよ。てか、誰かいる?」


蓮が美悠の肩越しに部屋を覗こうとする。


「いや、今日は帰って。ほんとごめん。また連絡するから」


「はぁ?」


そのときだった。

クローゼットの中から、小さな音。


次の瞬間。


「……蓮くん」


美悠の背中が凍る。

クローゼットの扉が、ゆっくりと開いていた。


「ちょっと! 優希、なんで出てきちゃうの!」


蓮の視線が美悠を通り越し、固まる。


「……え?」


優希は、まっすぐ蓮を見ている。


「嶋田蓮くん。三年二組。サッカー部。……文化祭で私に告白。失敗」


部屋の空気が凍りつく。

蓮の顔色が、みるみる変わる。


「……なんだ、それ……」


美悠は観念したようにドアを大きく開けた。


「あーもう! 仕方ない……入って」


優希は首を傾げる。

穏やかすぎる声。

感情の波形が見えない。


美悠は額を押さえた。

蓮は靴も脱がず、一歩踏み込む。


「ちょっと待て……似てる、とかじゃねえな。そのまんまだ。お前……本当に、優希なのか?」


優希は数秒、沈黙した。


「私は篠宮優希。十七歳」


迷いがない。


「……十七歳って」


「九年、経過。でも私は、十七歳」


蓮は目を閉じる。

過去と現在が、頭の中で噛み合わない。


「篠宮が作った……BCHってやつ、か」


「私はBCH。未登録個体」


さらりと告げる。

説明書の一行のような口調。


その中で、優希の瞳孔がわずかに開いた。


「……蓮くん」


一歩、近づく。


「好き」


事実報告のような声。

だが距離だけが、やけに生々しい。


「はぁ?」


美悠が弾かれる。


「今、私の彼氏なんだけど!?」


「九年前。好意、確認済み」


「だから、今、蓮は……」


「心拍数四%上昇。視線接触頻度増加。データ近似」


「やめて! 数値で言うな!」


優希は美悠を見る。


「でも……美悠も、蓮くん好き。だから、私、蓮くんいらない」


その言葉はまっすぐだった。

蓮の眉が歪む。


優希が止まる。


「友情、優先。最適解」


蓮が低く言う。


「それはあのとき、お前が悩んで選んだんだ。今のお前って、どうなんだよ」


優希の瞬きが増える。


「……今の、私?」


美悠が震える声で言う。


「それ、昔の再演でしょ……今のあんたは?」


優希は胸に手を当てる。

鼓動は規則正しい。

だが、わずかに速い。


「心拍数、上昇……理由、不明」


蓮が息を吐く。


「俺が好きだったのは、あの頃の優希だ。でも、目の前にいるのも優希だ。正直、脳が追いつかねえ……」


美悠は頭を抱える。


「なんで今、恋愛の話になってんの……。てか、今、彼女の前で言うセリフか?」


優希は二人を見て、胸を押さえる。


その感情は、模倣か、それとも初めて生まれたものか。

ただ、その鼓動だけが確かにここにあった。

 

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