第17話《選択可能》
翌朝。
ニュースは、それ一色だった。
『昨夜拘束されたBCH個体の映像が拡散されています』
画面に映るのは、アスファルトに膝をつき、涙を流す少女。
そして無理やりパトカーに押し込められる姿。
『嫌だ! 離して! 行きたくない!』
その音声が、繰り返し流れる。
スタジオがざわつく。
「これは……どう見ても少女にしか……」
「法的には未登録個体ですが」
「しかし、あの感情表現は――」
ネット上でも話題は広がり続ける。
〈#行きたくない〉
〈#BCHは人間か〉
〈#あの子を返して〉
動画の再生回数は一千万を超え、さらに伸びていた。
――三ヶ月後。
話題は何度か、別の事件に移った。
それでも署名は、毎日わずかに増え続けていた。
海外メディアも映像を取り上げる。
各国のバイオ倫理委員会が声明を出す。
「感情を示す存在を物として扱うのか」
経済界からも圧がかかる。
「再生医療技術への信頼を損なう可能性がある」
政治は、沈黙を続けられなかった。
――同じ頃。
拘束室。
優希は椅子に座っている。
手錠は外されている。
だが扉は閉じられている。
「九十八日目。待機、継続中。外界との接触、制限。だが、消去はされていない」
小さく呟く。
「行きたくない、という発言。最適解ではなかった」
目を閉じる。
美悠の泣き顔が浮かぶ。
蓮の叫び声。
未だに、胸の奥が軋む。
「でも……嫌だった。美悠、蓮くん」
その言葉は、誰のためでもなかった。
初めて、自分の選択を肯定した。
一方、美悠は今日もテレビの前に座り込んでいた。
スマホでも、何度も動画を再生する。
優希の声。
『嫌だ』
それだけで、また涙が溢れる。
蓮がスマートフォンを差し出す。
「見ろよ。署名、もう百万超えた」
画面にはオンライン署名。
〈BCHの法的再検討を求める〉
「優希が物なら、嫌だなんて言わねぇ」
蓮の声は低く、震えていた。
――そして五ヶ月後。
緊急会見が開かれる。
『当該個体に攻撃性は確認されておりません。再生医療技術の延長線上にあることも判明しました』
記者が問う。
「人権はあるのですか?」
一瞬の沈黙。
『……現行法では想定されていません』
会場がざわめく。
『しかし、今後の法整備を含め、検討が必要と判断しました』
さらに続ける。
『なお、当該個体は今後、在宅観察下に置かれます。定期検査の実施、人工知能核ログの提出、特定区域外への移動制限、監視タグの装着が条件となります』
完全な自由ではなかった。
世論は、まだ信じきれていない。
『また、篠宮博士の人体培養技術データ流出の件につきましては、研究所職員による単独犯行であることが確認されました。現行法上、博士の違法性を認定することは困難との見解です』
法は、まだ追いついていなかった。
それでも拘束から半年後、拘束は解除された。
扉が開く。
優希は顔を上げる。
「処分、実行?」
職員が首を振る。
「在宅観察。解放だ」
瞳が揺れる。
「戻れる?」
「迎えが来てる」
廊下の先に、篠宮が立っていた。
「……パパ」
篠宮は強く抱きしめる。
「……すまなかった」
優希は少し迷い、腕を回す。
「温度、確認」
その声は、かすかに震えていた。
篠宮は優希を連れ、自宅へと帰った。
数日後。
篠宮から美悠へ連絡が入る。
『優希が、会いたがっている』
美悠は走った。
蓮も、何も言わずに並ぶ。
玄関が開き、目が合う。
優希の足が、自然に動いた。
「美悠!」
駆け寄る優希を、美悠が抱きしめる。
強く、強く。
身体が軋むほどに。
「……温かい。ずっと戻りたかった」
優希は震えている。
蓮は少し離れた場所で顔を背ける。
「物扱いするなら、これをちゃんと見ろよ」
誰に向けた言葉か分からない。
優希は美悠の肩に顔を埋める。
「私は、更新された?」
美悠は涙まみれで笑い、首を振る。
「違うよ。あんたは、ずっとあんただった」
優希は静かに瞬きをする。
「では、選択可能」
美悠が頷く。
「うん、自由になろうとしてる」
涙を拭き、優希の手を握る。
「ねぇ優希、海に行こう」
優希は一度、確認するように篠宮の顔を見る。
篠宮は小さく頷いた。
「行っておいで」
優希は、ほんの一瞬だけ迷い、そして――
「うん!」
駆け出す。
その足取りは、左腕の監視タグの重さを忘れたみたいに軽い。
「ちょ、待て!」
蓮が慌てて追いかける。
美悠も、笑いながら走る。
優希は振り返る。
満面の笑顔。
あの日から、拘束室で終わるかもしれないと怯えていた日々。
でも、違う。
今度は、自分で選んだ方向へ向かっている。




