第15話《未知の存在》
――土曜日。
早朝、インターホンが鳴る。
「蓮くん来た」
「あー眠い。もーあんた夜通し話すからあまり寝られなかった。よし、行こうか」
ドアを開けると、蓮も眠そうに目を擦っていた。
「行こうぜ!」
三人は車に乗り込み、蓮が走らせる。
後部座席の優希は、頬を軽く膨らませて、また怒っている。
「優希、特等席取られて怒ってる」
美悠は静かに笑いを堪える。
やがて車はコンビニに着く。
「よし。朝ごはん、朝ごはん。優希は何食べたい?」
「甘いの希望」
蓮がなだめるように言う。
「店内には監視カメラがある。優希すまない。車で待っててくれ」
「わかった」
美悠がドアノブに手をかけ、振り返る。
「じゃあ、帰りはあんたが特等席ね」
優希の目がキラリと輝いた。
コンビニに入る二人を、優希は車の中から眺めていた。
そのとき、パトカーが車の後ろを通り過ぎた。
が、また引き返してくる。
そして警官と目が合った。
その瞬間、優希は反射的に身体を隠した。
「警察。拘束の可能性。心拍数上昇」
身体が震えている。
「これ……怖い?」
思考より先に、身体が怯えているのが分かる。
美悠と蓮がまだ帰ってこない時間の“孤独”。
次の瞬間、コンコン、と窓を叩く音。
優希はゆっくり振り返る。
そこには警官が二人、立っていた。
「すみません。さっき目が合ったとき隠れるのを見てしまったもので……どうかされましたか?」
優希は対応の仕方が分からず、ただ目を見開き、警官を見つめることしかできなかった。
握り締めた拳が震え、背筋に冷たい何かが流れる。
「この子……何かおかしいな。怯えてる?」
男性警官が隣の警官に話しかける。
もう一人の女性警官がスマホを片手に何かを調べる。
その指先が止まり、顔色が変わる。
「……似てます」
男性警官がスマホを覗き込む。
「ん? 例の件の個体と?」
「この子……BCHです!」
窓越しの叫び声に、優希の心臓が一度跳ね上がる。
買い物を終え、コンビニから出てきた美悠の足が止まる。
「蓮……。あれ……警察」
車を見た瞬間、買い物袋が蓮の指を抜け、地面へと落ちる。
蓮の足も震えていた。
声を絞り出す。
「どうするよ……。ヤバいぞこれ」
次の瞬間、美悠は車へと走り出していた。
「――美悠!」
息を切らし、警官の前に立つ。
「あの……何か」
「君は?」
「……友達です。この子……何もしていません」
その間にも、女性警官は無線で応援要請をする。
蓮も車へと戻るが、顔は完全に青ざめていた。
優希は車の中からこちらを眺め、瞳孔が震えている。
「逃走経路、なし……」
ドアノブに触れたまま、動けない。
女性警官の手が、わずかに震えながら腰のホルスターに触れた。
「動かないでください!」
その声は強いが、わずかに裏返っていた。
優希はゆっくりと視線を上げる。
「私は、攻撃しない」
言葉は出た。
けれど、身体が言うことをきかない。
ドアがわずかに開く。
その瞬間、女性警官が一歩後ずさる。
「手を見せて! ゆっくり!」
反射的に拳銃が抜かれた。
金属の光が、朝の空気を裂く。
「下げろ! 撃つな!」
男性警官が制止する。
だが銃口は優希を捉えたままだった。
周囲の視線が一斉に集まる。
「何? 何かあったの?」
コンビニから出てきた客がスマートフォンを向ける。
画面越しに、少女と銃口が並ぶ。
優希の耳鳴りが強くなる。
「これは……排除の姿勢」
胸が締めつけられる。
「私は、怖がられている」
その理解が、ゆっくりと沈んでいく。
美悠が優希の前に立つ。
「やめてください! 本当に何もしてないんです!」
蓮も声を上げる。
「ただ海に行くだけだろ!」
無線の音が重なる。
『応援、至急お願いします。BCH疑い個体を確認』
遠くでサイレンが鳴る。
優希は一歩、車の外へ出た。
その動きに、女性警官の肩が大きく跳ねる。
「動くな!」
銃口がわずかに揺れる。
美悠の声が震える。
「優希、出なくていい!」
だが優希は、ゆっくり両手を上げた。
「従う。抵抗、しない」
その声は静かだった。
周囲のざわめきが大きくなる。
「例のニュースの子じゃない?」
「やば、撮れてる?」
スマホの光が、いくつも向けられる。
優希の視界が狭くなる。
「呼吸、浅い」
それでも、目は美悠を探していた。
「選択……困難」
応援のパトカーが到着する。
車列が増え、空気が一変する。
優希を取り囲む視線。
恐怖。好奇心。警戒。
そのすべてが、優希に向けられている。
未知の存在――それが、いまの自分。
美悠が叫ぶ。
「この子は人です!」
誰に向けたのかも分からない。
優希は、その言葉を聞いた。
胸の奥が、わずかに温かくなる。
だが銃口は、まだ下がらない。
サイレンが、朝の空を裂いた。




