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幽冥婚姻譚〜契約夫婦の怪異録〜  作者:
終話

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30/31

桃源郷と呼ばれた村

 昔々、とある地方の小さな村では八千矛神を祀っていた。

 村には小さな社が建てられており、中には御神体として、折れた矛の(きっさき)が奉納されている。かつて、武神と謳われた八千矛神が遺したものと伝えられたものだった。

 八千矛神は武神である一方、別の面では豊穣の神とも云われている。その恩恵を求めてか、(やいば)()として育った田地(でんち)――刀根田(とねだ)と名乗った。


 さて、豊穣とはいかずとも、穏やかな気候に恵まれた刀根田は永く平穏だった。夏は田圃や畑を耕して、冬は酒。大半は年貢米で消えてしまうが、慎ましい生活を送っていた。


 これが崩れたのは、長禄(ちょうろく)三年のこと。

 各地で飢饉(ききん)が起こった。旱魃(かんばつ)野分(のわけ)(台風)が重なり被害は大きく、刀根田も例外ではない。

 水が足りないので稲や作物は育たず、育ったかと思えば、野分により作物のほとんどが倒れてしまった。山の実りも芳しくはない。よそに援助を受けたくとも、どこも似たような状況。もっと酷いところは村が潰れたとか。これではいつかは種芋にでも手をつけなければならなくなるだろう。そんな予感がした矢先のことだった。

 村の庄屋のもとに、一人の歩き巫女が現れた。なんでも、各地で雨乞いをしているのだとか。

 庄屋はすがる想いで、巫女を受け入れた。しかし、当の巫女は八千矛神のことを知ると、雨乞いは出来ないと言った。

 八千矛神の土地に他の神を勝手に招くことは出来ない。だから、と巫女は別の方法を提案した。

 もっと良い方法があるのだと言って。


「成功すれば、八千矛神が豊穣を招いてくださることでしょう」


 庄屋は、巫女の提案に安易に頷いてしまった。


 方法は雨乞いの儀式とは全く違った。各地より、困窮している者を食い物と仕事があると言って釣り、村へと集める。なんのためになど、庄屋は聞けなかった。手配は全て巫女の先導で、庄屋はただ見守るだけ。

 あまりにも手慣れた様子に、庄屋は背筋が凍る思いだったが、何かに縋らねば皆飢えて死ぬ。後戻りは出来なかった。


 集められたのは、男ばかり。痩せていたり、いかにも乞食だったり、荒くれや、中には子供まで。

 残った食料と酒をかき集め、それらに振る舞った。機嫌を損ねぬように女まで用意して。最後に、巫女が用意した妖しげな薬を混ぜて――皆が昏倒したところで、集めた全員を酒蔵へと放り込んだ。

 蔵の中には既に、八千矛神の御神体である矛の先が既に奉納されている。庄屋は何が起こるかなど考えないようにして、巫女と共に蔵を封じた。


 そうやって創られた信仰は、真実を伏せて三百年にも渡り続いた。

 人の命を犠牲にし、蔵には怨念が巣食う。幸いだったのは、八千矛神の御神体が本物だったことだろう。

 怨念は力をもってしまったが、八千矛神の加護により、偽りの豊穣へと変じて村人へともたらされたのだ。


 そして、三百年の時が経った。選ばれた最後の贄――盲目の女により、蔵は解放されてしまった。

 八千矛神は姿を消し、それまで豊穣とされていた力は本来の姿を現し毒となる。


 土地も、生き物も――もちろん人も呪われ、もう二度ともとに戻ることはなかった。

 その後、刀根田村は人の住めない土地となり、村人はそれぞれ伝手を使って他所へと移っていった。

 しかし、呪われた土地から逃げのび、生き残っても、人には呪いが残った者がいた。最後に神の言葉を耳にした者たちだ。

 神が最後に残した言葉が人を祟ったのか。何を口にしても、腐りきった肉の味に変わってしまうという奇妙な呪いだ。咀嚼どころか、口にものを入れることすらままならず、次第にまともに食事を受け付けられなくなっていく。

 皆、長くは生きられなかったとか。


 幽冥婚姻譚 了

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