表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽冥婚姻譚〜契約夫婦の怪異録〜  作者:
第五話 春が来たりて

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/31

 朧の赤い眼差しは椿の胸を打つ。朧の指先一つが、椿の胸を掻き立てる。

 まだ、その感情の意味はわからない。でも、椿は確信した。


「……ねえ、朧。もう直ぐ桜が咲くのでしょう?」


 朧が椿にそう言ったのは、三日ほど前の話だ。朧は覚えていたようで、「ああ」と返す。


「私、朧と桜が見たい」

「それ、意味わかって言ってんのか?」


 朧は顔を顰めていた。真っ直ぐに朧を見る椿の真意を悟ったのだろう。

 もう直ぐと言っても、まだ開花までには何日かかかる。満開は更にその先だ。もし、明日も朧とともにいるとなれば、佐吉たちの思惑とは違うことになる。椿が承知の上だろうと、朧はそれが正しいかどうか――迷っているような顔だった。


「私も朧と同じだった。故郷に帰ってきたら、何かやりたいことが見つかると思ってたの。佐吉さんや木の下屋のご主人は色々な道を提示してくれたけど、何故だか胸にぽっかり穴が空いた気分だった」

「……もっとゆっくり考えるべきじゃないのか?」

「考えても、きっと穴は埋まらないわ。私、鈴と別れるときに、もう私はいないものと思ってなんて――酷いことを言ったの。でも、今は後悔してる。朧がいたからもう一度会えたけれど、生涯、鈴を悲しませてしまう所だった」


 椿は微笑んで、さらに言葉は続いた。

  

「そして、今度はあなたと――朧とは二度と会えない気がする。そんなのは嫌よ」


 椿の言葉に迷いはない。どちらが先に目を逸らすのか、なんて考えてしまうほど。先に表情を緩めたのは朧だった。ふっと笑って、椿の頬を撫でていた。


「……本当に我儘になったな」


 椿は応えるように、頬へと添えられた朧の手に(それ)を重ねた。

 

「きっと朧の所為ね」

「後悔してもしらねぇぞ」

「その時は、私に()()()()()()()()と考えるしかないわね」


 いつか、朧が諦めのように言った言葉だった。

 椿が笑うと、朧はニヤリと笑う。


「……これで、俺は悪党にはなれなくなったわけだ」


 朧に遠慮はなくなった。ごろりと身体を転がして、無遠慮に頭を椿の膝の上へと乗せる。今までにない行為だったが、椿は嫌ではなかった。

 

「あら、何をするつもりだったの?」

「さてなぁ……それで何処に行きたい?」


 朧の低くも柔らかい声に促され、椿はそっと答える。


「朧と一緒にいろいろなものが見たい」


 ◇


 明朝、椿は旅装の支度を済ませて早々に、佐吉や木の下屋の主人に話をした。朧と共に行くと決意を話せば、佐吉は慌てた。当然だろう、椿は留まると考えていたのだ。

 佐吉は必死に止めようと、諭す言葉を繰り出す。だが、椿の意思は硬い。半刻粘って、椿の心が揺るがないと知ると諦めたようだった。 

 そして、鈴はというと――。


「折角、お嬢様が帰ってきたのに!!」


 と、また泣き出してしまった。

 もう、旅支度であることは一目瞭然。旅籠の一間で椿を抱きしめ離さない。椿はあやすように背をポンポンと叩くも、今一度手に力を込め、鈴を引き離し向き合った。


「私ね、目が見えるようになったら、鈴の顔さえ見えれば良いと思ってたの。でも、違った。もっと、色々なものが見たいと思ったの」

「それは……ここじゃ駄目なんですか?」

「……私、あの人と一緒が良いみたい」


 椿は鈴へと向けて、優しく微笑む。鈴はぐずぐずと涙ぐむ顔は口をへの字に曲げて不服そうである。わざわざ安定した生活を放棄してまで望む椿の選択を危ぶんでいるのだろう。

 しかし次にこぼした言葉は反対の意を示したものではなかった。


「それが……お嬢様の幸せなんですか?」

「ええ」


 椿はほんのりとした声音で言って、鈴はようやく納得したように涙を拭う。「そっか」と小さく呟いて、


「だったら私もお嬢様のこと笑って見送れそうです」


 と、穏やかな声音で言った。そして、鈴は愛らしい幼顔で精一杯の笑みを椿へと向けていた。


「……鈴、私、もうお嬢様じゃないのよ」

「あ、そうですね……えっと、じゃあ……椿さん」


 鈴は照れくさそうに言って、今度ははにかんで笑う。どの表情も、死を連想していた時では――椿が悲壮な感情のままでは見れなかっただろう。

 

「……今生の別れじゃない。今度は自分で選んだ道だから、また会いに来るわ」

「はい、また」


 二人は互いに手を握る。悲しみで、引き止めるためではない。今度は再会を約束して――――。


 ◇


 そして二人は、あっさりと街を出た。

 別れの挨拶だけを済ませると、一度振り返っただけだった。

 その間際、佐吉が椿へと餞別がわりにと手渡したものがあった。それは、椿の両親が残した財産の一部。


「もしもの時にと、ご両親が椿さんのために俺に預けていた金だ。嫁入りの時にでも託そうと隠していたが――もう必要もないだろう」


 その金額は、商人の持参金にはなる程度。佐吉はその時をずっと待っていてくれたのだろう。


「……俺は、あのごうつく共から椿さんを守ってやれなかった。だから、今度こそは――どうか幸せになってくれ」

  

 佐吉は静かに言って、温和に笑う姿は親心を思わせた。

 そうして、椿は今前を向いて歩いている。朧と二人で。

 二人が向かうは北東。桜で有名な山があると佐吉に聞いたので、そちらを目指すことにしたのだ。


「そういえば、昨晩は何故外にいたの?」

「ああ、あれな。椿があの町に残るなら、お前の叔母夫婦に牽制をしておこうと思ってな」


 椿は思わず「えっ」と声が出てしまった。まさか、すっきりと旅だった後に、不穏な状況を残してきてしまったなど考えてもいなかったのだ。椿は恐る恐る、「何したの?」と問えば、「()()何もしてない」と、何やら意味深な言い回しで帰ってきた。しかも、悪い顔で。


「少し驚かせただけだ。生きているし、二度と悪さは出来んだろ」


 今更戻ることは出来ない。するつもりのなかった仕返しが、椿の知らぬところで達成されてしまった。


 ――嘘はついていないと思うけれど……。


 椿は朧から目を逸らす。しかし、何をしたかを聞くに聞けず。叔母夫婦の自業自得と考え、胸に仕舞うことにした。

 もう一度朧を見上げれば、悪い顔は消えていた。口角を上げた楽しげな表情で一言。


「桜が逃げないうちに行かないとな」


 知らず知らず、歩調がゆっくりになっていたようだ。朧は自然と手を差し出す。椿は当然のように手を重ね、二人は並んで歩く。


「そのあとはどうするか」

「さあ、その時に考えましょ?」

「それもそうだ」


 徒然と、風の吹くまま、気の向くまま。

 夫婦二人の旅路は始まったばかり。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ