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幽冥婚姻譚〜契約夫婦の怪異録〜  作者:
第四話 疑心、暗鬼を生ず

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19/31

 しんと、静かな夜。外では、さわさわと風が通り過ぎていくだけ。

 椿は布団に潜りながらも耳をそばだてて、気配を探っていた。椿の自室から、家主たちの部屋は少し離れている。それでも、椿の耳には申し分ない距離だ。家中では誰もが、もう眠っているのか話し声はない。自室の近くに誰の気配もないことを確認すると、ぽそりと一人ごちた。


「ねえ、錠前ってどうやって外すか知ってる?」


 独り言のようで、そうでない。椿の声に応えるように、ふっと声は湧いた。


『鍵がいる。黒鉄色(くろがねいろ)の、細っこいの』

『庄屋が大事に仕舞っていた。でも、椿を怪しんで、今は組頭が持っている』


 声は月光の届かない、あちらこちらの暗がりから。朧に目をもらっても、ささめく者たちの姿は見えない。いまだに、何処にいるかの検討もつかなかった。しかし、変わらず椿の言葉に返事もするし、助言もある。椿も無理に探そうとは思わなかった。

 

「くみがしらって?」

『庄屋の次にえらいやつ。つばきを蔵から出した時にもいた』


 ああ、と椿は思い返す。蔵を出た時、三人の気配の覚えがあった。一人は先導していた庄屋、もう一人はその息子、あともう一人の椿の肩を担いでいた者がそうだろう。


 ――どんな方だったかしら。


 蔵を閉めた時の三人の男の姿が浮かべる。その時は、誰が誰かなど考えもしなかった。既に、庄屋とその息子の顔は見知っている。もう一人の姿を思い出そうとするが、遠目でどういった姿かは今ひとつ。

 それよりも問題は、鍵の所有者が変わっていることだろう。


「警戒されているのかしら」

『そうだよ』

『みんな、つばきがこわい』

『目が見えるようになった、つばきがこわい』

「よそ者だから?」

『八千矛神に意思があると知ったから』

『つばきを八千矛神の手先と考えたから』

「何かするかしら」

『いまはまだ』

『みんな、八千矛神の()()もこわい』


 そう、と椿は一つ息を吐いた。ケタケタと笑うささめく声は遠くなる。椿が声を聞くのをやめたからだ。


 ――今はまだ……でも、そのうち何かするかもと思うくらいには、村人を揺さぶっている……と言うことかしら。


 椿は覚悟をもってして、神の妻を名乗った。目が見えることを教えたのも、盲目のふりをしなかったのも、神の妻であることを証明して、下手に追い出されない理由を作るためだ。

 盲目のままでは、その後どうなっていたのか。どういった扱いになるのか予測がつかなかった。しかし、神の妻であることを証明さえすれば、椿は怪しまれることこそあれど、村人は扱いに困ると考えていた。

 村人の儀式の様子を鑑みれば、彼らがいかに八千矛神を恐れているかなど知れたこと。そこまでは、椿の思った通りだった。あとは――


 ――どうやって鍵を手に入れるか……そして、鍵だけで封が解けるかどうか……。


 椿は思い悩むも、ふと気づく。


 ――……でも、鍵を隠したと言うことは、蔵の封に関して錠前と鍵が重要……と言うことなのかしら……それとも、単純に村人にとっては蔵へと繋がる道だから重要ということ……なのかしら。


 考えても、椿はまだ一度も、蔵の間の道も、鍵も()()()()()。予測の域は出ないだろう。

 しかしはっきりしていることは一つ。


 ――くみがしら……という人が何処に鍵を隠しているかを見つけないと。


 椿は思考をやめて、瞼を閉じた。どうすれば良いだろうか。本当に出来るのだろうか。そう考えながらも、焦ってはいけないと心を落ち着かせると、椿の思考は静かに眠りへと落ちていった。


 ◇


 眠りに落ちた――気がする。そんな思考の次の間には、椿は眠ったはずの自分が立っていることに気がついた。

 辺りは真っ暗闇。瞼を開いているのにも関わらず、だ。


 ――これは夢。


 暗闇の世だからこそ、椿にそう思わせた。何よりも、ひんやりとして動かない空気。無音で、気配の一つもない。

 ここは(うつつ)ではない。そう感じても、蔵に舞い戻ったかのようで、椿はこの心地が嫌ではなかった。むしろ、朧が近くにいるような――そんな気がするのだ。


「朧……」


 椿はそっと呟く。しかし、声どころか、蔵であったような空気の揺るぎはない。

 だが、何処からともなく椿の頬に何かが触れる感覚だけがある。

 そっと、指の背で頬を(なぞら)えるような、肌の上部に指を滑らせているような繊細な感覚。不快ではない。朧の指の感触なのだ。


 背後からだろうか。椿は振り返ろうとするも、身体はがんじがらめのように動かないことに気がついた。

 なんて不便な夢。椿は唯一の自由である唇を動かした。


「朧……私に何ができるかしら」


 弱音のようにか細い声だった。一人で、少しばかり寂しいのもあるが、やはり不安だった。今まで閉ざされた場所で生きてきて、何かを成し遂げたことは皆無に等しい。ただ耳が良いだけの自分に何が出来るのか。本当に朧を助け出せるのか。

 夢だからこそ、募る不安がこぼれ落ちた。


 朧から返事はない。朧は何も言わずに、ただ椿に触れるだけ。それだけでも朧が近くにいるような気がして、わずかに椿の不安を紛れさせていたのだが――ふと、椿は右手に温もりを感じた。


「……朧?」


 椿の右手が持ち上がる。真っ暗闇の中のはずなのに、自分の手が見えるのだから不思議だ。

 椿の手は勝手に持ち上がるのに、他は何も写さない。いや、何か黒い靄のようなものが纏わりついて、手の形とは程遠いが、何故だかそれが朧の手のような気がした。

 それが、椿の手を包んで、何かを握らせた。


 ◇


 そこで、椿は目が覚めた。夢で見たままのように、右手は何かを握っている。

 椿は上体を起こして、そっと手を開く。そこには――真っ暗闇と同じぐらいに真っ黒な、一匹の小さな……。

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