七 幕間③ 朝霧の向こうに
その日は濃い朝霧の出迎えから始まった。
刀根田は山間にある小さな村だ。四方八方を山で覆われ、田畑を開拓した土地である。その為か、今日ばかりは刀根田村も、山ごとすっぽりと霧に覆われてしまった。
もう直に齢六十にもなる皺の入った手を前に突き出してみると、今にも霧に紛れてしまいそうなほどで、刀根田村の庄屋――上守清太は慣れたはずの畦道ですら、足を踏み外して田圃に落ちてしまいそうだった。背後にいる息子の平太と組頭の二人に提灯を持たせてはいるが、霧で閉ざされた視界を照らすには物足りない。
――嫌な朝だ……。
元々、畦道は足場が悪い。その上、視界も悪い。風も無い為、空気が滞ってどんよりと重い。はっきり言ってしまえば、最悪の日和と言える。
その上、今日は儀式の結果の確認である。清太の心持ちは、曇天の空よりも黒く濁っていた。
それでも、清太は、後継である息子と組頭(庄屋の補佐)を伴って八千矛神を祀る蔵へと赴いた。
この先一年の命運がかかっているのだ。
もし、供物がそのままあったら――そんな、恐ろしい考えが浮かんで清太は身震いをした。そのような事があった場合、儀式は失敗となり来年の実りは期待出来ないものとなる。更には、村人の何人かの命が代わりに喰われる事もあると云われているのだ。
しかしまあ、実際にそのような事態になったとの記録はない。
庄屋と祭主の役目を代々引き受けてきた上守家。八千矛神を祀る蔵と、十年ごとの儀式の供物の目録、贄のそれとなくの情報、供物の結果の記録の管理を担っている。その間、刀根田は桃源郷の異名と共に生きてきたのだ。
だとしても、清太の心が晴れることはない。何せ、刀根田が桃源郷と呼ばれる所以は、贄――花嫁の犠牲があってこそ。
役目とは言え、その結果を見る羽目になる時となれば、尚の事だろう。
清太とて、心苦しいのである。




