Episode 08
さて、今日は何して遊ぼうかな。
そんな軽い気持ちで、俺はクオリアオンラインにログインした。
視界が晴れる。
見慣れた石畳の広場。
いつものログイン地点だ。
その直後だった。
視界の端で、新着メッセージのアイコンが表示される。
差出人は……昨日フレンド登録したばかりのシーラ。
メッセージを開く。
『すぐにそっちに行くから、そこから一歩も動かないで。』
…………。
ものすごい圧だ。
まあ、また会えるかな、と期待していなかったわけではない。
あんな可愛い子とフレンドになれたんだから、男としては当然の反応だろう。
しかし、これはちょっと怖い。
指定された通り、広場でじっと待つ。
すると、人混みの向こうから見覚えのある姿が小走りで近づいてきた。
めちゃくちゃ可愛い女の子が、ニコニコしながらこちらに手を振っている。
この光景だけ切り取れば、最高の一枚だ。
「やあ、シーラ。」
「会えてよかったわ、ミルトン!ちょうど私もログインしたところだったの!」
……なんて見え透いた嘘なんだろう。
さっきのメッセージのタイミングからして、俺がログインするのを待ち構えていただろうに。
「さっそくだけど、私に催眠術をかけてほしいの!」
うん、素直でよろしい。
こんなに早いとは思わなかったけど、こうなることは予想していた。
だから、こちらの方針も決まっている。
「いいけど、その前にいくつか約束してほしいことがある。」
「なに?」
「まず、俺のこの『特技』を絶対に秘密にしてほしい。」
俺は真剣な顔で続けた。
「この前の君を見る限り、俺の暗示と、このゲームの相性は危険すぎる。」
「当然ね。誰にも言わないわ。」
シーラはあっさり頷いた。
……たぶん、本当の意味での「危険性」は理解していないな。
まあいい。次で嫌でも分かることだ。
「もう一つ、これは現実の催眠バーでも徹底しているルールなんだけど、俺がログアウトするときや、別行動するときには、必ず暗示を解く。」
「なぜ?」
「昨日、俺が飲ませた泥水を『美味しい』と感じただろう?」
「うっ……。」
シーラが露骨に顔をしかめた。
「あれは……今思い出しても最悪。」
「うん。悪かった。」
俺も素直に謝る。
「でも、もし俺があのまま暗示を解かなかったら?」
「……?」
「シーラは現実世界に戻っても、泥水を美味しいと感じていたと思わないか?」
「……っ!?」
シーラが息を呑む。
「実際には、あれは『ゲーム内のポーション』だと信じた前提によって成立した暗示だ。ポーションが存在しない現実世界で、同じ効果が続くとは思えない。」
俺は続ける。
「でも、もし現実世界にもある物で暗示にかかったら?」
「…………。」
「万が一、そういう危険があるってことだ。」
俺は、少し意地悪く付け加えた。
「それに、ゲーム内だけでの暗示だとしても、美味しそうに泥水を啜るプレイヤーにはなりたくないだろ?」
うん、とても嫌そうな顔だ。
「……わかった。私の身を案じてくれてのことなのね。」
シーラが俺を見る。
「いや?」
俺は首を振った。
「俺の気分の問題だよ。」
「え?」
「シーラが泥水愛好家になるのは一向に構わないんだけど、ゲーム時間外にまでゲームの影響を残したくないだろ?」
俺は肩をすくめる。
「オンとオフはきっちり分けたいんだ。時間外労働を避ける、サラリーマンの性ってやつだね。」
シーラは、どこか釈然としない顔で俺を見つめている。
「最後に、もう一つ。」
「まだあるの?」
「まあ、これは約束というより、前提の共有みたいなものだ。」
俺はシーラの目を見る。
「催眠術は万能じゃないってこと。俺は俺自身を暗示にかけることは出来ないし、催眠術で、シーラを自由自在に操れるわけじゃないってことを理解してくれ。」
「そう?」
シーラが首を傾げる。
「この前は、見事に操られた気がするけど。」
俺は首を振った。
「あくまで『暗示』なんだ。所謂マインドコントロールみたいなことはできないし、ましてや物理法則を無視して筋力を高めたりできるわけでもない。」
そして、前回の出来事を振り返る。
「この前の現象も、シーラ自身の『思い込み』を強化したに過ぎないんだ。」
「でも、実際に泥水を飲んでHPが全快したわ?」
「それは、俺の力じゃない。」
俺は、昨日から考えていた仮説を口にした。
「たぶん、このゲームのシステムが影響してるんだと思う。」
「システムが?」
「そう。」
俺は人差し指を立てる。
「……あの時、シーラは俺が渡した泥水を『ポーション』だと思い込んだ。」
次に中指。
「そして、それを最高に美味しくてありがたいものだと感じた。」
さらに薬指。
「その結果、その泥水に『クオリアポイント』が付与された。」
小指を追加。
「そのクオリアポイントによるステータス上昇が、HP回復や各種バフの効果を生んだ。」
俺は、シーラの目を真っ直ぐに見て言う。
「泥水がポーションに変化したわけじゃないんだ。」
四本の指を握り、親指を立てて見せる。
「君が飲んだのは、あくまで『バフの乗った泥水』なんだよ。」
数秒の沈黙。
そして、シーラがぽつりと呟いた。
「……何そのチート。」
「まあ、そう言えなくもない。」
俺は笑って肩をすくめた。
「そういうわけで、この約束を守れるなら、こっそり暗示をかけてもいい。俺としても、ゲーム内で初めてできたフレンドと、一緒にゲームを楽しみたいからね。」
これは、まごうことなき本心だ。
「……オーケイ。」
シーラは力強く頷いた。
「約束する。」
そして次の瞬間。
パッと表情を明るくした。
「じゃあ、せっかくだからギルドを作りましょう!」
「ギルド?」
「ええ。」
シーラは満面の笑みを浮かべた。
「私たちの目的達成のための、最高のギルドよ!」
ピロン。
目の前にウィンドウが開いた。
〓ギルド『ライオンハート』から招待が届いています〓
…………え?
こうして俺は、シーラのギルド『ライオンハート』に加入することになった。
……私たちの目的って言ってたけど。
マジで?




