Episode 07
「……もう一度……。」
「ん?」
「さっきの……あのスキルを、もう一度私にかけてください!」
さっきまで盛大にえづいていた美少女が、目をギラギラさせながら俺の袖に縋りついている。
「いや、ちょっと待って。落ち着いて。」
俺は必死にしがみつく彼女を引き剥がそうとした。
「あのさ、俺、もうログアウトする時間なんだよね。」
明日も朝から仕事だ。
これ以上深入りして、面倒ごとに巻き込まれるのは避けたい。
俺が逃げるように背を向けると、彼女はさらに食い下がってきた。
「待って!なら、せめて……せめてスキルのことだけでも教えて!」
スキル、か。
俺は小さくため息をついて、振り返った。
「あれは、ゲームのスキルじゃないんだよ。」
「え……?」
「さっきも言っただろ。ただの『催眠術』だって。君は、俺の暗示にかかっただけ。」
だからゲームのシステムとは関係ない。
そう説明するつもりだった。
ところが。
「じゃあ……やっぱり、あなたにお願いしないとダメじゃない!」
「いや、確かに……そうなるのか?」
食い気味に距離を詰めてくる彼女に、俺は思わず後ずさる。
「なんでそんなに、暗示にかかりたいの?」
たかがゲームだ。
そこまでして強くなりたい理由が、俺にはよく分からなかった。
すると彼女は、少しだけ姿勢を正した。
「私の名前は、シーラ。」
そういえば、自己紹介がまだだったことに思い至る。
「俺はミルトン。……で、理由は?」
「ミルトン。あなたも知っての通り、このゲームは主観のクオリアと、客観のクオンタ。その組み合わせでステータスが上がるでしょ。」
シーラは、手元の謎のゆるキャラが描かれた盾を愛おしそうに撫でる。
「ゲーム内で支持を集めたアイテムが強い、とも言える。でも、逆に考えれば……。」
その目が、キラキラと輝いた。
「『強者』が持つアイテムには、『強い』という結果に対して、さらに支持が集まるのよ。」
まあ、確かにそうだ。
「つまり!」
シーラが盾を抱きしめる。
「私がこのレオで最強になれば、みんながレオを無視できなくなる!」
……うん?
「そうしたら、レオを好きになってくれる人も増えるってこと!」
なるほど、要するに……。
推しキャラの布教活動だ。
自分の『好き』で最強になって、その『好き』をゲーム全体に広げたい。
そういうことらしい。
思った以上に、共感できない。
「…………。」
が、俺は何も言えなかった。
シーラの目には、一片の迷いもない。
ものすごく本気だ。
だからといって……。
「分かった!じゃあ暗示にかけて君を最強にしてあげるね!」
……とは、ならないかなあ。
容姿はこんなに完璧なのに。
いわゆる、残念美少女というやつか。
「……ミルトンは、なんでそんな催眠術なんて使えるの?」
俺が呆れていると、シーラが不思議そうに首を傾げた。
「ああ、これはね。」
隠すようなことでもない。
俺は正直に答えることにした。
「俺はしがないサラリーマンなんだけど、酒好きが高じて、近所のバーでアルバイトを始めたんだよ。」
「バー?」
「ちょっと変わった店でね。『催眠バー』っていう、催眠術を体験できるところ。」
「……なにそれ。怪しすぎる。」
シーラが胡散臭そうな目を向けてくる。
「まあ、催眠バーなんて聞いたら怪しいよね。」
俺は苦笑した。
「でも、実際はそんな怪しいもんじゃないんだよ。お酒を飲みながら、ちょっとした遊びでやってるだけでさ。お客さんのほうも、暗示にかかった振りをして楽しんでくれたりするし。」
俺は肩をすくめる。
「タロット占いをしてくれるバーとかあるだろ?あんな感じの、ライトなエンタメだよ。」
「……お酒は飲まないから。」
シーラはいまいち腑に落ちない様子だ。
「まあ、それはいいとして。」
俺は話を続ける。
「そこで働いてたら、マスターに『お前もやってみろ』って言われてさ。見様見真似でやってみたら、なんかできるようになってたんだよね。」
「催眠術って、そんな簡単にできるようになるの?」
「……たぶん、ならない。」
俺は肩をすくめた。
「俺が特別だとは言わないけど、適性はあったんだと思う。」
そして、少し考えてから付け加える。
「相手のしぐさとか、言動とかを見てると……なんとなく、『暗示のかかり具合』が分かるんだよ。」
だから、さっきの君なら絶対に泥水を飲めると思った。
……とは、さすがに言わない。
「というわけで。」
俺はシステムメニューを開いた。
ログアウトのボタンを呼び出す。
「サラリーマンの俺は、明日も仕事だからログアウトするね。」
「ちょっと待って!」
シーラが慌てて身を乗り出す。
「次はいつログインするの!?」
「んー……特に決めてないかな。」
「だったら!」
彼女は勢いよく手を伸ばした。
「フレンド登録だけでもお願い!」
「え?」
その勢いに押されるように、俺は届いたフレンド申請を承認した。
「オーケイ。じゃあ、また会ったらよろしくね。」
「ええ!絶対よ!」
視界がゆっくりとぼやけていく。
最後に見えたのは、ぶんぶんと手を振るシーラの姿だった。
……なんと。
あんな可愛い子とフレンドになってしまった。
ちょっと……いや、かなり変な子ではあったけど。




