Episode 01
休日の朝。
洗濯機がピーピーと終了のサインを鳴らした。
「はいはい。」
洗濯物を取り出し、一枚ずつシワを伸ばしてベランダに干していく。
最後の一枚を干し終えたところで、俺、三留敦は、大きく伸びをした。
しがない平凡なサラリーマンにとって、貴重な休日。
今日は副業のシフトも入っていない。完全なオフだ。
そして、そんな俺の今日の予定は、すでに決まっている。
ゲームだ。
友人に強く勧められて買った、一本のゲーム。
独特のシステムで話題になっている、最新の没入型VRMMORPG。
タイトルは『クオリアオンライン』。
家事という現実のルーティンをコンプリートした俺は、ゲームの説明書を読み終え、目の前のコーヒーを飲み干した。
そしてベッドに寝転がり、最新型のVRヘッドギアを頭に装着する。
視界が暗転する。
次の瞬間、目の前に没入型VRゲームお約束のロード画面が浮かび上がった。
〓Now Mental Diving……〓
何度やっても、このダイブする瞬間はたまらない。
起きたまま夢を見るような、ふわりとした浮遊感。
徐々に解像度を上げていく視界の向こうに、石畳の広場が姿を現した。
まずはアバターの作成。
とはいえ、あまり現実離れしても没入しにくい。
髪色は少し暗めのブラウン。
背丈は現実と同じくらい。
筋肉量も中肉中背。
そしてユーザーネームは、本名をもじって……。
「ミルトン、と。」
キャラメイクを終えると、俺はいかにも「始まりの街」といった風情の場所に放り出された。
そこから先は、王道VRMMOのテンプレート通りだった。
NPCに話しかける。
薬草をむしる。
門の外にいるモンスターをポカポカ殴る。
お使いクエストをいくつかこなしているうちに、あっという間にレベルは5になった。
〓クラフトスキルを獲得しました〓
「よし。来た。」
これこそが、『クオリアオンライン』の根幹ともいえるシステムだ。
「さあ、ゲームの始まりだ。」
口に出してから、思わず俺は固まった。
「……今のは恥ずかしい。」
どうやら、かなり浮かれているらしい。
まあいい。
今日は休日だ。
誰に遠慮することもない。
とことん仮想現実を楽しもう。
このゲームには、とてもユニークなシステムがある。
素材を組み合わせて装備やアイテムを作る際、ベースとなるステータスに加えて、二つのポイントによる補正が入るのだ。
一つ目は、ゲームタイトルにもなっている『クオリアポイント』。
完成したアイテムに対して、自分自身が「カッコいい」「かわいい」「美しい」と感じれば感じるほど、ステータスにプラス補正がかかる。
つまり、自分の主観的な肯定感が、そのまま力になる。
そして、もう一つ。
クオリアポイントと対になる『クオンタポイント』だ。
こちらは、他のプレイヤーから高く評価されるほど、ステータスにプラス補正がかかる。
つまり、他者からの評価、客観的な承認がアイテムを強化する。
要するにこのゲームでは、自分も気に入って、他人からも評価される、そんなアイテムほどステータスが高くなる。
もちろん、派手に光ったり、豪華な装飾が施されたりする「映える」素材は、高レベルの狩場でしか手に入らない。
だから初心者がいきなり最強になれる、という話ではない。
それでも、このゲームには「これが最強」という固定された装備も、「これを作れば正解」というレシピも存在しない。
この素材とあの素材を組み合わせたら、思いのほかメチャクチャカッコいい剣ができた!
そういう意外な加工や組み合わせを見つけることこそが、このゲームにおける王道のプレイスタイルなのだ。
納豆にニンニクとごま油を合わせてみたら、死ぬほど美味い酒のつまみが完成した、みたいなものだろう。
……あくまで、個人的な解釈だけど。
だから理論上は、初心者の俺が今から作る剣だって、俺自身が、これこそ至高!と心の底から思えるものに仕上げられれば、ゲーム最強の剣になる可能性がある。
俺はインベントリを開いた。
さっきまでのお使いで集めた「木の枝」と「鉄くず」を、クラフト画面にセットする。
さあ。
俺の心の底からの、圧倒的な肯定感よ。
素材に宿り、無敵の力を引き出せ。
「出でよ!最強の剣!」
合成エフェクトが光る。
そして、俺の手の中に一本の剣が現れた。
「…………。」
息を呑む。
じっと見る。
もう一度見る。
どこからどう見ても、量産型のショートソードだった。
ただの木の柄に、光沢のない刀身。
何の変哲もない、THE初期装備。
俺はステータス画面を開いた。
【クオリアポイント:0】
「……だよね。」
知ってた。
……これを最強だと思い込め。
そう念じてみるが、心は冷ややかだ。
良いと思ったものしか、良いと思うことはできない。
なんとも面白みのないトートロジー。
どれだけ自分に嘘をつこうとしても、システムには、そして、自分自身の心には、嘘はつけないらしい。




