Episode 18
〓エドモンド鬱猿〓
名前が表示されてから、ずいぶんと時間が経った。
しかし、いくら待っても闘技場に現れる気配はない。
「……来ないな。」
トラブルだろうか。
観客席からも、次第にざわめきが広がっていく。
そのとき。
『ピンポンパンポーン』
聞き慣れないチャイム音が鳴った。
続いて、大会運営からのアナウンスが流れる。
〓本選に出場予定でしたエドモンド鬱猿選手ですが、ご本人の安全上の理由により、棄権とさせていただきます。〓
「……え?」
会場が、一気にどよめいた。
その直後。
ピコン。
俺の視界の端に、通知が表示される。
空中に浮かび上がったのは、運営から全プレイヤーへ一斉送信されたシステムメッセージだった。
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【クオリアオンライン運営からのお願い】
ゲーム内のステータスを高める目的で、自身の認知を無理に歪める行為や、肉体に負担を強いる行為は大変危険ですのでおやめください。
ゲーム内の出来事が現実に直接反映されることはございませんが、本作のシステム上、現実世界での認知や心理状態はゲーム内のステータスに影響を及ぼす仕様となっております。
プレイヤーの皆様におかれましては、健康第一で、安全に楽しくプレイしていただきますようお願い申し上げます。
クオリアオンライン運営チーム
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「…………はぁ。」
メッセージを読んだ俺は、そのまま座席の背もたれにぐったりと体重を預ける。
張り詰めていた緊張の糸が、プツリと切れた。
「えっ?棄権?どういうこと?」
隣では、シーラが狐につままれたような顔をしている。
「……ドクターストップだよ。」
「ドクター?」
「第一部の展示会にあった、あいつの展示品を思い出してみて。」
俺は疲れた声で答える。
「あの異常なステータスが付いてた『雑草』。」
「あれね……。」
「あれを心の底から『最高に美味しい料理だ』と思い込むために、あいつは現実世界でも強烈な自己暗示をかけ続けてたんだと思う。」
俺は、運営から届いたメッセージを見る。
「ゲームのステータスを上げるために、現実の自分の認知や肉体にまで無理をかけたんだろうな。現実でも雑草を食べたはずだし、極端な断食なんかもしてたかもしれない。」
ゲームの数値を強化するために、現実の自分を追い込む。
そこまでしてクオリアを高めようとする執念は、もう普通のやり込みの範囲を超えている。
「で、本選の出番直前に、現実のほうで限界が来たってわけだ。」
「うわぁ……。」
シーラが、露骨に引いた顔をする。
「俺にとっての最悪の強敵が出てきたのかと思ったけど……。」
俺は肩をすくめた。
「やっぱりな。ゲームってのは、健康第一で遊ぶもんだよ。」
究極の自己暗示。
その行き着いた先が、現実の限界による強制終了とは。
なんとも呆気ない。
やがて、会場のざわめきが少しずつ収まっていく。
再び闘技場がリセットされる。
そして、次の挑戦者の名前が表示された。
〓シーラ〓
「……さあ。」
俺は隣を見る。
「いよいよシーラの出番だ。」
「……ええ!」
シーラが勢いよく立ち上がった。
その手には、レオの描かれた盾がしっかりと握られていた。




