第4話:『三人の旅路』
暴走が収まった後の村に残されたのは、圧倒的な「虚無」と「灰」だけだった。
異星の概念たちが撒き散らした絶対的な破壊は、野盗の脅威を跡形もなく消し去ったが、同時に村の半数を焼き尽くし、多くの自警団や村人、そして傭兵たちの命を奪い去った。
朝靄の中、冷え切った泥の上にへたり込む少年の周囲には、もはや誰も立ち入ろうとしなかった。
遠巻きに見つめる生き残りの村人たちの瞳に宿るのは、野盗に対するそれ以上の、根深い「恐怖」と「憎悪」だった。
「出ていけ……! 出ていってくれ!」
一人の村人が、血走った目で叫び声を上げた。手に持った石を、少年に向かって投げつける。石は少年の肩に当たり、コンと鈍い音を立てて落ちたが、少年は痛がる素振りすら見せない。瞳からは光が失われ、ただ自身の膝を抱えて小さく震えているだけだった。
「お前が……お前があんな怪物を呼び出さなければ、エルナさんも、俺たちの家族も死なずにすんだんだ! この悪魔め!」
次々と投げつけられる罵声と石。
少年は何も言わなかった。自分が何をしたのか、どれほど取り返しのつかない悲劇を引き起こしてしまったのかを、身体の芯まで理解していたからだ。祖母を失った悲しみと、自分が奪ってしまった無数の命の重みが、胸の奥を重く潰していた。
「——そこまでにしろ」
重厚な声と共に、影が少年を覆った。ガルドだった。
腕に巻き付けた包帯から血を滲ませながら、ガルドは大剣の鞘で投げつけられた石を払いけた。
「ガルドさん……! そいつを庇うつもりか!? そのガキは人じゃねえ、バケモノだぞ!」
「……責任は俺にある。俺がこの小僧を連れてきた。村の救援が遅れたことも含め、すべての責は俺が負う」
ガルドは静かに、だが決して動じない眼差しで村人たちを見据えた。村人たちはガルドの圧倒的な威圧感に気圧され、唾を吐き捨てて引き下がるしかなかった。
* * *
村の外れの野営地では、傭兵団内部でも激しい議論が巻き起こっていた。
「あのガキを即刻首にして殺すべきだ! あれは害悪以外の何物でもねえ!」
「団員だって何人も巻き添えになったんだぞ! 団長、いくらなんでも庇いきれねえ!」
殺気立つ団員たちを中心で冷ややかに取り仕切っていたのは、副団長のバレスだった。
バレスは騒ぐ団員たちを静止させると、腕を組み、幕舎の奥から現れたガルドを鋭い目つきで見つめた。
「静かにしろ、野郎ども」
バレスの声には、異様な冷徹さが宿っていた。彼は団員たちを下がらせると、ガルドと二人きりになった幕舎で低く囁いた。
「……ガルド。団員どもは恐怖で頭が冷えてねえが、俺は違うぞ。あの力……ありゃあ、世界をひっくり返す代物だ」
バレスの瞳の奥で、ギラリと黒い野心が明滅した。
「5世代前の伝説……一人の能力者が世界を焦土に変えたって話、ただのおとぎ話じゃねえと分かった。あのガキ一人がいれば、城門も、正規軍の騎士団も、一瞬で蒸発させられる。……おい、ガルド。あのガキを手懐けろ。俺たちの傭兵団があの力を握れば、一国の王にだってなれるぞ」
バレスが見ていたのは、危険性だけではなかった。
恐ろしいまでの「絶対的兵器」としての価値。自分の野望——いつか己の国を打ち立てるという膨大な野心のために、少年の力を利用しようと画策していたのだ。
ガルドは、静かにバレスを見つめ返した。
「バレス。お前は昔から目ざとい男だったが……根本的なところで履き違えている」
「何だと?」
「あの小僧は兵器じゃねえ。ただの、泣きじゃくるガキだ。そんなものにすがって得る国に、一体何の価値がある」
ガルドは大剣を腰から外すと、無造作に幕舎のテーブルの上にドサリと置いた。
「俺は今日限りで傭兵団の頭を降りる。全権はお前に譲る」
「……本気か、ガルド!?」
バレスの顔に、驚きと戸惑いが走った。長年追い求めていた傭兵団の頂点の座が、あっけなく手に入ろうとしている。だが、目の前の男の決断があまりにも突拍子もなかったからだ。
「小僧を引き取ったのは俺だ。あいつが引き起こした暴走の責任も、俺一人で背負う。……お前なら、この荒くれどもを上手くまとめていけるさ」
ガルドは振り返ることもなく、幕舎を後にした。
バレスは引き留めようと手を伸ばしかけたが、テーブルの上の大剣——長年ガルドが背負い続けてきた団長の象徴——を見て、その手を止めた。
「……フン、どこまでも不器用で、甘い男だ」
バレスは呟き、大剣の柄に触れた。その口元には、自らの野望の第一歩を踏み出した者の、歪んだ笑みが浮かんでいた。
* * *
荷物をまとめ、一人村を去ろうとするガルドの背後から、小さな足音がついてきた。
少年だった。身を縮こまらせ、自分の存在そのものを消し去りたいかのように、ガルドの影を踏みながら歩いている。
「……ガルドさん」
小さく泣きじゃくるような声が聞こえた。
「ぼく……死んだほうが……よかった……。おばあちゃんも……みんなも……ぼくのせいで……」
少年は溢れ出る涙を拭おうともせず、自分の胸をかきむしった。
自分の存在が世界を壊す。生きているだけで誰かを殺してしまう。その圧倒的な罪悪感が、少年の幼い心を押し潰していた。
ガルドは立ち止まり、少年の前に屈んだ。
「小僧。お前がやったことは消えん。死んだ奴らも戻ってこねえ。お前は生涯、その重みを背負って生きていくことになる」
厳しい言葉だった。だが、ガルドの手は、優しく少年の肩を抱きしめた。
「だがな、死んで逃げることは許さん。俺が横にいてやる。お前がその力の呪いに飲み込まれねえよう、見張ってやる。だから——生きろ」
少年の胸から、嗚咽が漏れた。ガルドの分厚い胸に顔をうずめ、子供のように声を上げて泣いた。
「あらあら、随分と情けない顔をしているわね、二人とも」
鈴を転がすような澄んだ声が、二人の頭上から降ってきた。
振り返ると、そこには長旅の身支度を整えた一人の女性が立っていた。
長い藍色の髪を束ね、手に装飾の施された木製の上質な杖を携えた女性——傭兵団の専属魔導士、シーラだった。
「シーラ? なぜここにいる。お前の居場所は団の中だぞ」
ガルドが不機嫌そうに眉をひそめると、シーラはふっと悪戯っぽく微笑んだ。
「粗野な傭兵どもに混ざって、男臭い幕舎で魔法の研究なんてやっていられると思う? それに……」
シーラは歩み寄ると、少年の頭をやさしく撫で、ガルドの顔を覗き込んだ。
「怪我人の手当てもできない、魔法の知識もないゴリラみたいな男一人に、この繊細な男の子を預けられるわけがないでしょう。私がついていかなきゃ、二人とも路頭に迷うわ」
「おい、ゴリラとは何だ」
「ふふ、本当のことじゃない。……ガルドさん。あなたが団を捨てるなら、私もそこまでの付き合いよ。私が必要なのは傭兵団じゃなくて、あなたなんだから」
直球すぎる言葉に、ガルドは苦々しそうに顔を背けた。シーラは気にする風もなく、楽しそうに笑うと少年の小さな手を握りしめた。
「はじめまして、とは言わないわね。シーラよ。よろしくね、坊や」
「……シーラ……さん……」
手から伝わる温もり。ガルドの固い手とは違う、柔らかく、包み込むような優しさ。
少年は小さく頷いた。
「さあ、行きましょうか。追放された子供に、団を捨てた元頭、そして落ちこぼれの魔導士。なかなかお似合いのパーティじゃない?」
朝日が昇り始める街道を、三つの影が伸びていく。
自分たちの引き起こした過ちと、背負わされた重い運命。そして世界から追われた絶望の中で、彼らは静かに歩み出した。
いつか、自分たちが穏やかに息をつくことができる「居場所」を探すための、宛てのない旅路へと——。




