第3話:『残火の暴走』
村の近くの森に潜んでいた小規模な盗賊団の討伐は、あっけなく終わった。
ガルド率いる傭兵団にとって、それは「仕事」と呼ぶことすら生ぬるい作業だった。手際よく盗賊のアジトを崩し、脅威を取り除く。ガルドは村長からわずかな報酬を受け取ると、約束通り村の平穏を守った満足感とともに野営地へ戻っていった。
だが、傭兵たちの知らぬところで、一匹の残党が死に物狂いで森を駆け抜けていた。
「くそっ……傭兵どもの野郎……! タダで済むと思うなよ……!」
血を吐きながら逃げ延びた男が辿り着いたのは、近隣の山々を根城にする大型の野盗連合軍『赤蛇』の首領の元だった。男は虚実を交え、村には潤沢な蓄えとわずかな自警団しかいないと吹聴し、傭兵団の背後を突いて村ごと焼き払おうとそそのかしたのだ。
血に飢えた野盗どもが動くのに、大層な理由は必要なかった。
* * *
その夜、少年は二つの「ぬくもり」の間で揺れていた。
祖母エルナが作ってくれた温かいスープの余韻。そして、不器用だが自分を拾ってくれたガルドの大きな手の感触。明日、ガルドたちは村を発つ。自分がどちらを選ぶべきか、答えは出ないまま夜が深まっていった。
静寂を破ったのは、裂けるような悲鳴と、暗闇を赤く染め上げる猛烈な火の手だった。
「敵襲——ッ! 山賊だ! 街から山賊が降りてきたぞ!!」
自警団の叫びが響き渡るのと同時に、火をつけられた矢が次々と木造の家に突き立った。耳を刺す破裂音、崩れ落ちる天井、そして人々の凄惨な悲鳴。
「おばあちゃん……!」
少年が跳び起きると、エルナがすぐさま駆け寄って少年を抱きしめた。
「大丈夫だよ、怖がらないでおくれ……! さあ、裏口から森へ逃げるんだ!」
家の中にも煙が充満し始めている。エルナは少年の手を強く引き、炎の渦巻く外へと飛び出した。
村は地獄と化していた。数十名を超える野盗が燃える家々に雪崩れ込み、略奪と殺戮を繰り返している。急を聞きつけたガルドたち傭兵団や村の自警団が応戦していたが、暗闇と煙、乱戦の混乱により陣形を整えることすらできない。
「小僧! ババア! そっちへ行くな、野営地の方へ走れ!」
大剣を血で染めたガルドが、煙の向こうで怒号を上げる。だが、その声は殺たとうの声と炸裂音にかき消された。
「ひゃっはあ! 逃がすかよ!」
煙を突いて躍り出たのは、返り血を浴びた大男だった。振り上げられた斧が、赤く燃える月光を反射する。
「危ない……!」
エルナが少年の身体を力任せに突き飛ばした。
ズシ、と鈍い音が響いた。
少年の目の前で、祖母の細い身体が折れ曲がるように崩れ落ちる。
「……おばあ……ちゃん……?」
視界が真っ赤に染まった。
地面に伏した祖母の背中から、どくどくと溢れ出る紅い液体。泥と血に塗れた祖母の手が、かすかに少年の伸ばした手へと触れ——そして、力なく弛緩した。
昼間、自分を強く抱きしめてくれたぬくもりが、一秒ごとに冷たい泥の冷気へと奪われていく。
「けっ、年寄りか。次はそっちのガキ——」
野盗がせせら笑いながら斧を引き抜こうとした、その時だった。
世界のあらゆる音が消えた。
少年の胸の奥底で、何かが完膚なきまでに砕け散った。
悲しみ、怒り、絶望、そしてこの理不尽な世界に対する狂おしいほどの拒絶。少年の瞳から光が完全に消え去り、濁った黄金色の燐光が溢れ出す。
「あああああああああああああああああ―――ッ!!!!」
喉がちぎれんばかりの叫びとともに、祖母から託された木箱が弾け飛んだ。
中に収められていた数枚の無地のカード、そして少年が懐に抱いていたカードが空中に舞い上がり、異様な閃光を放ち始める。
それは、ひとつの星と星を繋ぐ《接続》の扉が、激情によって力まかせにこじ開けられた瞬間だった。
『警告——許容値オーバー。次元接続固定シーケンス崩壊』
機械的な無機質な音声が、空から、地から、少年の頭内から直接響き渡る。
無地のカード群が宙で激しく回転し、その表面に古代文字すら超越した幾何学模様が刻まれていく。一枚、また一枚と、世界を構成する「理」を物理的に塗り替える強大な光の柱が天へと穿たれた。
「な、なんだあの光は……!?」
戦っていた野盗も、ガルドも、自警団も、全員が動きを止めた。
狂気の世界が顕現する。
一枚のカードから解き放たれたのは、先日の「漆黒の羽を持つ戦士」だけではなかった。
別のカードからは、全身が自律可動する鋭利な鋼鉄で組み上げられた、巨人ごときの異形の機械兵が。
また別のカードからは、この星のどんな生態系にも属さない、いくつもの眼球と触手をのた打たせる透明な質量体が。
さらに別のカードからは、大気を凍てつかせる絶対ゼロ度の冷気を纏った、名もなき異星の概念そのものが——。
一斉に、この星の現実に引きずり出されたのだ。
「ギ……ガガ……ターゲット……『生存体すべて』……」
機甲兵の目が不気味な赤い光を点灯させる。
具現化された異星の存在たちは、主である少年の狂暴な絶望に呼応するように、周囲のすべてを「敵」と認識した。
「おい、冗談だろ……なんなんだありゃあ!!」
バレスの悲鳴が上がるのと同時に、異形の機械兵から解き放たれた高熱のレーザーが村を横断した。一瞬で十数名の野盗が蒸発し、その背後の木々が一瞬で灰と化す。
漆黒の羽持つ戦士が高周波ブレードを振るい、空を切り裂く衝撃波を放つ。それは野盗だけでなく、応戦していた自警団の男たちの身体をも容赦なく二つに引き裂いた。
「やめろ、小僧! 正気に戻れ!!」
ガルドが大声を張り上げながら少年の元へ走ろうとするが、触手を蠢かせる透明の異形が放つ超重力の波動によって、地面ごと吹き飛ばされる。
「ガルド! 無駄だ、あのガキはもう壊れてやがる! 逃げるぞ!!」
バレスが血相を変えてガルドの腕を引っ張る。
村はもはや、野盗の襲撃現場ではなかった。幾億の星々から引き抜かれた異形の概念が暴れ回る、収拾不能の殺戮空間と化していた。
野盗たちは命からがら逃げ惑ったが、異形たちの容赦ない攻撃によって次々と肉塊に変えられていく。だが、被害はそれだけに留まらない。逃げ遅れた村人たちも、必死で戦っていた自警団も、そして傭兵団の団員たちまでもが、暴走する光と力に巻き込まれ、命を落としていった。
少年は、その絶望の嵐の中心で、冷たくなった祖母の遺体を抱きしめたまま、動かなかった。
瞳は黄金の光を撒き散らし、涙の代わりに血を流しながら、空洞になった心でただ叫び続けていた。
「おばあちゃん……おばあちゃん……!」
異形の戦士たちが撒き散らす破壊の暴風が、夜空を赤と青の異光で染め上げていく。
少年の引き起こした「暴走」は、村の命運を、そして集う者たちの運命を、跡形もなく破滅へと飲み込んでいった。




