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8.禁足地(及び悪魔が「宇宙の理」と呼ぶものについて)④

ゴモリーとの遭遇

 カフェ・ベルメール。

 建水はふと、顔をあげて暮れ始めた窓の外を見た。

「……ゴモリーさん、葉子さんを送って出てったっきり、帰って来ないんだけど?」

「スーパーに寄って、焼き芋買うって言ってましたよ」

「……まったく……悪魔ってどこか出かけたら、買い食いしなきゃ気がすまないわけ?」

 マスターは今度は時計を見た。

「……それにしても遅くない?」

「道に迷っとるんじゃろ」

 フォルカスはあくびをしながら答えた。

「焼き芋売ってるスーパーって、セブンフラッグス五号店でしょ。葉子さんの家も、五号店もここから徒歩十分以内だよ」

「姉さんの方向音痴を舐めたらいけません」

 クロセルは、カウンターから身を乗り出して調理台に自分のティーカップを置いて、おかわりを要求した。



 ……カイムのやつに逃げられちゃったし……今日はもう、悪魔は来ないかな……。

 お、なんだ……鳥居の内側で足音が聞こえる……今日はヨウコはもう来たし、他の信者どもが来る時間じゃないはずだが……一体、誰だ……あっ、ゴモリーだ。俺は大声で叫んだ。


 

「おーい、おーい。ゴモリー!」

 自分の名を聞いた悪魔は、足を止めた。彼女は自分を囲む木々を見回した後、その場にしゃがんで団子虫に声をかけた。

「お呼びですか」

「それじゃねえよ。まず立って! 回れ右! 御堂の中!」

 ゴモリーは言われた通り立ち上がり、「右とは何か」についてしばらく思索した後、ようやく御堂に向き直った。

「お呼びですか」

「ああよかった、ゴモリー、久々だなあ。俺だよ、俺、ラウムだよ」

「ライム?」

「ラ・ウ・ム! 悪魔のラウム。五臓六腑(地獄)でそこそこ顔合わせてたでしょ」

 ゴモリーはしばらくその場に立ち尽くして考えた。

「……あー……なんか思い出した……気がする……」

「絶対思い出してないでしょ」

「髪の毛が紫で、ゴリラに変身できる悪魔だっけ?」

「髪の毛が黒で、カラスだよ。覚えてないなら、無理するなよ……余計傷つくだろ」

「そんなところで何してんの」

「封印されてんだよ」

「ふーん……とりあえず私、焼き芋食べてもいい?」

「別にいいけど、ゴモリーは何しにここへ来たんだよ」

「道に迷った。カフェ・ベルメールに帰りたかったんだけど」

「その店、ここから一本道でしょ。俺の参拝者がその店の常連だよ。逆によく迷ったな」

「うん……でも迷っているうちに考えたんだけど、宇宙船地球号って言葉があるじゃん」

「急に何の話だよ」

「これって、広大な宇宙から見たら地球は一つの家ってことだと思うんだよね。ということは、地球上どこにいても、すでに自分の家にいるとも言えて、つまり、私がここにいること自体、すでにカフェ・ベルメールに帰っているも同然なんだなって」

「その訳わかんないへりくつを考える思考力を、目的地に到着するために使えよ……焼き芋、うまそうだね」

「半分食べる?」

「いいのか?」

「どうやって渡せばいいの?」

「御堂の階段を登って、扉の前に供えてくれる。そこに置かれたものは、こっちで呪文を唱えれば取り寄せられるシステムらしい」

 ゴモリーは、半分に割った焼き芋を持って、御堂に近づいた。しかし、階段の直前で急に立ち止まった。

「どしたの?」

「これ以上近寄れない。見えない壁があるみたい」

「なにそれ、俺の参拝者たちはみんな階段を登ってるよ」

「……うーん……悪魔だけが出入りできない壁なのかも……」

 すぐに諦めたゴモリーは、近くにあった漬物石くらいの大きさの石にハンカチを敷いて座った。そして焼き芋を両手に持った。

「残念……」

「こっち見ながらうまそうに食うなよ」

「そこから、出られないの?」

「何やってもだめ」

「ふーん、じゃあ君のこと、オルロフのみんなにも、相談してみるよ」

「助かる……なるべく早く頼むよ」

「うん……」

「だからこっち見ながら食うなよ」

「喉乾いたな」

 ゴモリーは自分の手提げバッグから、水筒を出し、蓋に中身を注いだ。

「なんかそのお茶、えらいニオイじゃない」

「お茶じゃないよ、チャーハンのスープだよ」

「合うの、それ、芋に……」

「現代日本の三大発明の一つが、『甘じょっぱい』だってカイムが言ってた」

「なんか知らんが、どうよ、実際は……」

「うーん?」

「だろうね」



カフェ・ベルメール。

「へっくしゅん」

 カフェになんとか戻り、皆に一部始終を語ったゴモリーは、最後にくしゃみをした。

「……じゃあ、ゴモリーの話によると、『帰らずの林』の鳥居を通り過ぎる者に声をかけているのは、悪魔のラーメンの仕業だったのか……」

「ラーメンじゃないよ。ライムだよ……へっくしゅん」

 カイムはその場にへたり込んだ。

「よかった……霊じゃなかった……」

「もう、こわがる必要はないですね」

「めでたし、めでたしじゃな」



 ゴモリーが来てから、一週間過ぎた……誰も来ない……あいつ本当に、他の奴らに相談してくれたんだろうか。そういえば「ヨウコ」も来ない。何かあったんだろうか。クソ、召喚者でもない人間のことなんて、もうどうでもいいだろ。人間なんていつか必ず死ぬんだ。脱出する目処が立ったんだ。五臓六腑(地獄)に帰れば、縁も切れる。

 ……でも、あいつら……いつになったら来てくれるんだろう……。

  


 さらに一週間後のカフェ・ベルメール。

「そういえば、カイムさん、『帰らずの林』に封印されている悪魔のところにもう助けに行ったんですか」

「えっ、クロセルが行ったんじゃないのか……」

「フォルカスは行きましたか」

 話を振られた悪魔は、梅干しを口に入れてから、紅茶に口をつけた。

「一体何の話じゃ」



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