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8.禁足地(及び悪魔が「宇宙の理」と呼ぶものについて)⑤

「帰らずの林」にやってきたカイム


ついに「宇宙の理」が明らかになる

 翌週の月曜日の昼前、カフェの定休日となるこの日、カイムはようやく「帰らずの林」を訪れた。

「おーい、おーい、カイム! ああ、やっと来てくれた!」

 呼ばれた悪魔は、声のした御堂の扉に駆け寄った。

「そこにいたのか……ラーメン?」

「ラ・ウ・ム!」

「おまえがこんなところにいたとはな……おまえがなかなか帰って来ないから、地獄じゃみんな心配してるぞ……」

「絶対嘘じゃん。やめてよ、傷つくから」

「とりあえず、お菓子食べていいか?」

「なんでみんなここで、なんか食べようとするのよ」

「西暦二千年を過ぎたこの時代、ついにこの日本で革命が起こった! しょっぱ味と甘味、決して折り合わないと思われていた二つの味を合体させることによって、味覚の新たな扉を開くことに成功したのだ! しょっぱ味と甘味、塩と砂糖、陰と陽、対立するものの融合! 宇宙の理!」

 カイムは日除けのパーカーのポケットから、丁寧に個包装のせんべいを取り出した

「見ろ! このせんべい! 塩味のせんべいの片面に、砂糖が塗ってあるために、どちらの面が先に舌に触るかで、味が変わるようになっている! そしてどちらの面から食べても、やがて口の中で、二つの味が混じり合う……宇宙の理!」

「うるせえな」

 カイムは目と閉じてせんべいを味わった。

「はあああ、おいしい……」

「そういえば、おまえもゴモリーもこの林に入ったってことは、あの鳥居をくぐったんでしょ。ふたりとも、宗教アレルギーは大丈夫なの?」

 宗教アレルギーとは、人間の宗教に関係する建造物の敷地に入ったり、関連物に触れたりすることで現れる、悪魔特有の症状を指す。主にくしゃみ、鼻水、目のかゆみなどである。(注1) 

「わたしもゴモリーも、神社には比較的耐性がある方だが、あの鳥居は出来がいい上に、年代物だから、さすがにまともにくぐったら相当まずいだろうな」

「なんで今、大丈夫なの?」

「あの鳥居をよく見てみろ、前後が逆向きに建っている。鳥居って本来、悪魔が神社に入って来られないように建てるものだからな。それが逆向きになっているということは、あれは、おまえをここから出さないために建てられたってことだ。まあ、当時の人間どもがおまえを恐れた証拠だろ。

 つまりわたしは、鳥居に入ったわけではなく、出ていっただけだから、症状が現れないんだ」

「でもここから帰る時どうするの。今度は、入る方向にくぐらなきゃいけないじゃん」

 カイムはその場に固まった。

「え……」

「『え』じゃねえよ。ノープランかよ」

「はあああああ」

 カイムはその場で体育座りをすると、膝の中に顔をうめた。

「そういえば、ゴモリーもカフェに帰って来た後に、すごいくしゃみしてた……」

「ばかじゃないの」

「はあああああ……涙と鼻水でぐちゃぐちゃになるのやだ……もう、帰りたくない……」

「俺は五臓六腑(地獄)に帰りたいんだよ。おまえ、俺をここから出す方法に、目処が立ったから、ここへ来たんだろ」

 カイムは驚いて顔を上げた。

「え……」

「『え』じゃねえよ。何しにきたんだよ」

「……帰りたくない……」

「帰れよ」

「とりあえず、せんべいをもう一枚食べて落ち着こう」

 カイムは再びポケットに手をいれた。

「はああああ……宇宙の理……一袋二枚入だから、おまえにも一枚やろう」

 彼はせんべいの個包装を開けようとした。

「食べたいけどだめ、悪魔はここに近寄れないらしいのよ」

「そうなのか?」

 銀髪の悪魔はせんべいをポケットに戻し、腕を組んでしばらく考えた。

「……じゃあ格子の隙間を狙って投げ入れるってのはどうだ?」

「格子?」

「ああ、おまえが閉じ込められている御堂の入口は、上の方が格子状の窓のようになってるだろ」

「そういえば、千里眼で見るとそうなってる……でも内側から見ると、四方真っ暗で、格子の窓なんてないんだよ」

「どういうことだろうなあ……」

 カイムは、その場で目を見開き、千里眼を使って御堂の中を見ることにした。

「暗いなあ……待ってろ……今、暗視モードに変えるから……あれ?」

「どうした」

「誰もいないぞ……御堂の中は床がなくて地面がむき出しになっている。そこに巨大な黒曜石が一つある……他には何もない……」

「どゆこと……」

「これはつまり、ここに閉じ込められた悪魔は長い年月の間に、自分でも気づかない内に、なんらかの理由で徐々に石化していった……」

「そんな……俺……石になったの……」

 その時、誰かが御堂に近づいてくる足音がした。

 カイムが振り返ると、クロセルだった。

「違いますよ」

 クロセルは、着物の懐を探って懐紙の包みを出した。

「私は、カイムさんが宗教アレルギーの薬を持って行くのを忘れたから、届けに来たんです。ついでに、この御堂について、調べてきました」

 クロセルは、友人に包みを渡した。

「ああよかった……やっぱり持つべきものは友達だなあ……」

 カイムはお礼を言って、首にかけていた水筒からチャーハンのスープを蓋にそそぎ、それで薬を飲んだ。それから、千里眼を使って、御堂の中を覗いている救世主の友人に声をかけた。

「黒曜石に何か彫刻がしてあるみたいだ」

「ほう……」

 クロセルは眉間に皺を寄せて、暗闇の中を凝視した。

「……七幡神(ななはたのかみ)之磐座(のいわくら)……」

 検分を終えた彼は、一息ついた。

「ラウムさんは黒曜石になったわけではありません。あなたはそもそもこの御堂の中にはいません」

「……じゃあ、俺はどこにいるの」

 クロセルは、右のつま先で地面を二度たたいた。

「地下です……」

「地下……」

「そうです。地下に埋められた箱のようなものに閉じ込められているんでしょう。その箱の真上に黒曜石があって、蓋の役割をはたしています。御堂は、あなたを封印する黒曜石を守るために作られた物です」

「そうだったんだ……そういえば、内側から壊そうとしても全然壊れなかったのは、そのせいかな……」

「よくまあ、人間がこんなに完璧に悪魔を封印したと思いませんか……」

「それなんだけど、壁にナベリウスとマルファスの印章を発見したのよ」

「ほう」

「何かあって、あいつらの作ったものが人間の手に渡ったらしい」

 カイムは、ゴモリーも使った漬物石に座って、チャーハンのスープを飲みながら口を挟んだ。

「おまえ、自分でも気づかないうちに、ナベリウスかマルファスを怒らせるようなことをしちゃったんじゃないか」

「それであいつらが、人間に封印の技術を教えて、俺をおとしいれたってこと? そういえば、地獄の門の近くで前を歩くナベリウスのかかとをふんづけて、謝りそびれたことがあった……それかな……」

「違うと思います。とにかく最初に悪魔の技術が介入したとはいえ、その後も千年以上、あなたの封印を維持してきたのは紛れもなく人間たちです。何もなければ、さすがにあの二人の考案とはいえ、とっくに封印の装置も老朽化してあなたは出て来られたはずです」

「つまり、人間どもの内の誰かが、悪魔を閉じ込め続けるためのメンテナンスを今もし続けているというわけか……」

「ええ……しかし『意識的に』そうしてるわけじゃありません、どちらかといったら『無意識的に』です」

「どういうことだよ」

「その説明の前に……どうやら、ラウムさんの封印は結界によって、補強され続けているみたいなんです」

「結界?」

「結界ってそもそもどうやって作るか知っていますか?」

「知らん」

 カイムはまた、口を挟んだ。

「結界を張る場所を覆うように、大きな逆五芒星を描いて、頂点にあたる場所を規定の順番に辿りながら、術を施した石を埋めるんじゃなかったか? ナベリウスはいつもそうやってる」

「その通りです。ただし完璧な結界は、熟練した悪魔しか作ることができません。人間には無理です。人間が似たことをやるとしたら、人海戦術しかありません。定期的に大勢の人間が、五芒星の頂点を規定の順番に歩いて辿り続ければ、五芒星が描かれた全体は無理としても、その中心にある場所くらいは、誰かを閉じ込めることができるかもしれません。」

「人間どもがそれをやり続けているってことか」

「この地域には、古くからセブンフラッグスというスーパーが、五つの店舗を出しています。それぞれの店舗は一号店から順番に、野菜、肉、魚、グロサリー、惣菜に強く、番号通りに店を辿ると一番要領よく買い物を済ませられるようになっています。この町の住民たちはこれを、聖地巡礼と呼んでいます。そして、この順番通りに店を辿ると、地図上に五芒星を描くことになり、その五芒星の中心にこの御堂があります」

「えー、じゃあ俺、スーパーの買い物客が維持してる結界で、ここに閉じ込められてるの?」

「偶然って怖いな」

「……偶然かどうかは、もっと調べてみなければ分かりませんが……」

「じゃあ、二人がそれらのスーパーを全部ぶち壊してくれれば、いずれ俺はここから出られるの?」

「そんなことしたら、建水に怒られるぞ」

 カイムは立ち上がって、おしりの砂を払った

「ええ、現在、我々はソロモンの指輪を持つ召喚者との契約で、過度の破壊行為は禁じられています」

「どーすんの、じゃあ俺、もうここから出られないの?」

「そうですねえ……」

 答えの見つからないクロセルは、木漏れ日を斜めに見上げて黙った。

「なんとかなんない?」

 カイムは腕を組んでしばらく考えていたが、やがてつぶやいた。

「……おまえが人間に指輪無しで召喚されればいいんじゃないか? 召喚されれば、半ば強制的にその人間の眼前に姿を現すことになるからな」

「だめだめ、ここに封印されてから千里眼も聴覚も嗅覚も、知覚できる範囲が制限されてるの。帰らずの森を含む十坪くらいの範囲しか、見えないし聞こえないし臭いも分からない。召喚って、人間が自分の名を呼ぶ声を、悪魔自身が聞いて成立するんだよ。召喚されるときの声に距離は関係ないって言われているけど、ここにいると、それも制限されてるみたい。

 そうじゃなければ、さすがに俺だって、この長い年月、誰にも呼ばれないってことはないと思うんだよね」

「ここに来る参拝客の声だったら聞こえるんですよね。その内の誰かが、あなたをこの場で召喚すればいいんじゃないですか」

「そんな簡単に言うなよ」

「誰かいないのか、いい人は?」

「そんな、子どもの結婚に探りを入れる親みたいなノリで聞いてくるんじゃないよ」



1


 宗教アレルギーの原因となる宗教粒子の飛散ピークは、街中にクリスマスツリーが乱立する、十一月初頭から十二月二十五日である。

 主な対処法は飲み薬の服用であるが、近年の研究で、飛散シーズンの二ヶ月前から毎日、ハロウィンを適度に摂取することで、症状を軽くできるということが明らかになった。ハロウィンから発散される宗教粒子の種類は、耐性のある悪魔が多く、これを定期的に体内に取り入れることで、身体を慣らすのである。


 根拠となった実証実験は以下の通り。

 

 キリスト教に対して強いアレルギーのある悪魔十六名を対象に、被験者を二組に分けた。グループAは、ディスカウントショップのハロウィングッズ売り場で、毎日、深呼吸を十回行った。グループBは深呼吸の場所を健康器具売り場とした。二ヶ月後の検査の結果、グループAの八割に症状の改善がみられた。


 また別の検証では、被験者を二組に分け、グループAは毎日、百グラムのかぼちゃの煮物を摂取しながら、「トリックオアトリート」と十回唱えた。グループBは唱える言葉を、「ビーフオアチキン」とした。二ヶ月後の検査の結果、グループAで九割の症状の改善が認められる一方、グループBの改善は一割にとどまった。


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