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7.天使降臨①

午後九時、閉店しているはずのカフェ・ベルメールの窓から光がもれている。

疑問に思った自称常連客の玻璃は、勇気を出して店に足を踏み入れた。


一方、カフェの二階では、マスターと悪魔が夕飯を作っていた。

 午後九時、普段はすでにシャッターが降りて真っ暗なはずのカフェ・ベルメールの窓から、漏れるはずのない光が、街路を照らしていた。今日の夕飯と明日の朝食と昼食が入ったコンビニの袋をぶら下げた自称常連客の白金玻璃(しろがね はり)は、通りがかりの歩を遅くして店の窓を盗み見た。見慣れない人影が見える。一度店を通りすぎたものの、やはりどうしても気になった彼女は、足を止めた。そしてしばらく考えた後、意を決して踵を返し、入り口に手をかけた。

「いらっしゃいませー。何を混ぜましょうか」

 同時に、店で見たことがないナイトドレスを着た女性からカウンター越しに声をかけられた。

「この店、いつから夜も営業してるんですか……」

「今日からです」

「ここ……喫茶店……ですよね」

「今は違います」

「……じゃあ何ですか」

「バーです」

「……あなたは……マスターのお知り合いの方ですか……」

「まだお知り合いじゃないです」

 あらためて迎えてくれた人物を見る。年齢不詳の女性で、欠陥の無い陶器のような肩が、薄暗い暖色の照明の中で浮かんでおり、波打った艶のある黒い長い髪をしている。そして一見頼りなさそうな目の色は、右が紫、左は緑で、緑の方は、持ち主が動くたびに強く光を反射した。

 彼女は不思議な二つの目を瞬かせて、こちらの様子を伺っている。どうやら次の言葉を待っているようである。常連客は一番聞きたかった質問をした。

「……あなた、どなたですか……」

 相手は驚いた様子でしばらく固まった。それからようやくつぶやいた。

「……難しい……深淵な質問……」

「いえ、深淵な意味じゃなく…」

 動揺を隠すように、玻璃はカウンターに腰をおろした。しばらく、終始注がれる相手の視線に下を向いて耐えていたが、ようやく女店主に質問を再開した。

「……マスターは今どこに……」

「たぶん二階です……探してきましょうか」

 客は驚いて、カウンター越しに相手の腕を掴んだ。

「いいです。お願い、絶対やめて……私が今着てるの、五年物の紙みたいなパーカーだから……さらに、うっかり荷物を見られて、そこのコンビニでしょっちゅう、全てのツナ製品を買い占めてるのが私だってことがバレたら、命を絶つしかなくなる……」

 相手が素直に従ったので、玻璃は元の姿勢に戻って聞き込みを続けた。

「……あなた……マスターとはどういったご関係ですか……」

「……うーん……召喚者と被召喚者?」

「……召喚者とは……」

 のんびりしていた女店主は、急にハッとしたようだった。

「あ、そうか。ひょっとして私のこと人間だと思ってました? すいません、言うの忘れちゃって……私、悪魔なんですよ。それで、建水さんって人が指輪を使ったから、呼び出されたんです。そういえば、建水さんってどんな人なんですか。私、まだ会ったことがないんです。クロセルの話だと、朝ごはんくれるって……あと、殺生したとかしないとかにうるさい人みたいです。建水さんって人について、何か知ってますか?」

「……あの……マスターの話題にうつる前に『私、悪魔なんですよ』をもうちょっと詳しく……」

 とはいえ、女店主の左目を見た玻璃は、相手が人間ではないことは、すでに半分認めていた。

「建水さんが、あなたをここに呼んだんですか……」

「私っていうか、私たち皆んなです。ソロモンの指輪っていうのがあって、金の指輪で私の左目と同じ緑色の宝石が入ってるものなんですけど、それに自分の名前を彫って指に刺すと、なんと十二柱も悪魔を呼び出せるお得な代物なんです。建水さんは、お店の忘れ物として、その指輪を見つけたらしいんですけど、なぜか自分の名前が彫ってあったんですって……そういえば、お客さん、何か混ぜて欲しいものはありませんか……」

 指輪の説明を聞いた玻璃は、急に顔色を変えて席を立った。そして、そのまま店を出て行った。



 この出来事が起こる一時間前、同じ建物の二階では、喫茶店のマスターの水屋建水と少年の悪魔のカイムが夕飯の準備をしていた。

「玉ねぎ刻むのうまいじゃん。さすが悪魔だわ。全然、涙が出ないね」

「私に催涙物質は通用しない。だがこれをもって、悪魔は血も涙も無いみたいな評価をするのは良くないぞ。私は何かあるとすぐ泣くって評判だからな」

「ふーん。終わったら、このボウルに入れてね」

 建水は、玉ねぎの入ったボウルにラップをかけてレンジに入れると、冷蔵庫からひき肉を出した。

「……おまえ……なんだ……その残酷なパック詰めは……それを一体どうするつもりだ……」

「どうって、ハンバーグを作って焼くんだけど」

「……ハンバーグって……動物の屍肉を原型をとどめないくらいぐちゃぐちゃにしたものを、その所業を手の感触で確かめるようにさらに揉み込み、屈辱的な形に丸めて、灼熱の鉄板の上に置く料理じゃないか……かつて生き物であった肉が焦げる音は、さぞかし悲鳴のようだろうなあ……。

 ……おまえ、私に殺生はダメだって言った割に、ずいぶんな趣味だな」

「夕飯作るだけで、そこまで言われるとは思ってなかったよ」

「なんか興奮してきた。早くつづきをやろう」

 二人で成形した種を、油を敷いて温めた黒いフライパンの上に置いていく。悪魔は、歪な形に丸めた種を人間に見せた。

「建水、どうだ? 膀胱の形をイメージしてみたんだが……」

「いいから、早く置け。置いたら真ん中を少し凹ませろ」

 二人で眺めつつ、肉が焼ける音と香りを味わっていると、種の下側の色が変わったので、ひっくり返して蓋をする。

「これでしばらく待つ。そして竹串を突き刺して、肉汁が溢れたら火が通った合図」

「最後にすごい拷問じゃないか。私にやらせろ」

「わかったから落ち着け」

 ようやく完成した夕飯を、食卓に運んで手を合わせる。

「いただきます」

「いただきます」

「今日は、買い物に時間かかったから、夕飯遅くなっちゃったね」

「なんでわざわざ車で行くんだ。私が光速移動で荷物を運んでやるのに……三百キログラムまでなら一度で運べるぞ」

「やらせたら卵を三分の一割っただろ」

「半年練習すれば、被害を大分減らせると思うんだが……」

「その半年間が辛いわ」

「この人参、ほんのり甘くて美味しいな」

「そりゃどうも……」

 食事が終わり、悪魔が皿を流しに運んでいる最中、建水が立ち上がってふと窓の外を見ると、眼下の道に白い買い物袋をぶら下げた人影が見え、早歩きで去った。どうやら自分の店から出てきたようである。よく見ると、店の窓から明かりが漏れている。

「……なんで、今店から出てくるお客がいるんだよ……」

 マスターがスリッパで階段を降りる姿を見たので、悪魔も洗い物をしていた手を拭いて後ろについていった。

 二人が店に着くと、年齢不詳の女性が、客が帰った後のカウンターを拭いているのに出くわした。彼女は、優雅に振り返って手を振った。

「あ、カイムだ。お疲れ様」

「どなたですか」

「あなたが建水さんですね。私がここにいる形而上学的原因は、あなたであって私ではない。私はオルロフに属するソロモンの悪魔の一柱、ゴモリー。道に迷った時には、私を呼びなさい。一緒に迷ってあげましょう」

「おまえ、何やってんだ……」

「バーだよ。私、何か混ぜるの好きだから、カクテルとか作ってみたかったの」

 ゴモリーは同僚からの質問に、シェーカーを指して答えた。

「そうか、労働はいいことらしいぞ」

「いや、時と場合による。勝手に出店されると困るんですが……」

「大丈夫、一日二時間までにします」

「……いや、時間の問題じゃないです……ところでゴモリーさん、さっきから顔にハエが止まっています」

 彼女は、鼻の下にハエを這わせたまま、微笑を浮かべて答えた。

「建水さんは、人間でも動物でも殺生全般に細かいって聞いたから我慢してるんです」

「ゴモリー、虫は問題ない。建水は虫の命を奪っても一ミリも感情が動かないそうだ」

「そうなんだ」

「……言い方……」

「でも、野鳥をぶった斬ったりするのは嫌らしい。私は初日にめちゃくちゃ怒られたからな」

 新参入の悪魔は「あ」という声を上げて口に手を当てた。

「そうだ……どうしよう……さっき焼き鳥食べちゃったんだった……」

「彼は、すでに死んでるやつを弄んだり、むさぼったりするのは好きなんだ。さっきまで一緒にやってた」

 小さい悪魔は、妙に興奮した。

「よかった……人間の死体もいいのかな……」

「ま、すでに死んでる肉ならいいんじゃないか」

「いいわけないだろ」

「だめだそうだ」

 ゴモリーは、ドレスの胸元からメモ帳を出した。

「“人間はたとえ死んでてもを弄ぶのはだめ”っと……でも道端に転がってる犬とか猫の死骸なら好きにしても怒られないのかな」

「そりゃそうだろう」

「いやだめだ、俺が許可する好きにしていい肉は、肉屋かスーパーで売ってるやつだけだ」

「つまり、道端に転がってる死骸は我慢しなきゃいけないが、それがパック詰めされてスーパーに並んだらgoってわけだな」

「道端の死骸は、スーパーに並ばないけどね」

 ゴモリーはペンを動かしながら、そっとつぶやいた。

「……スーパーに並んでるのは、弄ぶ用に厳選された死骸……」

「違います」

「しかし虫以外の殺生が禁止されてるとなると、魚釣りができなくってフォルカスもつまらんだろうな……」

「そうだね……魚釣りができないとなると、フォルカスもいよいよ足の爪を小指だけ伸ばすぐらいしかやることなくなっちゃうもんね……」

 二人のガッカリした様子を見て、マスターはつぶやいた。

「……いや、食べるために獲るんなら、魚類はいいよ」

「魚類はいいだと!」

「魚類はいいの!」

「何かもう分からなくなっちゃった……なんだっけ『人間の死体を弄んだ場合は、事後報告が必要』だっけ」

「全然違います。あんたさっき自分でメモしたでしょ」

「そういえば、ペットショップに生きたまま売ってるやつの扱いはどうなるんだ。盗むのはだめらしいが、お小遣いで買ったら、煮るなり焼くなり私の好きにしていいのか」

「いや、あまり良くない」

「難しすぎるなあ。明日クロセルに表計算ソフトで、まとめさせよう…」




 

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