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彼女と彼の攻防戦  作者: 氷月
SIDE:H
20/20

10.ごめん

この話だけ、長いです。

 本日、夏休み最終日。

 おれたち生徒会メンバーは、明日の生徒総会の準備の真っ只中である。

 当然、おれも明日の準備に忙殺されている……はずが、実は仕事を放り出して校舎の北側にあるクラブ棟の前にいる。

 目の前には、人魚を取り巻く4人の女子と、少し離れた所にいるほのか。彼女らに、人魚が拉致られたと青木から通報があって、慌てて駆け付けたところである。


 「さっさと別れれば?」

「どうせ、あんたみたいなの、結城くんだって本気じゃないでしょ」

「珍しがってるだけに決まってるじゃん」


聞こえてくる声に、ため息が出る。あいつらの、おれのイメージって一体何なんだろう。

 優しくて、格好良くて、お金持ち。

 おれを語る彼女たちの言葉は余りにも上っ面で、それはおれがそんな人間関係しか築いてこなかったということの証左だろうか。


 そして、その中に、ほのかがいることが、地味に精神をえぐる。

 彼女に理解されず、また彼女を理解しなかったおれ自身と、向き合わされるから。

 自省の味は、酷く苦い。


 「もうちょっと、独創性のあること言えない?」


 冷たい彼女の声が、おれの耳を叩く。

 その声に、はっと我に返る。


「何、それ?!」

「いやだって、そうでしょ。忙しい最中にこんな所まで付き合わせておいて、出てくる台詞が、それ?一昔前の少女マンガじゃあるまいし、よくもまあ、そんなテンプレ台詞喋って恥ずかしくないね?」


 「おおい、人魚……」

おれの声に覇気がないのも致し方ないと思う。何でそんなにやる気満々なんだ、人魚……。


「遥斗くん……!」

「おや、ナイト登場?」

見事なまでの正反対な反応である。ていうか、人魚、それって後ろに「お呼びじゃないんだから、引っ込んでろよ」って続くんだよな?


「いや、どっちかというと暴れ馬をなだめすかす調教師、だと思う……」

思わずぽろっとこぼれた台詞に、人魚の眉が跳ね上がる。

「暴れ馬?」

「間違ってないだろ?」

「まとめて叩き潰されたいの?」

恐ろしいまでに冷気を発しながら向けられた言葉に、しかし思わず笑ってしまった。


「叩き潰すのは決定事項なのか」

「当然」

「ホント、好戦的だなあ、お前」

「売られた喧嘩は買う。買った喧嘩は負けない。基本でしょ」


そう言い捨てると、人魚はくるりと女子たちに向き直る。


「さて、ギャラリーが来たけど、続けますか。とりあえず、何でわたしが彼と別れなきゃいけないのか、貴女たちの主張する根拠をどうぞ?」

「何それ」

「後輩の癖に」

「あ、そういうの要らないから。要点のみ、簡潔に。わたしも忙しいけど、それに輪をかけて多忙な生徒会長様がギャラリーにいるんだから」


おれの彼女は、どうやら格好よく恋人を助け出す役割すら、おれに振ってはくれないらしい。自分でカタをつける気満々だなんて、まったく、男前すぎやしないか。


「さあ、どうそ?わたしが大人しく聞くって言ってるうちに言ってしまえば?」


人魚の声には、明らかな嘲笑がある。はっきり言って人魚の圧勝だろうが、それだけにおれはギャラリーに徹するわけにはいかなそうだ。


 「人魚。もう、その辺にしといてやって」

言って、彼女の頭を撫でる。こんなことくらいで宥められるとは思わないけど、どうやらおれの行動は彼女の不意を突いたらしく、彼女の顔からは一瞬怒気が抜けた。その隙に、女子たちに向き直る。


「森永さんたちも、こいつにあたるのは止めてくれないかな。さっきの物言いにムカつくのは分かるけど、そもそも、君らがよっぽど理不尽なことを言いださない限り、こいつがあんな言い方することはないはずだから」

「そんなことないわよ!」

「そうよ、結城くん、きっと騙されてるのよ」

「結城くんの前でどんなに良い子ぶってたって、さっきみたいのが、その子の本性だって」

人魚を貶めることができる、とでも思ったのだろうか。口々にそう言い募る彼女たちに、ついつい笑ってしまう。


「いや、さっきのがこいつの本性だってのは、知ってる。こいつが喧嘩っ早いこともね。ただ、人魚は、絶対に非のない相手に自分から喧嘩を売ったりはしない」


確信を持って、それは断言できる。だから、こいつがこんな呼び出しされるなんて、とばっちり以外の何物でもないし、それだけに人魚に相手を潰させてしまったら、こいつが余計な逆恨みを買うだけだ。それは、絶対に止めさせなくては。

そう決意して、ほのかを見る。青い顔をしてこちらを見ている彼女は、一体何を考えているんだろう。


「だから、こいつに、一体何を言ったの?ほのか」


「ほのかは何も言ってない!」

彼女をかばうように森永さんが立ちふさがるが、おれは構わなかった。


「おれより好きな人ができたって、お前が言い出したんだよな?だから、彼氏彼女じゃなくて友達に戻ろうって言った。そんで、お前は早川と付き合い出したんだろ?だったら、おれがその後誰と付き合おうと関係ないんじゃないのか」

「それは……分かってる」

「分かってるなら、何でこんなことになってんの?」


おれの言葉がほのかを傷つけたって、ひるんじゃいけない。最低な人間だと、自己嫌悪に陥るのは、後だ。今は、人魚に非がないことを、この場にいる奴に分からせることだけ考えればいい。そして、彼女がこんな茶番劇に二度と引きずり出されないようにできれば、それでいい。


「けど」

「けど?」

「やっぱり、遥斗くんが好きだって気づいたんだもん――!!」

そう叫ぶと、ほのかはとうとう泣き出した。

「ほのか」

「わたしが悪いって分かってる。でも、あの時、あんな風に別れることになるなんて思わなかった。ちょっとでも嫉妬してくれたらって思ったのに、遥斗くん、何も言ってくれなかった。それから、早川くんと付き合ったって、興味もなさそうで、辛くて、哀しくて、みじめで……っ」

泣きながらそう告げるほのかに、人魚がぐっと拳を握りしめる。それをそっと叩いて止めると、彼女は不満そうにおれを見上げた。


 いや、解ってるよ。

 お前が、おれのために怒ってくれてることくらい。


 だから、おれは彼女に少し笑ってから、ほのかに向き直る。


「それなら、あの時にそう言ってくれれば良かったんだ」

「……言ったら、何か変わったの……?」

「それは、解らない。もしかしたら、同じ結果になって、結局お前を傷つけて終わったかもしれない。…………おれは多分、お前が望む()()を返すことはできなかったから」


 おれの言葉に、泣きじゃくるほのかを、横井さんが抱きしめている。

「結城くん、最低だよ」

吐き捨てるようにそう言われて、おれは頷く。

「おれも、そう思う」

「認めればいいてもんじゃないって分かってんの?」

「ほのかがどれだけ傷ついたと思ってるのよ」

「言い訳しようもない。おれはただ謝ることしかできないから。でも、おれとほのかの関係について、人魚は全く関知してないってことは、分かっただろ?」


おれの言葉に、彼女たちは人魚を見やる。だが、彼女らの目のきつさが変わることはなかった。理屈は分かるけど、最低なおれと付き合ってる人魚も同罪、ってことだろうか。結局、人魚のとばっちりは解決しないとは。


「こいつは、ただ最低なおれに惚れられただけだよ。だから、こんなことに巻き込むのは今後一切止めてやってくれ」

言って、頭を下げると、彼女らは渋々頷いてくれた。


 そのまま、人魚の手を取って校舎へ入る。

 夏でも涼しい北校舎の片隅の階段まで、おれは何も言わず人魚の手を引いていた。

 人魚もまた、何も言わない。


 人けの全くない場所まで来て、おれはようやく立ち止まり――そのまま彼女を抱きしめた。


 「ごめん」


 言わなきゃと思ったことはいっぱいあるはずなのに、何も出てこなかった。

 そんなおれの背に、彼女の手が回る。

 力の加減もできなくて、すがりつくように抱きしめるおれに、人魚が静かに言う。

「昔、読んだ本だか漫画だかにあった言葉だと思うんだけど」

おれがしがみついているせいで、直接彼女の言葉が体に響く。

「恋愛ってのはね、自分の幸せの周りに、必ず誰かの不幸があるんだって。他の誰か傷つけてでも、たった一人の手を取りたいって思ってしまう、そんな最低な自分を見つけてしまうのが、恋愛だって」


 思いもよらない言葉に、つい腕をゆるめてその顔を覗き込む。

「それ、もしかして慰めてんの?」

まあ、非常に人魚らしい慰めだとは思うけど、そんな言葉くらいで心が軽くなるわけでもない。だが、人魚はきょとんとした顔で、首を振った。

「ううん、思いついたから、言っただけ。あと、今の自分の心情にぴったりだなあって思って」


 え?


「それに、ハルならそんな慰めより、もっと別のが良いとか言うんじゃない?」


そう言うと、にっこり笑って背伸びをする。

 

 そのまま、初めて、彼女からのキスを貰った。


「慰められた?」

にやり、と笑うこいつは、もしかして悪魔かなんかじゃないだろうか。

「ちょ、人魚……っ」

「わたしは、先輩としてじゃなく、彼氏のハルのことが好きだよ。ハルは、あの元カノさんに対して自分が悪いとか思ってるかもしれないけど、わたしから言わせれば、そりゃちょっと甘やかしすぎだね」


初めて好きだと言って貰えたのに、後半の辛辣な言葉に相殺された気がする。浮かれさせてもくれないなんて、酷くないか。いや、でも、もしかして。


「人魚、怒ってる?」

「あの元カノさんにはね。ハルは、きちんと話をすれば分かってくれる人なんだし、その努力を怠った元カノさんに非がないとは思わない。しかも、思い余って他に好きな人が出来たとか言ってみた?」

言って、おれを見上げた彼女の瞳の強さに、おれは言葉もなく押し黙る。


「そんなことを言って、言われた相手が傷つかないとでも思ってんのか」


あの、拳を握りしめた時に言えなかった言葉を、人魚は吐き出す。おれは、たまらなくなって、もう一度彼女をぎゅっと抱きしめた。


「ハル?」

「ホント、もう、何て言うか……人魚を好きで良かった」


 そのまま、生徒会室に帰る気にもなれなくて、階段に座り込む。

 ちょこんと隣座った人魚は、ふと思いついたように眼鏡を外した。そして、不思議そうにおれを見る。

「そういや、ハル、何も言わないね」

「何が?」

「わたしがどんな格好してても、何かふつーな感じ」


 確かに、夏休み中の人魚は、いつもそれなりに格好に気を使っていた。ものすごくお洒落だとは言わないが、制服をこんなダサく着こなすような子に見えなかったのは確かだ。


 だが、こいつは、分かっているようで全く分かってない。


「そりゃ、どんな格好しててもおれにはめっちゃ可愛く見えるんだから、一緒だろ」


 人魚の顔が、一気に真っ赤になった。


「ハル……相変わらず、破壊力高すぎ……」

「お前も慣れないね」

「慣れないってば!」

「ホントに、反応の可愛い奴」

「今の可愛いは絶対褒めてねえ!!」

噛みつかんばかりに叫んだ人魚は、その後一つ息をついて言う。


 「さっきさあ、あの先輩集団に取り巻かれた時に、ちょっとこの擬態は失敗だったかな、と思ったんだよね」

ため息交じりの言葉に、看過できない言葉が入っている。

「擬態?」

なんだ、そりゃ?


 「擬態だよ。だって、わたしが普通の格好したら、ものすごく目立つんだもん」

あっさりと言ってのけたが、こればっかりは頷くしかない。確かに、ちょっと気を付けるだけで、絶世の美少女が出来上がるんだから。でも、それをわざと目立たないように擬態したということは、それなりの理由があるはず。

「擬態を始めた理由って、おれが聞いても良いもの?」

言いたくないなら、別に構わない。そう言う含みを持ったおれの言葉に、人魚は薄く笑う。

「重い話だけど、聞く?」


 そうして、人魚は語ってくれたのだが、その話はおれの想像をはるかに超えていた。


 人魚は、中学の時にストーカー被害にあっていたらしい。

 しかも相手の男は、クラスメートの彼氏だったらしく、そのクラスメートから逆恨みされ、さらにそこに、いじめまで加わった。

 ストーカーにしても、いじめにしても、当然泣き寝入りで終わらせることはなく、徹底的に戦って相手を撃破したそうだが、さすがにその経験は人魚に“ありのまま”でいることの難しさを知らしめたらしい。


 「ストーカー男は、わたしが美少女だったから、わたしに一目ぼれしたと言ってた。だったら、ダサい格好で“あ、こいつはないな”って思われるようにしてたら、そういう面倒事にぶち当たらないんじゃ?て思って、逆高校デビューをしたってわけ」


 言われて、すごく納得する。

「生徒会に入りたくないってごねてたのも、それが一因か」

「まあね。何よりも、ハルに近づいたら絶対面倒臭いって思ったんだよ。それが、何でこんなことになってんだかなー」

「人魚、それちょっと傷付くんですけど」

「でも、事実だから」

そう言うと、人魚はおれを宥めるように、少しばかり笑った。

「で、さっきの話に戻るんだけど……ねえ、ハル、やっぱり、隣に歩く彼女は可愛い方が良い?」

「いや、だから、人魚はどんな格好しててもめちゃくちゃ可愛いんだって」

「そういうことじゃなくてさ!」

「だから、お前の好きにしたら良いんじゃないの?ただ、お洒落するんだったら、口出しはするけど」


そう言ったおれに、人魚はきょとん、と首をかしげる。まあ、そりゃそうだろう。夏休み中、おれが人魚のファッションに文句をつけたことなど一度もなかったから。ただ、実はずっと、やってみたかったことがあるのだ。


 そのまま、彼女の手を引いて生徒会室に帰る。

 戻ってみると、皆から何だかいろいろ労われたが、それはいい。おれは、人魚を一つの椅子に座らせると、内山に声をかけた。

「内山、ヘアピン何本か持ってない?」

「へ?持ってるけど、何に使うの?」

「人魚のヘアアレンジ」


しれっと答えたおれに、全員の動きが止まった。


「え、結城くんがやるの?!」

「そう。こう見えて、姉貴にもたまに駆り出されるんだよ。実は、一度人魚の髪もやってみたかったんだよねー」

そう言うと、女性陣が俄然乗り気になってくれた。


 そして、ブラシやらヘアピンやらを借りて、人魚の髪を整える。

 長い前髪は束ねてポンパドール風に。綺麗な額を全面に出すと、全員から感嘆の声が上がったのが面白い。

 絶妙に乱れたオバサンくくりを解き、丁寧に梳くと、さらさらと良い手触り。それを、後頭部の中ほどから一本に編み込んで、フィッシュボーンを作ってみた。

 さらに、リボンタイの長さとスカートの長さを調整し、最後にメガネをはずしたら出来上がり。


「うん、やっぱ美人だわ」


臆面もなく褒めると、人魚は額に手を当ててため息をつく。だが、クールなふりしても、顔真っ赤なんですけど?


 メンバーは、あ然、呆然といった態だが、一人内山だけ平然としている。

「やっぱ、中原ちゃんはそういう圧倒的美少女の方が“らしい”よね」

「そうですか?」

「そうよー。絶世の美少女なのに、口を開けば毒舌家、って言うギャップが良いんじゃない。ねえ、結城くん?」

「何言ってんの、内山。人魚は中身が可愛いんだよ」

「うわ、平然とのろけられた!」

けたけたと笑う内山は放っておいて、おれはメンバーを振り返る。

 ヤローどもの目の色が変わってる……訳ではないが、牽制だけはしておく。


「言っときますけど、これは売約済みなんで、手出したら潰しますよ?」


「結城……お前、本当に日本の男子高校生なの?」

呆れたように呟く滝川に、何故か全員が頷いていた。何でだ。

「で、中原ちゃん、明日からそういう感じで学校に来るの?」

「あ、はいそのつもりです」

「そりゃあ、明日は学校中が大騒ぎだろうね」

至極楽しそうに予言したのは、菊川さん。


 その予言通り、突然登場した美少女の噂で持ちきりになったのは至極当然のことだった。

 結局、人魚は高校入学当初の目論見を、すっかり捨て去る羽目になったのだが、彼女曰く、後悔はしていないらしい。


「ま、結局捕まったけど、これはこれで高校生活が面白くなったから、結果オーライだよね」


そう言って笑う人魚は、眩しいほどの美少女ぶりである。

おかげで、おれはしばらく彼女に寄り付く虫退治に躍起になる羽目になるんだが……それはまた、別の話だ。

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