8.もちろん
「なあ、喜ばれるデートスポットってどこだと思う?」
週が変わった月曜日。中原とのデートを二日後に控えたおれは、考えあぐねて、生徒会室にやって来ていた。
今週の当番は滝川と内山。何だかんだで面倒見の良いこいつらなら、相談に乗ってもらえると踏んで来たのだった。
だというのに、何故か滝川に渋い顔をされた
「ていうかさ、結城。何でそれをおれに訊くわけ?」
「え?何で、って?」
「お前、今までデートなんて死ぬほどしてきてるでしょーが。お前以上に熟知してる奴なんて、そうそういるわけねーだろ!」
「いや、そうは言ってもなあ……」
良い所が思いつかなかったから助けを求めに来たんだが、無駄足だっただろうか。そう思ってると、今度は内山が助け舟を出してくれた。
「結城くんの今までの経験から、良い所ないの?」
「今までのデートって言ってもなあ、あんま出かけなかったし。出かけても渋谷とか表参道のショッピングとか、映画とか、あとは張り切ってランドとかぐらいなんだよなあ」
「良いじゃん、それで」
適当な滝川の相槌に、思わず眉根を寄せてしまう。
「いや、だって、それで中原が喜ぶと思う?」
そうなのだ。
ショッピングやなんかで、中原が喜んでくれるようなイメージが全然わかなくて、おれは途方に暮れている。某テーマパークではしゃぐ中原とか、想像の埒外だ。
「遊園地とかでも好きそうだけどねえ、中原ちゃん」
「でもさあ、いきなりってハードル高くないか?お財布的にもそうだけど」
「御曹司が何言ってやがる。中原の分まで出してやれるくらいの財力、あるだろうが」
「そりゃ、あるけど。そっちに関しては全く否定しないけど。でも、あいつそういう点では真面目だから、喜んで奢られてくれそうになくない?」
「え?そうか?」
「あー、それは分かる!中原ちゃん、小さいものなら奢られてくれるけど、ランチとか、お札が出て来た時点で『自分で払います』ってなる子なんだよね。その辺の線引きは生真面目だよね」
「ショッピングとかもさあ、何か目的があってなら良いだろうけど、別に自分が今欲しいものがない時ってどうでもよくならない?」
「じゃあ映画行けよ、映画」
「二時間とか、隣にちょっかいかけずに大人しく座ってられる自信がない」
「どんだけ盛ってんだ、お前は!」
遠慮なく、滝川に頭をはたかれた。うん、まあ、それには大いに同意する。でもなあ。映画館って暗闇だし、隣に並んでたら顔見えないし、などと思ったこと全てをさらけ出すのは、さすがに少々恥ずかしい。しかも顔が見たいのは、彼女の反応を逐一知りたいから、って、もう自分でも頭が沸いてるとしか思えない。
だが、定番スポットを潰されて頭を抱えたことは事実である。ここは、女子である内山に期待するか!
「じゃあさ、内山は初デートでこんなとこ行きたい、とかない?」
「わたし?わたしなら、そうだなあ、サッカー観戦に行きたい!」
「はい、却下」
「そうだなー、中原とサッカー観戦は、中原とショッピングより相性悪そうだなー」
くつくつと笑う滝川に、おれが大きく溜息をついた、その時だった。
「失礼しまーす、内山先輩、いらっしゃいますかー?」
そう言って、がらりと扉が開く。姿を現したのは、黒髪にショートカットの女の子。内山を先輩と呼ぶんだから、多分女バスの一年だな。
「あ、高里っち!何て良いところにー!!」
そう、歓喜の声を上げたのは、勿論内山である。対して後輩の女の子の頭には?マークが飛んでいるのだが、こいつはそんなことを気にするような女ではない。
「ちょっと、入って入って」
言って、強引に後輩の女の子を生徒会室に引きずり込んだ。
「あの、内山先輩?あたし、ただ明日のメニュー表持って来ただけなんですけど」
「良いから、良いから。えーと、まずは二人に紹介するね、こちら、わたしのクラブの後輩の高里ちえさん。で、高里っち、こっちが会計の滝川くんで、結城くんはもう知ってるよね?有名人だし」
「え?あの?あ、はい。あの……初めまして、高里ちえです」
高里さんは、大混乱しながらも、ひとまずおれたちにぺこりと頭を下げてくれた。こんな先輩なのに、良い子だなあ。
「初めまして」
おれと滝沢も一応頭を下げてから、内山を見る。で?お前、一体この後輩ちゃんを呼んでどうするつもり?
「今のわたしたちが、一番必要としてる情報を持ってるのが、何よりも子の高里っちなんだよ。だってこの子、中原ちゃんと同中で、中学の時からめっちゃ仲良しなんだもの」
その言葉に、おれの目の色が、多分変わったと思う。思わず前のめりになったおれだが、勿論、高里さんにとっては謎が増えただけだろう。
「あのね、高里っち。実は結城くん、明後日中原ちゃんとデートなんだけど、行き先どうしようかすっごい悩んでるの。中原ちゃんが行って喜びそうなところとか、行きたいって言ってたところとか、何か知らない?」
「は……え、ていうか、人魚と結城先輩がデート?!あの、二人付き合ってるんですか?!」
「いやいや、まだまだ。これからだから。だから、結城くんが失敗しないようなデートスポットを一緒に考えてあげて」
しれっと暴露しやがる内山の言葉もなんのその、高里さんは驚いたようにじっとこちらを見ている。その黒い瞳は、下世話な興味なんて一つもなくて、逆に居心地が悪い。
「結城先輩、一つ聞いても良いですか?」
そして、切り出された言葉に、思わず居住まいを正す。あれ、もしかしておれ、一年の間で評判悪い、とか……?だから、親友のためにおれを見極めようとしている、とかだったらどうしよう。
「本気、ですか?」
短いその問いは、真摯だった。嘘も、ごまかしも全て見抜くような目。ああ、この子は、本当に中原の大事な友達なんだな。
「もちろん」
これだけは、自信を持って言える。おれは、彼女が欲しい。優秀だけどどこか抜けてて、皮肉屋で、人の好き嫌いが激しくて、冷静かと思えば意外に喧嘩っ早くて、さりげなく負担にならないように人を気遣うことができて、一本筋が通って真っ直ぐな、彼女が。良い所も、悪い所も、ひっくるめて全部の、彼女が欲しい。
おれの本気が少しでも伝わればいいと、真っ直ぐに見返す。そのままお互いの瞳の色を読みあって、高里さんはにこり、と笑って見せた。
「分かりました。人魚を、よろしくお願いします」
どうやら、おれは合格できたらしい。それにほっとしつつも、だがまだ気が早いと苦笑する。
「心からよろしくお願いされたいんだけど、そのためには彼女にうんと言って貰わなきゃならんので。というわけで、最初の内山の質問に戻るんだけど」
そう言うと、高里さんはしばらくうーんと首をひねった後、いくつかの候補を出してくれた。
「基本的に、人魚ってインドア派なんですよ。いや、もっと言うと引きこもりに近い、かな。お出かけするより家で寝てたいとか、女子高生とは思えない発言をする子なんですが、それでも図書館とか美術館とかは好きみたいですよ」
「美術館デート!それはまた、高尚なデート先だなあ」
「うーん、でもおれ、絵のことはよく分かんないしなあ。一緒に行くんだったら、おれも楽しいって思ってないと、中原に気を使わせちゃいそうだしなあ」
せっかく情報を出してくれたのに、そんなことを言ってしまうおれに、それでも高里さんは何故か嬉しそうだった。そして、ふと思い出したかのように言う。
「あ、あと、動物園ですかね」
「動物園?!」
突然出てきた単語に、おれと滝川の声がハモる。だって、中原と動物園って。
「そうなんですよ。特に上野動物園のハシビロコウが好きなんです。ゴールデンウィークにも一緒に行ったんですよ」
「えー、じゃあ、良いんじゃない?動物園とか。意外性があっても面白いかも」
内山にそう言われたのだが、一つ気になることがある。
「夏の動物園って、暑いの辛くないか?」
おれの一言に、全員が一斉に押し黙る。インドア派だという中原向きのデート先じゃないんだよなあ。そう思ってから、閃いた。
「あ、高里さん。動物園が好きなんだったら、もしかして中原、水族館も好き?」
そうだよ、水族館!それなら、屋内で涼しいし、喋ってても問題ないだろうし、意外に良いかも。
「なるほど、水族館ですか。ええ、人魚、好きだと思いますよ」
「じゃあ、良いじゃん。水族館にしろよ。えっと、都内なら、品川?」
「かな?」
「待ち合わせとかは決めてんの?」
「時間と場所だけな。それにしても、助かったよ、高里さん。ありがとう!」
おれが頭を下げると、高里さんは慌てたように首を振った。
「いえいえ、そんな、大したことしてませんから!それに、どちらかというと、あたしの方がお礼を言わなきゃ、というか」
「何で?」
「だって、今ここで聞くまで、人魚が結城先輩にデートに誘われてるなんて、知りませんでしたから。これはちょっと、人魚に電話しないと!」
「……それは、お手柔らかにね」
「善処します!あ、じゃああたし、自主練に戻りますねー!」
「引き留めてごめん。本当、ありがとう!」
もう一度礼を言うと、高里さんはくすぐったそうに、笑って言った。
「いえいえ。あんな子ですけど、どうぞよろしくお願いします。あ、あと、結城先輩。先輩のために、ちょっと頑張ってみますね!」
失礼します!と元気よく高里さんは出て行ったが、はて、最後の台詞はどういう意味だろう。
「何か、素敵アシストでもしてくれんのかな?」
「さあ?高里っちも中々愉快な子だけど、まあ、楽しみにしてていいんじゃない?」
揃っておれたちは首をかしげたが、勿論その場で結論は出なかった。
おれが彼女の言葉の意味を知るのは、もっと後のことだ。




