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彼女と彼の攻防戦  作者: 氷月
SIDE:H
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18/20

8.もちろん

 「なあ、喜ばれるデートスポットってどこだと思う?」


 週が変わった月曜日。中原とのデートを二日後に控えたおれは、考えあぐねて、生徒会室にやって来ていた。

 今週の当番は滝川と内山。何だかんだで面倒見の良いこいつらなら、相談に乗ってもらえると踏んで来たのだった。

 だというのに、何故か滝川に渋い顔をされた


「ていうかさ、結城。何でそれをおれに訊くわけ?」

「え?何で、って?」

「お前、今までデートなんて死ぬほどしてきてるでしょーが。お前以上に熟知してる奴なんて、そうそういるわけねーだろ!」

「いや、そうは言ってもなあ……」


良い所が思いつかなかったから助けを求めに来たんだが、無駄足だっただろうか。そう思ってると、今度は内山が助け舟を出してくれた。


「結城くんの今までの経験から、良い所ないの?」

「今までのデートって言ってもなあ、あんま出かけなかったし。出かけても渋谷とか表参道のショッピングとか、映画とか、あとは張り切ってランドとかぐらいなんだよなあ」

「良いじゃん、それで」

適当な滝川の相槌に、思わず眉根を寄せてしまう。


「いや、だって、それで中原が喜ぶと思う?」


 そうなのだ。

 ショッピングやなんかで、中原が喜んでくれるようなイメージが全然わかなくて、おれは途方に暮れている。某テーマパークではしゃぐ中原とか、想像の埒外だ。


「遊園地とかでも好きそうだけどねえ、中原ちゃん」

「でもさあ、いきなりってハードル高くないか?お財布的にもそうだけど」

「御曹司が何言ってやがる。中原の分まで出してやれるくらいの財力、あるだろうが」

「そりゃ、あるけど。そっちに関しては全く否定しないけど。でも、あいつそういう点では真面目だから、喜んで奢られてくれそうになくない?」

「え?そうか?」

「あー、それは分かる!中原ちゃん、小さいものなら奢られてくれるけど、ランチとか、お札が出て来た時点で『自分で払います』ってなる子なんだよね。その辺の線引きは生真面目だよね」

「ショッピングとかもさあ、何か目的があってなら良いだろうけど、別に自分が今欲しいものがない時ってどうでもよくならない?」

「じゃあ映画行けよ、映画」

「二時間とか、隣にちょっかいかけずに大人しく座ってられる自信がない」

「どんだけ盛ってんだ、お前は!」


遠慮なく、滝川に頭をはたかれた。うん、まあ、それには大いに同意する。でもなあ。映画館って暗闇だし、隣に並んでたら顔見えないし、などと思ったこと全てをさらけ出すのは、さすがに少々恥ずかしい。しかも顔が見たいのは、彼女の反応を逐一知りたいから、って、もう自分でも頭が沸いてるとしか思えない。


 だが、定番スポットを潰されて頭を抱えたことは事実である。ここは、女子である内山に期待するか!


「じゃあさ、内山は初デートでこんなとこ行きたい、とかない?」

「わたし?わたしなら、そうだなあ、サッカー観戦に行きたい!」

「はい、却下」

「そうだなー、中原とサッカー観戦は、中原とショッピングより相性悪そうだなー」

くつくつと笑う滝川に、おれが大きく溜息をついた、その時だった。


 「失礼しまーす、内山先輩、いらっしゃいますかー?」


そう言って、がらりと扉が開く。姿を現したのは、黒髪にショートカットの女の子。内山を先輩と呼ぶんだから、多分女バスの一年だな。


 「あ、高里っち!何て良いところにー!!」

そう、歓喜の声を上げたのは、勿論内山である。対して後輩の女の子の頭には?マークが飛んでいるのだが、こいつはそんなことを気にするような女ではない。


「ちょっと、入って入って」

言って、強引に後輩の女の子を生徒会室に引きずり込んだ。


「あの、内山先輩?あたし、ただ明日のメニュー表持って来ただけなんですけど」

「良いから、良いから。えーと、まずは二人に紹介するね、こちら、わたしのクラブの後輩の高里ちえさん。で、高里っち、こっちが会計の滝川くんで、結城くんはもう知ってるよね?有名人だし」

「え?あの?あ、はい。あの……初めまして、高里ちえです」

高里さんは、大混乱しながらも、ひとまずおれたちにぺこりと頭を下げてくれた。こんな先輩なのに、良い子だなあ。


「初めまして」

おれと滝沢も一応頭を下げてから、内山を見る。で?お前、一体この後輩ちゃんを呼んでどうするつもり?


「今のわたしたちが、一番必要としてる情報を持ってるのが、何よりも子の高里っちなんだよ。だってこの子、中原ちゃんと同中で、中学の時からめっちゃ仲良しなんだもの」

その言葉に、おれの目の色が、多分変わったと思う。思わず前のめりになったおれだが、勿論、高里さんにとっては謎が増えただけだろう。


「あのね、高里っち。実は結城くん、明後日中原ちゃんとデートなんだけど、行き先どうしようかすっごい悩んでるの。中原ちゃんが行って喜びそうなところとか、行きたいって言ってたところとか、何か知らない?」

「は……え、ていうか、人魚と結城先輩がデート?!あの、二人付き合ってるんですか?!」

「いやいや、まだまだ。これからだから。だから、結城くんが失敗しないようなデートスポットを一緒に考えてあげて」


しれっと暴露しやがる内山の言葉もなんのその、高里さんは驚いたようにじっとこちらを見ている。その黒い瞳は、下世話な興味なんて一つもなくて、逆に居心地が悪い。


「結城先輩、一つ聞いても良いですか?」


そして、切り出された言葉に、思わず居住まいを正す。あれ、もしかしておれ、一年の間で評判悪い、とか……?だから、親友のためにおれを見極めようとしている、とかだったらどうしよう。


「本気、ですか?」


短いその問いは、真摯だった。嘘も、ごまかしも全て見抜くような目。ああ、この子は、本当に中原の大事な友達なんだな。


「もちろん」


これだけは、自信を持って言える。おれは、彼女が欲しい。優秀だけどどこか抜けてて、皮肉屋で、人の好き嫌いが激しくて、冷静かと思えば意外に喧嘩っ早くて、さりげなく負担にならないように人を気遣うことができて、一本筋が通って真っ直ぐな、彼女が。良い所も、悪い所も、ひっくるめて全部の、彼女が欲しい。


 おれの本気が少しでも伝わればいいと、真っ直ぐに見返す。そのままお互いの瞳の色を読みあって、高里さんはにこり、と笑って見せた。


「分かりました。人魚を、よろしくお願いします」


どうやら、おれは合格できたらしい。それにほっとしつつも、だがまだ気が早いと苦笑する。


「心からよろしくお願いされたいんだけど、そのためには彼女にうんと言って貰わなきゃならんので。というわけで、最初の内山の質問に戻るんだけど」

そう言うと、高里さんはしばらくうーんと首をひねった後、いくつかの候補を出してくれた。


 「基本的に、人魚ってインドア派なんですよ。いや、もっと言うと引きこもりに近い、かな。お出かけするより家で寝てたいとか、女子高生とは思えない発言をする子なんですが、それでも図書館とか美術館とかは好きみたいですよ」

「美術館デート!それはまた、高尚なデート先だなあ」

「うーん、でもおれ、絵のことはよく分かんないしなあ。一緒に行くんだったら、おれも楽しいって思ってないと、中原に気を使わせちゃいそうだしなあ」

せっかく情報を出してくれたのに、そんなことを言ってしまうおれに、それでも高里さんは何故か嬉しそうだった。そして、ふと思い出したかのように言う。


「あ、あと、動物園ですかね」

「動物園?!」

突然出てきた単語に、おれと滝川の声がハモる。だって、中原と動物園って。


「そうなんですよ。特に上野動物園のハシビロコウが好きなんです。ゴールデンウィークにも一緒に行ったんですよ」

「えー、じゃあ、良いんじゃない?動物園とか。意外性があっても面白いかも」

内山にそう言われたのだが、一つ気になることがある。


「夏の動物園って、暑いの辛くないか?」

おれの一言に、全員が一斉に押し黙る。インドア派だという中原向きのデート先じゃないんだよなあ。そう思ってから、閃いた。


「あ、高里さん。動物園が好きなんだったら、もしかして中原、水族館も好き?」

そうだよ、水族館!それなら、屋内で涼しいし、喋ってても問題ないだろうし、意外に良いかも。


「なるほど、水族館ですか。ええ、人魚、好きだと思いますよ」

「じゃあ、良いじゃん。水族館にしろよ。えっと、都内なら、品川?」

「かな?」

「待ち合わせとかは決めてんの?」

「時間と場所だけな。それにしても、助かったよ、高里さん。ありがとう!」

おれが頭を下げると、高里さんは慌てたように首を振った。


「いえいえ、そんな、大したことしてませんから!それに、どちらかというと、あたしの方がお礼を言わなきゃ、というか」

「何で?」

「だって、今ここで聞くまで、人魚が結城先輩にデートに誘われてるなんて、知りませんでしたから。これはちょっと、人魚に電話しないと!」

「……それは、お手柔らかにね」

「善処します!あ、じゃああたし、自主練に戻りますねー!」

「引き留めてごめん。本当、ありがとう!」

もう一度礼を言うと、高里さんはくすぐったそうに、笑って言った。


「いえいえ。あんな子ですけど、どうぞよろしくお願いします。あ、あと、結城先輩。先輩のために、ちょっと頑張ってみますね!」

失礼します!と元気よく高里さんは出て行ったが、はて、最後の台詞はどういう意味だろう。


「何か、素敵アシストでもしてくれんのかな?」

「さあ?高里っちも中々愉快な子だけど、まあ、楽しみにしてていいんじゃない?」

揃っておれたちは首をかしげたが、勿論その場で結論は出なかった。


 おれが彼女の言葉の意味を知るのは、もっと後のことだ。

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