5.そうは問屋が卸すもんかい
中原は、見ていると面白い。
彼女がいることが当たり前になった生徒会で、おれはつくづくそう結論付けた。
基本スペックは、大変優秀。なのに、たまに吃驚するような抜けがあったりする。
この前も、配線コードに引っかかってすっ転び、自作の書類の上にジュースをぶちまけていた。しかもおれが「そこ、つまづくなよ!」といった次の瞬間に、である。狙ってんのか。
ちなみに、その姿に大笑いしていたら「先輩が変な前振りするからですよ!」などというわけのわからん言いがかりをつけられた。それくらいには気安くなって、遠慮のないやり取りは、もはや日常である。
そして、一年がもう一人増え、一学期も折り返しに差しかかったある放課後のこと。
おれは中原を連れだして、食堂に向かっていた。
何てことない会話を交わしながら、食堂に辿り着く。そこで人数分のジュースを買って、生徒会室に戻る。ただ、それだけのことだった、はずなのに。
「あ、結城くぅん!」
声をかけられる前に気付いたのだが、気付いた時には遅かった。嬉々としておれにそう呼びかけるのは、同じクラスの女子たち。ああ、くっそ。面倒くさいのに捕まった。
「何してるのぉ?」
そう言われて、ふと気づく。さっきまで並んでいた中原が隣にいない。
あれ、と思ってみれば、やや離れたところに避難してやがった。
あいつ、絶対厄介事にかかわりたくねえって思ったな!正しい判断だけど、それだけに大変ムカつく。
目の前では、何やら盛り上がっている。ていうか、テスト前に遊びに行くって!お前ら、もともと授業そんな身入れて聞いてないだろうが。それでテスト勉強もしないって、阿呆なの?うちの学校は、赤点並べても課題やれば進級できる、なんて優しい救済措置ないぞ?
だが、彼女らにはそんな正論通じない。ああ、もう、本当に面倒くさいな!
「あの、先輩?」
絶妙のタイミングで、中原から声がかかる。ていうかさ、何、その恐る恐る声かけました、って態は。お前、そんな殊勝なキャラじゃねえだろ?
そう思っていたら、中原は彼女らを見事にいなした上で、言ってのける。
「あの、結城先輩、買い出しはわたしがやっておきますので、良ければここでお話ししててください」
にこやかな笑顔が、あからさまに嘘くさい。まったく、どっから出してきたんだ、その猫。ていうか、一人で逃げる気だな、このヤロウ。
「一言声をかけないと心配されるかな、と思ったんで」
じゃ!――って、そうは問屋が卸すもんかい。
「いやいや、そんな。可愛い後輩一人に買い出しさせるとか、そんな外道なことできるわけないじゃん?」
がしり、と腕を掴んだら、一瞬凄い目で睨まれた。お前、おれが先輩だって分かってんだろうな?
「やだなあ、そんなこと思うわけないじゃないですか」
ホラホラ、早く放して!と目で訴えかけられる。だが勿論、聞いてやるつもりはない。一人だけ逃げるなんてずるいもんな?
「ホント、中原は良い子だなー」
そう言ったことに他意はない。実際、彼女が細やかに他人を気遣うことができる奴なのは事実だから。そして、他意はなかったのだから、それだけで終わっておけば良かったのかもしれない。
だがつい、その後に中原の頭をぽんぽん、と叩いてしまった。
なぜ、そんな行動に出たのか、自分でもよく分からない。ただ、何となく彼女たちに中原が牽制されてるのが、面白くなかった。それだけのことだったんだが、おれのその行動に、その場にいた全員が息を呑む。あれ、もしかしてセクハラとか思われた?!
「へえ、一年なんだ」
中原を引きずり込むことには成功したが、ちょっとまずかったかもしれない。塚本がそう言うと、彼女らの雰囲気が変わる。それを察知した中原が、それはそれは冷たい視線をこちらに向けて来たので、とりなすように笑ってみせる。そしたら、彼女の視線がさらに冷えた。え、何でだ。
「生徒会の子?」
だが、そう続いた時には、中原はすでに覚悟を決めたらしい。完璧臨戦態勢の目で、彼女らに向き合ってる。切り替え、早いよなあ。そんで、おれにも怒ってるけど、助けてはくれるらしい。やっぱ良い奴。
「ちょうど、手が空いたので買い出しに。この後まだ作業があるんで、他の人たちの分もまとめて買ってくるって話になったんです。結構残ってるので、人手も必要で」
「結城くんも手が空いてたのぉ?いつも忙しそうなのにぃ?」
「えっと、確かに先輩は忙しいんですけど……」
そこまで言うと、中原は分かりやすくちらりとおれを見る。あとはお前の仕事だろ、とその目が言っている。はいはい、さすがにこいつらまとめて始末しろ、とかまでお前に任せませんって。
「ああ、おれはちょっと息抜きに。女の子一人に買い出し行かせるなんて可哀想でしょ?」
にっこり笑顔で言ってみるが、中原からの視線が痛い。分かってる!分かってるから!!
それから、彼女たちの軽口に乗って。そろそろ引くかと思ったころに、言われた。
「でも、結城くん、そんな優しくしていいのお?コーハイちゃん、カン違いしちゃうかもよお?」
「そーそー、なんか、マジメそうな子じゃん?そういう子ほどカン違いしやすいからあ」
それは、大変判りやすい、中原への牽制だった。
おれと一緒にいる女の子が、どんな子であっても絶対言われる類の言葉。下手をするとおれですら聞き飽きた、と思うくらいの言葉だった、のに。
なぜか無性に腹が立った。
お前らに、何が分かる。
彼女の、何が。
一瞬にして、自分の心が冷える。
一気に氷点下まで下がった思いのまま、暴言を吐きかけ……おれの顔を見た中原が息を呑む気配を感じて、何とか上辺だけは取り繕った。
ヤバい、怖がらせた。
そう思って、ノリの良い軽い冗談に紛らわせる。なのに、目の前の集団はすぐに誤魔化されてくれるのに、彼女だけは体を強ばらせたままで。
そのことにまた、ものすごくムカついてしまう。
そして、隣にいた中原は、そっとそんなおれから一歩退いた。
それに気付いたのは、おれだけだった。
多分、中原が退いたのは、目の前の集団からじゃなくて、おれから。
ムカつく女子たちに、それでも笑顔で相槌を打ってるおれから、彼女は退いた。
それに気付いて、中原を見やる。
目が合った瞬間、彼女の瞳に怯えた色が浮かぶ。
逃げたい。
その瞳が、そう語っている。それに気付いた瞬間、湧き上がった、言葉は。
逃がすわけ、ないだろうが。
今この場から、ではなくて、おれから。そんな風に思って、湧き上がってきた自分の声に、驚く。そして、ようやく自分を客観視できるだけの理性が戻ってきたことを感じる。あれ、何でおれ、中原にもムカついてんの?
自分の感情に戸惑うおれに、第三者の声が届く。
「あれ?結城くん?」
呼ばれて振り返ると、そこにいたのは、ほのか、だった。
「珍しいね、放課後にこんな所にいるの」
にこにこと、何でもないフリ。ほのかは、いつの間にこんなポーカーフェイスが上手くなったんだろう。そのことに、おれが罪悪感を感じるほどに。
「ん、ちょっと買い出しなんだ。二人は?」
「わたしたちも買い出し」
「男バス、頑張ってるよな。マネージャー二人も大変だろうけど」
「まあね。もうすぐインターハイだし。気合入ってるよー」
「おう、応援してるって言っといて」
「ありがとう、言っておくね。ところで、遥斗くん」
「何?」
「今日、何時くらいに終わるの?よければ、一緒に帰らない?」
言われた言葉に、さすがに顔が強ばる。確か、ほのかはバスケ部の一人と付き合ってたんじゃなかったっけ?
思わず隣の三島さんを見ると、彼女は悲しそうに首を振った。
ああ、そう言うことか。
以前は彼を当て馬に使い、今度はおれにその役割を振る。ほのかの中で、おれは一体どういう扱いになっているんだろう。彼女がもともとこうだったのか、それとも誰かの入れ知恵なのかは、分からない。ただ、そんなことしかできない彼女が可哀想だった。
「悪いけど、何時に終わるか分かんないんだ。今日で中間前の最後だし、やれるとこまでやっとかないといけないし」
「そっか、やっぱり生徒会忙しいよね。ごめん、気にしないで」
しゅんとした様子のほのかから、隣の中原に視線を移す。
「じゃ、買い出しして戻るぞ、中原」
そう声をかければ、中原が大きく目を見開く。
「え、と、良いんですか?」
思わず、といった感じで中原が問うもんだから、思いっきり笑顔で頷いてやった。聡いこいつのことだから、おれの意図は組めるだろう。
「…………じゃあ、メンバーが待ってると思うんで、戻ります……。えと、先輩方、失礼します」
そう、声をかける中原は、本当にできた子だと思う。
ジュースを両手に持ちながら、生徒会室への帰り道。彼女はひたすら無言を貫いている。でも、おれがその沈黙に耐えられなかった。
「なあ、中原、あの状況をどう理解した?」
唐突に切り出したおれに、彼女はにっこり笑ってみせる。
「結城先輩を狙う肉食系女子に喰われそうになった可哀想な後輩・中原と、それを可憐に救ってくれた、ちょう可愛い先輩の彼女さんとその友達、という状況かと思いましたが」
いろいろ愉快な認識に、思わずおれは吹き出した。だが、それが中原には気に食わなかったらしい。
「そこ、笑う所ですかね?ていうか、先輩、わたしを華麗に売っ払いましたよね?!あの可愛い彼女さんが来なかったら、すっごい面倒な場になってましたよね?わたしを巻き込むの、止めてもらえます?!」
「可愛い彼女さん、か。中原、ああいうのが好みか?」
「人の話、聞いてます?!」
ぎゃあぎゃあと抗議してくる中原が可笑しくて、可愛かった。
「彼女じゃないよ。元カノ」
そう、真実を告げると、中原はぴたりと口を閉ざした。そうやって、自分の踏み込んで良い領域を、きちんとわきまえているところが、いかにも中原だった。
だが、それが物足りないと、この時はっきり自覚した。
さっき、中原がおれから退いた時にムカついたのも、そう。
自覚してしまえば、それは何て事のない、感情だった。それを理解して、隣を歩く彼女を見る。
よし、確実に、捕まえよう。
彼女が聞いたらきっと青ざめるであろう決意を、おれはこの時にしたのだった。




