七筆目
お嬢様の歩き姿は、まるで天津が原を渡る風のように軽やかで優美でございます。
歩くパワースポットなどと言われる人種が存在していることは北白川も聞き及んではおりますが、歩く空気清浄機という存在は地球広しと言えど清らお嬢様ただ一人!!お嬢様が息を吸って吐いておられるだけで、地球は、宇宙は、万世晴天ございます。
北白川、本日も絶好調にセルフ昇天を極めてございます。
式神の皆さま、ご機嫌よう。
今これより、とある事務所にて遼様と面談でございます。
遼って?……おやおや、皆さま方……そんなに忘れっぽくてはこの先どうするつもりです?黒豆が好き、おばあちゃん子属性という癒し系男など、北白川はお嬢様にお伝えしておりませんから、ご自身で記憶しておいてくださいませ。
ひとまず、指立て伏せをしながら廊下で待機お願いいたしますね?
待ってなんで遼と会うの?でございますか。
ひとまず、三橋カホ様と翔也様の背景が伺い知れたので、あとは標的とされた遼様の現状を確認するためでございます。本日は所属事務所ビル全体の『祓い』もございますので、ついでにお顔を拝見しようかと言う算段ですよ。
分かりましたら、指立て伏せを開始してくださいませ。また祓いで皆さま方を扱き使──お力添えを賜りたく存じますので、よろしくお願い致しますね。
「一文字清らと申します。こちらは北白川。solomonの遼様でいらっしゃいますね」
清ら様直々に北白川を他者へ紹介して頂けるなど、まるで家族のようでございます……!この胸をブルブルと震わせる滾りはなんと申すのでしょうか……!北白川の細胞が未知のエネルギーを取り込んで生まれ変わっていくようでございます!!!
あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!!
……しかしでございますよ。
お嬢様にお声掛け頂いた幸運を、目の前のソファに座る遼様は、顔も上げずに頭を下げるばかり。
不敬すぎます、この黒豆男。お嬢様が若干困惑気味に北白川を見上げておいでになる。これはこれで満点でございますが、些か気になる反応ではございます。
北白川はお嬢様に一礼致しますと、遼様の横に膝を着いてお顔を覗き込ませて頂きました。
「顔色が優れないのは一連の報道があったせいでございますか」
「!」
まるで餓鬼のような醜悪な顔付きでございます。こんな不浄なものをお嬢様に見せる訳には参りません。北白川は目線を固定して話しかけます。遼様の口を滑らかに致しませんと、我々、帰りが遅くなりますので。お嬢様のティータイムの時間が無くなってしまうのでございます。
「カホ様は一先ずお元気そうではございました」
「三橋さんに会えたんですか」
「ええ。ただ、翔也様に関しては少々……手遅れかと」
「!」
主に、翔也様の頭の中の構造的な話ではございますけれども、こちらの黒豆好きは痛ましげに顔を歪めておられます。お優しいのですね?
遼様の目の前に座られたお嬢様は、優雅に紅茶を嗜まれております。この場は北白川に預けて頂けたと解釈致しましたので、引き続き北白川は激詰め──ではなくお話を伺うことに専念するのみでございます。
「失礼ながら、遼様と翔也様の仲はあまり宜しくないようにお見受け致します。──確執はいつ頃から?」
遼様は項垂れてしまわれました。
「確執、というか……。元々、僕はアイドル志望で事務所に入ったわけではなかったのですが、翔也は幼稚園の時からアイドルで食べていくって周りに話してたようなヤツだったから。──スタンスが違ってたんです」
なるほど。
「僕はずっと演技をやりたくて、そっちの勉強に熱中しちゃうから、振り付けとか覚えるのは苦手なんです。そんなところから翔也にはよく怒られてはいたんです」
「同じグループに抜擢したのは社長様ですか?」
「はい……。ダンスが苦手だから辞退したんですけど、練習あるのみと押し切られて。そういう所も翔也は気に入らなかったんだと思います。……アイツは当初、solomonの次点メンバー候補で、僕が抜けたら入れるギリギリのところに立っていました。結局、社長が人数を増やす方向にしたので、彼がメンバー入りしたんです」
よく言えばとても環境的に恵まれているのが遼様。一途にアイドルになりたくて頑張っていたのに、なかなか報われない翔也様。そういう構図でございましょうか。
お嬢様を振り返りますと、とても退屈そうに遼様を見ておられます。話は聞いておられたようですが、特に反応されないということは、祟り神の本丸では無いのでしょう。本当に、巻き込み事故を食らった被害者が遼様ということになりそうですね。
──お嬢様が見つめてるけど嫉妬しないのか?誰にです?遼様に?
ただの背景に嫉妬など、さすがに北白川には難易度が高くございます。それに北白川は己の美点を把握し理解する男でございますので、例え遼様が極上の背景であったとしても、秒で北白川のロイヤルスマイルでお嬢様の記憶を塗り替える自信がございます。ご心配無用でございます。
まぁそもそも、お嬢様がご覧になる景色が絶景でございます。天皇陛下がご覧になるものを「天覧」と申しますが、清ら様の場合はさしずめ「清覧」とでも申しましょうか。あ、北白川また名言を爆誕させてしまいました。お嬢様を彩る形容詞がまた増えてしまい、己の才能がたまに恐ろしく感じるこの頃でございます……。
「遼様、とても大変なご苦労をされてきたのですね」
お嬢様の慈悲深い御言葉。しかし、口調はそうであっても、お嬢様の目つき顔付きは本命の祟り神ではないという部分一点で、やや拍子抜けしておられる雰囲気でございます。
顔をあげた遼様は、お嬢様を見ると少しだけ息を飲んで照れくさそうに俯かれました。
……おや。おやおやおやおや。ここに美醜の感覚を共にする同士を発見致しました。なんでしょうか、このニワカ風情。
「あ、いや、……お気遣いありがとうございます」
滅しましょう、この黒豆。
「北白川、この方の守護は鉄壁だわ。ご先祖さまを大切にしているのね。だから落ち込む程度で済んでいるんだわ」
お嬢様の仰る通りでございます。程度の低い嫉妬心から、怨嗟の有刺鉄線を投げつけられたにも関わらず、遼様の衣装のみがダメージを受けておられました。そしてお嬢様の手によって打ち返された「呪」は綺麗に本人に「戻」されております。
「左様でございますね。ただ、あながち無関係とも言いにくい気も致します」
「……やっぱりそうよね」
「あの、何の話ですか」
困惑気味の遼様がお嬢様を見ておられますが、北白川、この状況は我慢なりません。無言で遼様の視界にフレームイン。からのどアップで失礼致します。
「遼様、あなた……人の念を集めやすいようにお見受け致します。簡単に申し上げるならば、クヌギの木に群がるカブトムシ。そう言った体質でございますね」
「く、クヌギ?カブトムシ?」
北白川の圧に恐れをなしたのか、遼様はソファの背もたれにへばりついております。しかし、ここで止める北白川ではございません。使えるものは己の美顔ですら武器にする。それが北白川でございます。
アイドルごときに劣る顔面など持ち合わせてはおりませぬ故。
「樹液を垂れ流すクヌギは、甘い蜜の匂いを発するのでしょうか。近くから遠くから呼ぶのでございます。……カブトムシを」
「は、はぁ。あの……近いです……」
「わざとでございます。で?何か自覚はございませんか。近頃不審な物音がするとか気配がするなど。何処かに行った後から、あるいは誰かから何かをもらった時から、など」
北白川の言葉に、遼様の目が見開かれました。
「それは、えっと確かにあります。気味が悪いのでマネージャーに処分してもらったんですが」
その言葉に反応したのはお嬢様でございました。
「何をもらったんですか?」
「……人形です。僕の推しぬいらしくて。手作りだって」
「──他には?」
遼様がみるみる顔色を無くされていきます。
「手製のアルバム……」
余程気味の悪いアルバムだったのでしょう。遼様は顔を伏せられました。
「北白川、その現物が見たいわ。急いで手配して」
「承知致しました」
ポケットから神筆を取り出したお嬢様が、一筆目を描く準備に入られております。のんびり詰めている場合では無くなりました。北白川も準備がございます。
そこで、さぁ!式神の皆さま方!!出番でございますよ!
速やかにビル中の廊下を掃き清め、赤絨毯を敷くのです!!今すぐ!!
お励みくださいませ!!!




