EP:31☆俺と一緒に逃げようよ!
私は馬車が停めてある場所まで走ると、馬車の影に隠れてその場に泣き崩れた。
どうしようもないほどの涙が、次から次へと溢れてきて両手で顔を覆った。
嗚咽がこぼれて止まらなかった。
胸が張り裂けそうだった。
もうあんな二人見たくないよ……っ
すると……
「……はぁ、はぁ……リオ」
息を切らす聞きなれたアル様の、優しい声が頭上から降ってくる。
けれど、今の私は涙がとまらなくて顔をあげることなんてできなかった。
アル様は息を整えるとゆっくりと私の前にしゃがみこんで、切なそうな声で私に声をかける。
「……そんなに、辛かった……?」
私は時たま嗚咽をこぼしながら、顔を覆ったままこくこくと頷いた。
次の瞬間、アル様は大きな腕で私を力強く抱きしめた。
「……だから、俺にしとけばって言ったじゃん……」
耳元で聞こえる小さなアル様の呟き。
ぎゅっと腕に力を込めるアル様に、驚いて顔を上げた私。
その瞬間ぱちっと目が合うと、真剣な顔をしたアル様。
「ねぇ、リオ……俺と一緒にどこか遠くへ逃げない?」
「……え?」
「何度も言ってるけど、ギルのことでそんなに苦しむくらいならさ……、全部捨てて俺のところにおいで?
本気だよ……俺とここから逃げない?」
アル様の目は本気だ。
あまりの辛い状況に、その誘いに心がぐらぐらと揺れる。
こんなにも苦しいならば……何もかも忘れて優しくて大好きなアル様と、どこかへ逃げてしまうのもありかもしれない……
と、心の中で思ってしまった。
そして、私は力なく笑うと決める。
あぁ……もういいや……逃げよう……
そう決めて頷こうとした。
なのに、それを止めるみたいに
私の脳裏には、走馬灯のようにたくさんの光景が思い浮かぶ。
なんでこんな時に?反則じゃん
って、思うけれど頭の中で記憶の蓋が弾けたかのように、次から次へとたくさんの映像が流れ込んできてとまらない。
意地悪に笑うギル様との初めて出会ってから今日までの日々。
それと同じくらい、公爵邸で出会ったみんなとのあたたかくて愛おしい日々が頭の中を駆け巡る。
どこかに逃げてしまいたいのに、ギル様のことだけじゃない……、一緒に思い出すのはあたたかい屋敷のみんなとのたくさんの楽しかった日々にまた涙が溢れてとまらなくなる。
いつも怒ってばかりだけど可愛いレオ様。
美味しい食べ物で元気をくれるロキさん。
はじめて外でできた同性の友達のようなメイドのミア。
いつも慌ただしく走り回る私を見守るレイヴン公爵邸の使用人やメイドたち。
たった数ヶ月だけれど、前世から記憶のある私が、人生で一番だと思うほどの楽しくて幸せな時間を過ごさせてもらった。
前世で苦しい時間を過ごした私。
これが神様からのプレゼント……?
ギル様と温かいみんなの笑顔や楽しかった日々が、頭の中に濁流のように流れてくる。
……嫌だ……あの場所から離れるなんて考えられないよ……。
みんなのいるあの公爵邸が大好き……みんなといつまでもずっと一緒にいたいよ……。
私はギル様が大好きだけれど、それと同じぐらい公爵邸のみんなが大好きだ。
なんにも変えられない、かけがえの無い大好きな場所。
神様からのこんなにも素敵なプレゼントを無下になんてしたくない……!
神様……ありがとう……!
そして冷静になってきた頭で考える。
ギル様の婚約者として隣にたちたい。
あの公爵邸にちゃんと迎えられたい。
他の人がそこに立つのは……いやだ。
大好きなみんなとずっとずっと一緒にいつまでも過ごすのは私でありたい!!
そして、優しく私を抱きしめてくれているアル様に対してもそれは同じ。
アル様の胸をそっと押すと、腕の力がゆるんだアル様を見つめる。
今度は私が、アル様の頬を優しく両手で包み込む。
「アル様……私と逃げるなんて……そんなのだめです。もちろん、アル様がいなくなっちゃうのだって絶対だめですっ」
「リオ……?」
「ふふっ……むかつくんですけど、私ギル様のことがすごく大好きなんです。
さっきまですごく胸が苦して辛かったんですけど……それって好きだからでしょ?」
「くすっ……そうだね」
「それに、公爵邸のみんなのことも、アル様のことも同じぐらい大切で本当に大好きなんですよ?
だからアル様には、これからもそばにいて欲しいし、公爵邸を守っていてほしい……。ギル様とだってずっと仲良しのままでいてほしいんですっ
……ずるいですかね?えへへっ」
私の今の精一杯の気持ちをアル様に伝えるとアル様の頬からそっと手を離した。
ずっと静かに聞いててくれたアル様は、切なそうに深くため息を吐いた。
そして、力なく綺麗に笑う。
「ふふっ……リオって強欲だなぁ……
あーぁ、作戦失敗」
アル様は諦めように笑うと言葉を続けた。
「今日さ……ギルと王女様の姿をリオに見せれば、俺に乗り換えてくれないかな……なんて、最低なこと思ってたんだよね
悲しませてごめんね
……はぁ、完全に俺の負けだね……」
「アル様……」
「ふふっ、そんな顔しないでよ。
……ほら、大好きな俺やレオ、公爵邸のみんなとずっと一緒にいるために、自分の居場所を作りたいんでしょ?」
「……はいっ!」
アル様は私の濡れた頬を指先ですっと優しく撫でると、微笑んだ。
「それなら……リオがやらなきゃいけないことは一つだよね?しっかり自分の手でその居場所を手に入れておいでよ。
いっておいで、リオ」
「はいっ……アル様ありがとうございますっ!!」
アル様の力強くて優しい言葉に、私は満面の笑みで返事をする。
そして……
「アル様っ!!だいすきですっ!!」
レオ様にするようにアル様にも思いっきり抱きつく。
「わっ?!もう……はぁ……ほんとにリオは……」
アル様は呆れたようにくすくすと笑うと、私の背中を優しく撫でる。
「ねぇリオ」
「はい?」
アル様から離れて顔をあげると、アル様は意地悪そうな顔で笑う。
「俺ね、こう見えても、かなりしつこい男みたいなんだよね。
……だから、もしギルとなにかあればその度にいつだって俺が君を奪いに行くから、忘れないでね?
これからもずっと一緒ならいつだってチャンスはあるよね」
「へっ?!?!」
にっこりと笑うアル様に、思わず目を丸くして固まる私。
固まる私を見てアル様は楽しそうにくすくすと笑っていた。
「……まぁ、とりあえず、いつまでも俺はリオの一番の味方だしずっと側にいるよってこと。ほら、がんばっておいで」
アル様のその優しい表情からは、私の幸せを本気で思ってくれているのが伝わってくる……。
こんなにも背中を押してくれている……。
「アル様……がんばってきますっ!」
アル様はぽんっと頭を優しく撫でると、優しく笑って手を振った。
そんなアル様に私も満面の笑みを返して、ギル様の元へと急いだ。
くよくよなんてしていられない……。
大好きな人と大好きな場所……、この手で掴んでみせるっ!!!




