お転婆令嬢は十六歳になりました 前編
本日コミカライズ発行日です!
記念としてルルアンシュ十六歳編です。ちょっとギリギリになったので、言い回しが回りくどかったり、誤字等が残っているかもしれません。たまに読み返して修正するかもしれませんが、ご容赦ください。
ガタゴトと揺れる馬車に乗ることもう何日だろうか。十年近く国をまたいで移動していた経験はあるけれど、人が使う移動手段に乗る経験が子供より少ない私にとって、この振動はとてもしんどい。一年前にも経験はしたけど、たった一回で慣れるはずもなく、むしろ一年も前のことなので既に体も忘れていた。
麻痺し始めたお尻にうんざりしつつも、もう少しで自分の家に着くのだと自分を宥める。
「あとどのくらいかかるのだったかしら?」
「お嬢様、毎日それを聞いてますよ。あと二日はかかるはずです」
「二日、もう少し、もう少しと思っているけど、あと二日も揺れていたら、私のお尻割れちゃうわ」
「元より割れております。下品ですよ」
馴染みの専属侍女であるエルダからのお小言もスルーしつつ私は溜め息をついた。こんな道のり、クロ様がいたら一日もかからずに済んでたのに。だけど、仕方ない。辺境の私の領地ならまだしも、王城の近く……首都までの道のりを竜化したクロ様に乗っていくなんてそうそうできるはずもない。いくら同盟を結んだといっても堂々と空を侵攻していいわけじゃないのだから。
まあ、実は私が十歳の頃に参加した王女王子のお見合いパーティー兼社交パーティーの際には、クロ様は目立たない夜に移動してちゃっかり別邸にまで押しかけてきていたんだけど。
「まあ、待ち遠しい気持ちはお察しします。ご家族の方は社交シーズンに合わせて別邸の方にいらして顔を合わせることはできましたが、それでも半年ぶりですし、何より竜王様とは一年ぶりですものね」
そう、この国の貴族は十五になると首都にある学校に一年通うのが習わしだ。リカルド兄様もルーク兄様も同じように通っていた。私もまだ結婚前でこの国の貴族の娘である以上、学校に通うことになった。
だけど、六歳に婚約を結んでからそれまでずっと定期的に竜人国と行き来して過ごしていた私は、案の定クロ様から大反対を受けた。どうせあと数年で結婚して竜人国の王妃になるのだから必要ないとまで言われてしまったのだ。
けれど、私は辺境伯の娘で、同盟を強固にする名目もあって婚約を結んだ。クロ様にとっては国のあれこれの方がただのおまけでも、そういう理由付けはヒト族には重要だ。だから、竜人国の王妃となるからと自国の繋がりを疎かにすれば、私の領が寝返る心配とか独立の疑いを持たれる可能性があるわけで。
そんな隙を私が与えるのは嫌だし、ちょっとしたことでそういう波紋を作ってしまえる力を持つのが竜人国だ。そう言ってどうにかクロ様を説得したら、しぶしぶと受け入れてくれた。それでも一年も会えないのは嫌だと駄々をこね、どうにか首都までクロ様が行けないか考えていたみたいだけど、一応一国の王様な彼が長期間国をあけるのは難しくて。しかも、私の卒業と共に婚約式を挙げる予定もあったこともあって、敢え無く断念したようだ。
そのため、本当に一年もクロ様とは顔を合わせていない。その代わりに、文通はしたけども。この年になって初めてクロ様と手紙を交わしている事実には順番のあべこべさにおかしくなった。
「そうね、最初はきっとあっという間なんだろうって思ってたんだけど、結構寂しく感じたから……ある意味でよかったのかも」
「寂しいのに、よかったのですか?」
「ふふ、だってクロ様とは幼いころからずっと一緒だったのよ。一応婚約者としての恋情を持っているつもりだったけど、実感は薄かったし、もしかしたら家族愛に近いものなのかもってちょっと自分で疑っていたもの。でも、一年離れてみて、やっぱり家族に思う気持ちとは違うんだなってわかったもの。私には、必要な時間だった気がするの」
一年しかない学校生活はとても楽しかった。前世でもほとんど学校に通えなかったので、実はかなり楽しみにしていたのだ。貴族として通うので、勉学のためというより社交のためのものではあったけど、普段顔を合わせることもない人たちと友人関係を結べた。それに、竜人についていろいろ聞かれたので、クロ様に植え付けられたイメージを改善できたとも思う。
もちろん、いいことばかりでもなかった。嫌な思いをしたときはとても寂しくなってクロ様に会いたいとも思った。だけど、だからこそ、こういう時に一番最初に思い浮かぶのがクロ様になっていた事実に気づけたし、今まですごく大切にされていたのだと実感できた。
物理的な距離というのは、心の成長を促すのに必要だったんだ。
「確かに、お嬢様はこの一年でとても大人っぽくなりましたね」
「あら、でも私、結婚してもお転婆は卒業しないわよ」
「それは卒業してくださいませ!」
だって竜人国ってそういうお淑やか~とか堅苦しい礼儀作法なんてほとんどないもの。そんな中で一人だけヒト族らしく澄まし顔して過ごすなんて無駄じゃない。肩凝るだけだし、そんなことするくらいなら今まで通り活発に動いて国の発展を考えた提案とか活動をした方がクロ様のためにもこの国のためにもなるだろうし。
なんて、言い訳がましいことを考えつつ敢えて説明はしない。ツンとそっぽを向いて窓の外を眺めた。大分辺境の地に近づいてきているので、景色は代わり映えのない森のような場所だけど、それが何だか懐かしくてホッとした。
◇ … ◆ … ◇
お尻が本当に四つに割れそうになるかもと思うころにようやく帰宅した。砦のような無骨な城に森のような庭に迎えられ、すごく懐かしい気持ちになった。
馬車から降りようとしたら、地面に足を付けるその前に体が浮き上がる。軽々と持ち上げられて抱き上げてきたのは、一年ぶりにもなるクロ様だ。
「アンシュ!」
「クロ様、ただいま戻りました!」
クルクルと回転するクロ様は満面の笑みだ。もう大きくなった私でも重さを感じさせない行動に苦笑する。
「ルーシュ、お帰り」
「お帰りなさい」
ようやく地面に降ろしてもらえば、同じように出迎えに出ていた父様や母様たちからも挨拶をもらう。私も満面の笑みでただいまと応え、ようやく城の中に入った。
「慌ただしいとは思うが、来週には婚約式がある」
「ドレスは私の方で候補を絞って作ってしまったけど、本当によかったの?」
私とクロ様はもう十年も前に婚約を結んではいるけど、正式に周囲にお披露目はしていない。それというのも、この国の婚約式自体、成人に合わせて行うことが多いからだ。正式な婚約ではあるけれど、子供の頃に結んだものはいろんな理由で破断になることも多い。そのため、もうほとんど覆ることはないだろうという時期になってから周囲にお披露目するのだ。
竜人国のほうでは番というものが存在することと、王侯貴族という縛りがあまり強くないので、婚約式自体ほとんどすることはない。それは王様であるクロ様も同じようだ。さすがに結婚式は行うけども。
そのため、今回のこの婚約式はヒト族にお披露目するためのものなので、この辺境の地で行うことになった。ちなみに、クロ様は婚約式などせずにさっさと結婚式を挙げようと主張していた。
「はい、母様のセンスは一番信用していますから。今から見るのが楽しみです!」
「それならよかったわ。不足があると困るから式の前に一度袖を通して城内の皆さんにはお披露目しておきましょうか?」
「アンシュ、その着替えの際には私の国の者にも手伝わせるつもりだ。これからヒトとの関わりが多くなる故に少しでも経験を積ませようかと考えてな。悪いが協力してくれるか?」
「はい、わかりました」
クロ様のお願いを快く引き受けて、一度私は自室に戻る。今日はそのままゆっくりできるけど、明日からは婚約式の進行の確認やら準備で大忙しだ。こんな辺境まで来てくれるお客さんのためにも準備は大事だし、仕方ない。とりあえず今日はもう届いているっていう衣装だけを確認しておくことにした。
「貴方がクロヴィス様の番を自称しているっていう人間の女ね? 顔はまあまあみたいだけど、こんな弱そうな小娘だなんて拍子抜けだわ」
さてさて、着付けてくれる竜人の侍女さんと一度顔合わせしておこうと思って部屋に呼んだ結果、開口一番がこのセリフでした。私がいなかった一年の間に来た人らしいけど、すごい人だな。
「いい? あの方の運命の番は私なのよ。貴方、人間で番のことなんて何も知らないでしょ? 繋がりすら感じられないくせに今までよくクロヴィス様の隣に居座っていられたわね?」
まあ、確かに私は番という感覚はわからない。クロ様が私を番だと言って引かなかった結果、婚約したのだから。だけど、どうしてそれで私が〝自称〟していることになるのか。この人はその経緯を知らないのかな?
「私はあの方を一目見たときに気づいたの。純粋な竜のオーラ、見目麗しいお姿、そして何よりあの存在感。全身が痺れるほどの衝撃を受けたわ。これがきっと番としての本能だって気づいたの」
ちなみに私はここまで一言も発していない。入って早々喧嘩を売られ、そして語り始めた彼女に、背後に控えたエルダは殺気ビンビンで睨みつけている。竜人にヒト族が純粋に勝てないので、その殺気にハラハラするんだけど、彼女は一切気づかずにまだクロ様について語っていた。
いつまでこの話に付き合えばいいのかしら? まあ、話の内容だけに、今まで彼女の話に付き合ってくれる人がいなかったのかもしれない。十二歳の時に私に不満のあるメイドが姿を消してからは、クロ様の周りでは私に悪意ある人は一切いなかったから。きっと誰も相手にしないだろうと思う。
でも、排除までされていなかったということは、今まで表立ってそんな話をしてこなかったのかもしれない。それなのに、私には牽制するために口にした結果、今まで溜め込んだものが爆発しているのかも?
なんて、暇だから無駄に考えてしまったけど、そろそろ話を進めたい。
「……貴方がクロ様の番かどうかはまあこの際置いておいて、今回ここに来たのは私の着付けのためですよね? 着付けは明日には行いますので、二時には衣装室に来ていただきます。それでは」
未だクロ様と会った時のことを語っていた彼女の言葉を打ち切って話を通した。顔は合わせたし、要件も伝えたのでいいだろう。
「な、ちょっと、図々しいわね! この私に貴方の使用人のような真似をさせると言うの!?」
「図々しいも何も、そのために貴方はここに来たのでは? 仕事の内容に竜人もヒトも関係ありません。むしろ仕事をしないのでしたら私の国へ足を踏み入れないでください」
個人的に観光やら何やらで手続きをしてこの国に入っているのなら別に文句もないけど、仕事のためにクロ様に同行して関所を通っているはずだ。ならばちゃんと仕事をしてほしい。特にここは私の家で、私の部屋だ。呼び出したのもその仕事についての打ち合わせのようなもの。きちんとした自己紹介すらできない人とこれ以上会話することもないので、私は扉を騎士に合図して開けさせて出ていくように促した。
「っ、覚えてなさいよ!」
カツカツと荒々しい足音を響かせて出ていく彼女の背中を見つめながら、軽く溜め息をつく。
「忘れようにも強烈過ぎて忘れられない人ね。まあ、名前聞いてないから覚えられるものは顔しかないけど」
「キンキンと耳障りな声でしたら私の耳も覚えておけます。ですが、よろしいので? 彼女を着付けの際に呼んで。何をするかわかりませんよ?」
「そうね。まともに仕事ができる気がしないし、どんな妨害してくるかもわからないものね。でも、だから明日の着付けに呼んだのよ」
私の言葉にエルダは瞬きを繰り返す。そうして一拍おいて理解したのかなるほどと頷いた。
「一応怒ってはおいででしたのですね?」
「怒りよりは、呆れの方が強いけど。でも、まあ、ああいう人は何度か相手してるもの。一人で悶々とするのも、我慢するのも、真面目に対応するのも、必要ないってもうわかっているわ。そうでしょう?」
私が幼いときはほとんど問題が起きなかったけど、それはやっぱり幼いからこそ。成長期を迎えて、身長が伸び、徐々に女性らしい体形になってからは私を大人として扱う人が増えた。それに伴ってやはり竜人であってもクロ様に心寄せる人が出てくるのだ。それはやっぱり、番がいない竜人がそれなりにいるからだ。
とはいえ、さすがに彼女のように自分が番だと名乗り出てくる人はいなかったけど。
「そうですね。お嬢様はお心が強くなられました。もうあんな人たちに振り回される必要はないですものね」
「まあ、みんなの協力は必要だけどね。エルダも、明日の段取りよろしくね」
「かしこまりました」
いつもより丁寧に頭を下げる彼女に、私の考えが間違いなく伝わっていると感じて満足する。途端、明日の衣装合わせがとても楽しみになったのだった。
後編は正午に合わせて予約投稿済みです。




