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お転婆令嬢は十六歳になりました 後編

 翌日、意外なことに彼女はきちんと約束の時間にやってきた。とはいえ、昨日もそうだったけど、侍女とは思えないドレス姿で……だけど。竜人族は総じて好戦的な種族だ。力=地位という種族特性があるからでもあるけど。それでも城で働く使用人や文官は存在するし、そういう人たちは自分の地位を自覚している人しかいないから、服装もそれに見合ったものを身にまとう。つまり、きちんと侍女なら侍女で相応しい格好が決まっているのだ。メイドと違ってお揃いの支給された衣装ではないけれど。


 昨日は彼女のセリフに驚いて気にしてなかったけれど、彼女が身にまとっているドレスはどう考えても侍女に相応しいものではなかった。色味の派手さもそうだけど、それでは動けないだろうというゴテゴテした衣装だ。それで私の着付けを手伝うというのだから驚きだ。


「本来クロヴィス様の本当の番である私が貴方の言葉を聞く必要はないのだけど、まずは貴方によくよく自分の立場をわからせなければならないようだし、仕方なく来てあげたわ!」


 赤く鮮やかな髪を揺らし、胸を反らすその姿はまるで懸命に自分を大きく見せようとする幼子のようにしか見えない。私が番を自称していると思い込んでいるようだけど、自分自身こそが自称していることに気づかないのだから、実際彼女の精神年齢は低いと考えた方がいいだろう。


 だからこそ、彼女を乗せるのも簡単なはず。


「わからせると言いますが、どう私に証明するつもりですか?」


「どうって……」


「だって、私は番という感覚を知りません。それでも、クロ様が私を番だと言ってくれているから、現在私はこの立場にいるわけです。それで、そんな私に実はクロ様の番が貴方なのだと、わからせる方法は考えているんですよね?」


 周囲に何も言わずに私の前でだけ態度をでかくする。そんな彼女が、そんな方法を考えているはずがない。だけど、そんなことはないのだろうと決めつけた態度を見せれば、きっと見栄を張るはず。そう思って笑って問いかければ案の定、視線を彷徨わせつつもちろんよと反射で答えた。


 そんな彼女の視界に入るのは憎むべき私と、今日のために用意された衣装しかない。そうなれば、自然と思いつく方法は限られてくるだろう。




 自分さえクロ様に()()()()もらえれば、解決するのだと。




「クロヴィス様はまだ私のことを見つけてくれていない。だからこそ、貴方を未だに番だと勘違いしているだけよ! つまり、その服を私が着て、クロヴィス様にお披露目すれば、私が運命の番なのだと気づいてくださるわ!」


 恋は盲目。ヒトでも竜人でもそれは変わらないらしい。好きになった人が、自分を好いてくれる。そんな願いのような妄想は誰だって一度はするもので、その妄想から勘違いする人だってたくさんいるだろう。それも、きっと種族は関係ない。


 彼女がクロ様を好きで、だからこそそんなことを言うのだろうというのも理解できる。


 でも、だからクロ様を譲るかどうかは全くの別問題なわけで……。


「つまり、この衣装を貴方に譲れ、と?」


「ええ、そうよ。私がクロヴィス様の番だもの。その衣装を着る権利は、むしろ私にあるでしょう?」


 いや、衣装を用意したのは私の母様で一切合切貴方に権利なんてないけども。子供でも分かりそうなことに、けれどどうにか文句を飲み込んだ。ここで否定することも反発することも簡単だけど、そんなことはしない。むしろそれを狙って仕組んだことなのだから。


「いいですよ、試してみましょうか」


 あっさりと了承した私の言葉を彼女は何故か気にしない。そうなるのが当然だと思い込んでいるから。


 いつかは自分を見つけてくれる。


 いつかは私ではなく自分が選ばれる。


 だって、自分は私とは違って竜人で強いから。自分さえ見てもらえれば、番だと気づいてもらえるのだ。


 揺るぎない自信が真実を曇らせていることに気づいていない。番がどういう存在なのか、勘違いしているから理解できない。


 結局その思考はヒトと変わらないことに――。






「お嬢様、竜王様がお見えです」


「お通しして」


 着付けを終えた後、エルダの言葉に私は頷く。前もってクロ様には約束を入れていたのだ。開け放たれた扉からよく見える中央にいるのは、艶やかな赤いドレスを着た彼女。クロ様の登場に目を輝かせてまっすぐに見つめる彼女は、頬を上気させて純粋に恋をするただの乙女だ。


 その姿だけを見るならば、まだ可愛らしいと思えただろう。私より大人なのに、何も知らない乙女のようなアンバランスさは、まるで物語のヒロインのようだ。


 そんな彼女をクロ様はまっすぐに見て、すぐに視線を外した。表情は何も変わらない。変哲もない景色を目に映しただけの態度に、彼女は瞬時に凍り付いた。


「ク、クロヴ――」


「アンシュ! そんな場所にいたのか!」


 気づいてもらえない、認めてもらえない、そんな事実を受け止めきれず名を呼ぼうとした彼女の声を遮り、私を見つけたクロ様が声を上げて近づいてきた。ドア脇に控えたメイド姿の私に。


「アンシュはそのような格好でも似合うな!」


「クロ様、王様がメイドを突然抱き上げてはいけないんですよ!」


「何を言う! メイドはメイドでも私の番だ。それに、アンシュがメイドならば、世話をするのは私しかいないだろう?」


「世話云々を言うのなら、それこそ世話される側が抱き上げるのは違いますよ」


 なんて言ってもきっと聞いてはくれない。仕方のない人だと苦笑して、甘えるように首に腕を回した。


「今日はもう予定はないし、ティータイム含めてクロ様のお世話させていただきます」


「本当か! では、私の部屋へ行こうか。明日は衣装合わせ(・・・・・・・・)だったな? その後、城の者には先にお披露目だったか? その後はまた準備で忙しないし、今日は夜まで共にいられるだろうか?」


「そのつもりでこの格好したんですよ。今日はクロ様のメイドです」


「ふふ、愛らしい私だけのメイドだな」


 本当に嬉しそうに笑って頬にキスをしてくるクロ様に、私もお返しをする。その間、お互いにお互いから視線を外さない。クロ様は純粋に、私は意識的に。そうして、二人だけの世界を見せつけて、絶句している彼女に思い知らせるのだ。


 彼女の望み通りに、クロ様の番は誰かというのを。


「嘘よ、嘘よ嘘よ嘘よ!」


 狂ったように呟いて彼女は首を振る。綺麗にセットされた髪は激しいその動きに乱れていく。


「クロヴィス様は私の、私だけの番よ! ねえ、そうでしょう?!」


 震える声で縋り付くように足を進める。けれども、番という言葉にクロ様は瞬時に険しい表情を浮かべて、彼女を睨みつけた。その一瞥だけで彼女は動きを止める。凍り付いたように、息すらも。


「誰だ、こいつは」


 冷ややかな声で問いかける。彼女が竜人なのはわかっているので、エルダにではなく静かに控えていたクロ様の側近であるドイルに。


「ああ、着付けのために今回同行していた侍女ですよ、陛下」


「こいつが? 侍女のようには見えないが」


 明らかに飾り付けられている姿を見て、首を傾げる。この衣装に着替える前ですら侍女には見えなかったけども、今は更にだろう。


 でも、普段からあの姿でいるのにドイルには何も言われなかったのだろうか。それとも、ドイルさえ姿を認識してもらっていないのか。まあ、その辺はどうでもいいか。


「何にしても不愉快だ。勝手に番を名乗るなんて」


「そうですね、有り得ないことです」


 基本、竜人は強者に従う種族だ。相手の力量を見ただけで感じることができる彼らは、決して自分より強い人に逆らうことはしない。それでも会話くらいは普通にする。それでも、一部禁句ワードがある。それがまさに竜の本能でお互いわかるという〝番〟だ。


 お互いに惹かれ合い、番だと認識したとしても、弱者から強者に番であることを先に口にすることは普通ないのだそうだ。そんなことをしなくても、本能が強いのは強者側であるため、弱者よりも先に行動を示すからだ。


 そして、番という存在は相手の姿かたちを認識した(・・・・・・・・・)からわかるものではなく、もっと()()()なものらしい。クロ様が私を見つけたのも、まだ姿を見る前だった。私が子供だということもわからなかったし、出会った当初は髪を帽子に隠した上にズボン姿ということもあって、男だとも思われていたのだ。


 それを私は幼いころから何度も聞いて確認してきた。だからこそ、彼女が言うクロ様への気持ちが〝番〟相手に抱く思いではないってわかっていた。わかっていたから、この茶番を計画したのだ。


 明らかに彼女が視界に入るように、出会いを演出した上で、クロ様の反応を見せるために。


 そして、見事彼女は見せつられることになった。本当の番に対しての反応を。


「クロ様、彼女はクロ様に普通に恋をしていたのです。竜の本能が薄い竜人は、番に気づけないのでしょう?」


「つまり、その感情を番への思いと勘違いした、と?」


「相手を愛することと、番への思いが同じと考えるのは、番を認識したことない人には仕方ないと思いますよ」


 まるで彼女を擁護するように言葉を並べてみるけど、クロ様の表情が緩むことはない。どんな理由があり、彼女が勘違いしたとしても、クロ様に対して最大のタブーを犯したのは変わらない。それに、私自身も別に彼女を庇うつもりはない。


「だから、教えてあげようと思ってあの服を着せたのです」


「……? あの服はアンシュのものなのか?」


「まさか! 彼女のサイズと私のサイズは違いますし、母様が私のために用意してくれた大切なドレスを他人に渡したりしません。ちょうどよく以前ドレスショップからいただいた見本のドレスの一つです」


 それを婚約式に着るドレスだと勘違いさせるように置いておいただけだ。それを疑いもせずに着て、意気揚々とクロ様を待っていた彼女。少し意地が悪いと思うけど、それでもクロ様から直接否定されるという流れは必須だったと思う。


 こういう勘違いした人に対する経験値はそこそこにあるのだ。


「まだ、理解できない?」


 未だに緩く首を振って否定している彼女に、私は視線を向ける。絶対的安全域(クロ様の腕の中)に身を置いた状態で堂々と胸を張る。とても格好がつかないけど、まあ、鉄壁の防御だし仕方ない。


「番は本能。見目がいいから、オーラが強いから、存在感があるから、自分と力が釣り合っているから、そういうことで決まっているわけじゃ決してないし、相手を認識してから気づくようなものじゃないって。貴方は私が番を自称していると言ったけど、それすらあり得ない。それに気づかなかった貴方は、ヒト族以下の認識だと理解すべきだわ」


 知識があればヒト族はマナーを守る。上位の者に不用意に下位の者が近づいて失言をすることはない。竜人族の番の対するものはまさにそれと同じだ。その知識はきちんと彼女にだってあるはず。それなのに、番だと信じるあまり許してもらえると勝手に思い込んで暴走した。


 よりにもよって、絶対の強者で頂点であるクロ様に。


「ひ、ヒト族、以下ですってぇ!」


「事実だろう」


 私よりも先にクロ様が冷ややかに告げる。その声と共にオーラも放っているのか、彼女はその場に膝をついた。


「ひぃっ!」


「お前、私の番を馬鹿にするだけでなく、そのドレスを奪ったのだな?」


「ち、ちがい、ます。私は、あなたの……だから、これは、わたしの」


「ハッ、私の番なら何を奪っても許されるとでも思っているのか。なんて傲慢で浅はかな。この国は竜人国ではない。この地はヒト族の国で、この地はアンシュの父の領地だ。そこに足を運んだ身でありながら、他人の家に上がり込んで人の物を強請ったのだ。奪ったと同意だろう」


 まあ、了承はしたけど、道理にもならないことを主張して意気揚々と着ていたのだから、違うとは言えないよね。


「侍女としてこの地に来たのだ。私の城に入る際にはそのような世迷言は口にしていなかったはずだ。それまでは多少は分別を持っていたのだろうが、どうせならもっと早く本性を出せばいいものを」


 そしたらアンシュに不快な思いをさせずに済んだのに。そんな副音声が聞こえた気がした。苦々しい顔は番を名乗られた自分の不快さより、私を思ってのことだと思うと嬉しくなる。


「クロ様、竜人国での侍女育成はこれから私も含めて選別してからしましょう? 純粋にクロ様に憧れてくる女性も多くいるのは私、わかってますし」


「……そうだな、アンシュがいないのにそのまま募集したのが悪かった」


 クロ様に憧れているだけじゃなくて、竜王に番が見つかったこと自体を喜んでくれている人も多くいる。今、城で働いている人はほとんどそういう人たちだ。特に十二歳を境に入ってきた人たちは私に批判的な人たちは雇用しないようにしていたはずだ。


 だからこそ、私に会うまではあの人も言動に気を付けていたはず。だから、気づけなくても仕方ない。


「クロ様、こういうことはヒトも竜人も変わりません。私が結婚するまでは少なくとも出てくるんです。だから、そこまで気にしなくていいんですよ」


「しかし……」


「それに、別に不安になったりしません。私自身番の自覚はないけど、でもそれ以上にクロ様が私を愛してくれている自信はあるから」


 これから先、番という自覚は生まれない。それでも、クロ様とはもう十年の付き合いがある。だから、不安になることなんてない。たまに竜人ならではの特性ですれ違いが起きるけど、どんな時でも私のことを思っていてくれることはわかっている。だから、今更クロ様の気持ちを疑うことなんてない。


 もし、本当に私が番じゃなかったとして、本当の番が出てきたとしても、きっと私は揺るがずに同じことをするだろう。それに、クロ様はきっと応えてくれるはずだと信じて。


「はは、流石は私のアンシュだな」


 途端、とろけるように目を細めて微笑んだクロ様は、そのまま顔を寄せてくる。それに抵抗なんてしないで、その唇を受け入れる。一年ぶりの口づけに、少しだけ恥ずかしく思うけど、変わらない優しさと温もりに胸が熱くなった。


「いやあああ! クロヴィス様! 嘘よ、やめてえ!」


「……はあ、うるさい」


 甲高い声に眉を寄せてまた冷ややかに声を放った瞬間、彼女は痙攣をするかのようにびくびく震えて声を止め、その場に崩れ落ちた。そのあまりの動きに驚いて固まれば、クロ様は私を宥めるように背中を撫でた。


「気にしなくていい。気絶させただけだ。私の番を詐称したとあっては、本来なら極刑に近いが、アンシュは望んでいないだろう?」


「竜人にとってそれほどタブーであることは知っていますけど、今回は明らかにわかる嘘だったので誰も騙されていませんし、クロ様さえよければ」


 人の死というのは好き好んで背負いたくはない。けれど、この世界の命の扱いは私が元々いた世界とは違う。特に身分というものがある以上、絶対王者であるクロ様が望めば処刑は免れないことだ。私もクロ様の意見を捻じ曲げてまでこの人を庇うつもりはなかった。


 それでも、誰も彼女に振り回されてはいない。実際被害はほとんどないのだ。そんな彼女を殺したいと思うほど恨むこともできなかった。


「私も別にどうでもいい。多少不快な思いはしたが、もう私の前に顔を見せることもない者のことなどどうでもいい」


「はい、私もあの人には思い知らせることができたのでいいです。それよりクロ様、ティータイムの時間ですよ。行きましょう?」


「そうだな、アンシュに奉仕してもらわねば」


 何だか奉仕って言葉いかがわしいな、なんて思春期ならではな思考を巡らせながら、クロ様は私を抱き上げたまま部屋を後にした。


「ちなみに、アンシュ。私のメイド時間は寝るまで続くのかな?」


「ふふ、クロ様、メイドはクロ様の寝所までご一緒はしませんよ?」


「……残念だ」


 本当に心底残念だというように溜め息混じりの呟きに私はわざとクロ様の耳元で囁いた。


「寝所のお供はメイドじゃなくて妻の役割でしょう? だから、もう少しだけお預けです」


 いたずらっ子のようにニンマリと笑って見せれば、クロ様も息を漏らすように笑ってまたキスをしてくる。嫌じゃないけど、流石に廊下だからちょっと恥ずかしいなと思いつつ受け入れた。


「本当に、アンシュには敵わないな」


「もう少しだけ、待っててくれますか?」


「ああ、もちろん。ここまで待っていたんだから、あと一年くらいはな。だけど、初夜は覚悟しておいてくれ」


 その時になったらもうどんなに言っても待たないから。今度は私の耳元で甘い声でそう囁かれて、ゾクゾクと背筋が粟立つ。抱き上げられた状態のままでよかった。腰が、抜けた。




 敵わないなんて、嘘じゃん!



 

おかしいな、婚約式にたどり着いていない……。


この度はご覧いただきましてありがとうございます。結局結婚すらしてないのですが、それでもようやく大人といえるアンシュをかけることができてそこそこ満足しています。

クロ様の愛に自信は満々だけど、愛情表現の仕方が大人仕様になることにはいまだに慣れていない姿にクロ様はきっと可愛いと悶えながら徐々に激しくしていると思います。十二歳からここまで成長する間に、クロ様もそれなりに自制を覚えた結果の余裕です。頑張ったね……

そして、これからは初夜までに慣らしは必要ですからね!(そういう……

ちょっと際どい愛で方をしてその度にアンシュは腰を抜かす事態が増えそうですね


これにて完結とさせていただきます、が、また機会がありましたら完結を外して番外や結婚式とかの二人を追加してもいいかなと思っていますので、気が付いた際に気が向きましたら覗いてくださると嬉しいです。

ここまでお付き合いいただきましてありがとうございます。

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