お転婆令嬢は十二歳になりました 後編
「うう、ぅうう」
くぐもったような唸り声が聞こえる。聞いたこともないような声だけど、誰が出しているかなんて疑問に思わない。だってこれはまさしく自分の口から漏れているものだ。
気が付いたら部屋のベッドで寝かされていた。多分気を失ったんだと思う。何が原因かはわからないけど、猛烈にお腹が痛くて目が覚めた。
お腹も腰も痛い。けど、トイレに行くようなそういう痛みじゃない。じゃあどんなって言われたら困るけど、とにかく痛い。痛くて息が浅くなっているせいか、だんだん手足が痺れてきた。この際、痛みで気を失えたらいいのに。
「お嬢様! お気づきですか?!」
私の唸り声に気づいたのか、エルダが部屋に飛び込んできた。ベッドにうずくまる私の顔を覗くようにして視線を向ける。
「えるだ、いたい」
「鎮痛剤をお持ちしました。よく効くそうですよ」
そう言ってトレーごと渡された薬は粉薬だ。真っ白いけど、私は知っている。こういう薬は絶対に苦いことを。だけど、そんなことどうでもいい。少しでも痛みが治まるならそれで。
力が入らない手でコップを取ってまずは水を口に含む。飲み込まないように気を付けつつ粉薬を口に入れて、そのまま水を追加しつつ飲みこんだ。一瞬苦みが舌をくすぐったけど、冷たい水で誤魔化せる程度で済んだ。
「……お嬢様、今までほとんど薬なんて縁がなかったように思えますのに、飲み慣れていますね」
「え! いや、ほら孤児院には行ってたから、そこでね、教えてもらったの」
前世でさんざん薬関係には慣れていたからこその行動が今更指摘されるとは!
ちょっとヒヤッとしたけど適当に言った言葉で納得してくれたみたいで、追及は何もなく薬が効くまで背中を撫でてくれた。
それから数十分して、完全ではないけど深く息ができるくらいの痛みまで引いてゆっくりと体を起こした。
「私、倒れたんだよね?」
「はい。貧血だそうですよ」
「ひんけつ?」
まったく想像してなかった原因に首を傾げる。でも、確かに倒れる直前はここまでお腹は痛くなかった。痛みによる気絶ではないのは確かだけど、まさか貧血だとは。
食欲はなくてもバランスのいい食事はきちんとしていたのに、どうして?
「お嬢様は大人の女性に仲間入りしたんですよ」
「大人の?」
「はい。お嬢様は初潮をお迎えになったのです。ここ最近の眠気はおそらくその影響でしょう。初潮はそれほど出血量が多くないはずですが、お嬢様はどうやら多かったようで、一気に血を失って失神してしまわれたと思います」
ベッドに移す前に寝着に着替えさせようとして発覚したようだ。誰にでも起こりうる症状だと知ってエルダは安心したと固い表情を僅かに緩めた。
初潮……つまり、生理がきたと知っても何だか実感は湧かない。前世は幼いころから病弱だったのもあって十六まで生きても生理は一度もこなかったから。
でも、眠気も腰痛や腹痛も生理にはよくあることらしい。確かにこれが女性特有の症状だと分かると私も安心した。病気じゃなくてよかった、と。
「あ、そういえば、クロ様は?」
私が倒れたならクロ様にも連絡がいってるはず。そう思ってエルダに聞けば、途端冷ややかな表情を浮かべた。
「つい先ほど、お嬢様が倒れられたことはお伝えしました」
「さっき?」
「すぐにベッドに移して医者に見せることを優先しましたので多少遅れてしまいましたが」
本当は医者が来る前に連絡をするつもりだったけど、着替える際に原因が判明したので敢えて医者を待ち、ちゃんとした診断を終えてからクロ様に連絡したようだ。だけど、さっきの言い方からすると私が倒れたことだけを伝えたように思えるけど……気のせい?
「アンシュ!」
そう思っていたらドアを叩く音と共にクロ様の声が聞こえた。必死な声に心配してくれたのだとほっとした。もしかしたらそれでも来ないかもしれないと思っていたから。
だけど、焦っているわりにはドアが開かない。どうぞって許可を出しても一向に開く気配はない。
「アンシュ、無事か? 倒れたと聞いたが、大丈夫なのか?」
「はい、薬も飲んだので今はどうにか」
「どうにか!? つまり、薬が切れたら死ぬということか!」
「いえ、そういうわけじゃ……あの、クロ様、お部屋に入ってください。話しにくいです」
王侯貴族の部屋は基本的に無駄に広い。ドアまでの距離も遠いし、ドアすらも開いていないこの状態で会話をするのは一苦労だ。そう思ってお願いしたのに未だに扉は動かない。
「す、すまないアンシュ。心配は心配なんだが、その、顔を合わせるのはまずいんだ。いや、というか扉を開けるのがまずいというか、その」
煮え切らないというのはこういうことだろうか。何がまずいのか、何が問題なのか、一体どういう理由があって私を避けるのか。未だに説明もないまま避けられている。よくわからないこの状況がツラい。クロ様の言葉が言い訳染みているのがイラつく。顔が見えないのが、一緒にいられないのがモヤモヤする。
何で、と正直に聞こうと思っていた。
私が嫌いになったのか。そもそも番だから婚約しただけでやっぱり好きじゃなかったんだっけ? 気の迷いだった? 年の差を気にしていたから、やっぱり幼過ぎるって正気に戻った?
わからないから不安になって、聞きたくても顔を合わせてくれなくて、心配してくれたと思ったのに近くに来てくれなくて。
プツンと、頭の何かが切れた気がした。
「クロ様の、ばかあああああああああ!」
後からお医者様に聞いた話によると、私のこのイライラモヤモヤも生理中の女性にはよくあることらしい。普段気にしないことも気になったり、情緒不安定になったりする。血は出るは痛みがあるわ精神不安定だわなんて厄介な症状だろう。それが月一であるなんて考えたくもない。
それよりこの時私は慣れない状況に何もかもが振り切れてしまって、クロ様のことを罵倒しまくった。アホとかバカとかオタンコナスとか語彙力皆無の子供っぽい悪口しか頭に浮かばなかったけど、私の声に何かを感じたのか今まで開かずの間というほどに開けようともしなかったドアを蹴破る勢いで開けて、クロ様が中に転がり込んできた。
「アンシュ、ななな泣いているのか!?」
「クロ様が悪いんじゃん! ばかぁ!」
「悪かった、泣かせたかったわけじゃないんだ」
「泣いてない、怒ってるの!」
「ああ、ああ、そうだな。怒って泣いてるな?」
「泣いてないもん! 私を避けたのはクロ様だもん! 私のこと大好きなはずなのに、そんなのおかしい! だから、別に、悲しいとかないもん! 意味わかんないから怒ってるだけだもん! もう帰る! 実家帰る!」
「!! いや、アンシュ、待て、謝る、私が悪かった! だから、帰るな、な?」
モヤモヤする元凶の傍にいたってストレスたまるだけだ。それなら実家で安静にしていた方がいい。きっと私の家族なら私のことを甘やかしてくれるに違いない。
こんな、何も言わずに避けるなんてことしない。私を悲しませたりしない。父様は私にべた甘だし、母様は女性だから私の苦しさをわかってくれる。リカルド兄様は私の悪いところをきちんと指摘しながらも慰めてくれるし、ルーク兄様は私の行動を面白がりながらも変なことを言って気を紛らわせてくれる。
クロ様みたいに、突然離れたりしない!
「先に避けたのはクロ様じゃん! 私のこと、顔も見たくなかったんでしょ!」
「ち、ちが!」
否定されても信じられない。私の言葉をただ否定するだけで理由を一向に話そうとしないのだから。いつもだったらちゃんと説明してくれるのに。今は私が泣いた衝撃で近づいてきたけど、手を伸ばすこともなく一定の距離あけたままおろおろするのみ。それがまた、寂しくて悲しくてムカついて仕方ない。
「クロ様なんて、だいっきらいいいいい!!」
「!!!!!!!」
ボロリとまた涙が零れて叫んだ。瞬間、クロ様はまるで雷でも受けたように体を震わせて私を抱き締めた。体が宙に浮くと共に感じる強い力と香りにホッとする。たった一日ぶりくらいなのに、懐かしいと感じるクロ様の温もりと香りに徐々に気持ちも落ち着いてきた。
まだ貧血気味で、痛みに耐えていたせいで体力が削られた後に、鎮静剤で痛みを抑えたことで、心身ともに安心したからか、私はそのままクロ様の腕の中で眠ってしまった。
◇ … ◆ … ◇
翌朝、私はスッキリとした気持ちで目が覚めた。それでもまだ生理は終わっていないから腰も腹もダルいし軽く痛いけれど、立ち上がってもフラフラはしないし、あのイライラやモヤモヤもなくなっていた。
念のためとエルダが朝からお医者様を呼んでくれて診察してもらったけど、もしもの時の鎮痛剤の処方だけされて終わった。
そうしてようやく落ち着いてから改めてクロ様と向き合うことになった。どうしていきなりあんな態度になったのか、と。一晩時間を置いたことでまた妙な距離感をあけようとしていたけど、私が睨みつけたら体当たりする勢いですっ飛んできた。それでも睨むのはやめずに、抱き締めてソファーに座れと命令すればいい子の返事を返して膝の上に私を座らせた状態で腰を落ち着け、尋問の如く問い質せば渋々という態度で口を割った。
「えっと、つまり、クロ様は私に月のモノがくるとわかったから戸惑っていたということですか?」
「そ、そうだ。竜人族は番の変化には敏感だ。元よりお互いに成長した状態で出会っていたならまだどうにか対応できたのかもしれないが、ただ純粋に可愛がっていればよかったアンシュが女性として成長した証を感じてしまうと、どうしても……その、男としての性というか……意識せずにはいられなくなって」
「えっと、つまりどういうこと?」
「…………」
結局何がいけなかったのかわからずクロ様を見上げれば、彼は苦い表情でしばらく黙り込んでいた。けれど、気まずげに視線を合わせて、その重い口を開く。
「今まで番なのに軽い口づけで我慢できたのは、アンシュがまだ身体的に未熟だからだ。けれど、大人として成長してしまえば、私も先を望んでしまう、ということだ」
先、というのはどういう?
呆然と考えて首を傾げる。
私が成長することで困ること。その先を望むこと。軽い口づけの、先。そこまで考えて〝先〟の内容を理解して顔を熱くさせた。つまり、何、そういうこと!?
「ま、まって、まって! だって、先って、いくらなんでも、私、まだ十二で」
「そうだ、だから、衝動を抑えるために距離を取るしかなかった。アンシュ、よくも悪くも私は竜としての本能が強い。番を見つけた竜人は大小あるが皆基本そうだ。しかも、私は番になってから長い間君を、君自身という存在を見つめる時間を得た。番だからだけじゃない。アンシュだからこそ、私は愛している。飾らぬ言葉や態度、私に素直に甘え、私のためを思ってヒトならば羞恥することも耐えて付き合ってくれる。その優しさを愛しく思っている。番がアンシュだからこそ、更に深く好いている。そんなアンシュが大人になるというのは、竜の血を引く私には劇薬に近い。理性を失えば、誰も私を止めることはできないし、誰よりも愛しい君を傷つける可能性は否めない。そうなってはいけないと、極端な方法を取った。説明する余裕も失ってしまい、結果君の心を傷つけた、許してほしい」
息継ぐ様子もなく説明されて頭を下げられるけど、私の思考はフリーズする。初潮が来たといってもまだ全然子供の私を、クロ様はそういう意味で求めてしまったという。つまり、えっと、その、え、エッチな意味で、だよね?
前世そういうことには無縁で実際まったく想像もつかないけど、そういうことだ。だけど、実際そんなことは不可能だ。それがわかっているから本能に負けないように距離を置いた。あの態度は、私を守るためだ。その事実は、とても嬉しい。実際、言われた内容はちょっと気持ち悪いようなことだけど、それだけクロ様が私自身を愛していることに、安堵して、ジンと胸が震える。
番じゃないわけじゃなかった。
間違いじゃなかった。
まだ、クロ様は私のことを思ってくれている。
「じゃあ、クロ様とは、ちゃんとこれからも一緒にいられる?」
「あ、当たり前だ! すまない、アンシュ。そこまで不安にさせていたなんて!」
「ううん、私が、幼かったことで実は番じゃないって気づいたわけじゃないならいいの」
「は?」
今までクロ様が惜しみないほどの愛を注いでくれたから気にも留めなかったけど、突然離れたことでもしかしてって思ってしまった。思って不安になるくらい、私ももうクロ様が好きになってる。
だから、もう少しだけ体が大きくなったら、その〝先〟の行為に進んでもいいかもしれない。まあ、何をするのか全くわからないから母様に聞かなきゃだけど。これもきっとお貴族として学ぶべき内容のはずだから、初潮を迎えたことを報告するついでに聞いてみよう。
すっかり安心してクロ様の胸に顔を押し付けていた私は知らなかった。うっかり零した発言のきっかけが、どこから来たのかをクロ様がエルダに視線で問いかけ、私が知らないうちに情報が共有され、翌日にはおしゃべりなメイドが二名ほど姿を消すことになるなんてそんな事実を。
「キスくらいなら、いいよ?」
「したら止められる自信は皆無だが、それでも?」
「あ、ハイ、調子乗りました、スミマセン」
真顔のイケメンは迫力があって怖かった。
結果、一か月ごと実家と順に滞在していたのを、二週間ごとに変えて、月のモノがある時期を実家滞在に合わせることにした。
送り迎えの頻度が増えるのに、私のことを思って快く受け入れてくれたクロ様に嬉しくなる。
調子が戻ったら私の方からキスを送ろうと密かに決意して、今は抱き締めるだけで終える。それすらも、その時のクロ様には酷なことだと気づかずに……。
今回、主役の女性としての成長の象徴として「生理」をテーマにした関係でR15にさせていただきました。
こういう内容ってどうなんだろうって思いましたが、女性が子を産むための準備に入るというのはとても分かりやすい成長ではないかなっていうのと、本能が強い竜人にとっても堪らない瞬間じゃないかなと。
結果、陛下の残念具合がすごいですが、ルルアンシュがいいのならいいだろうと開き直りましょう。
一度ここで完結表記にさせていただきますが、来月のアンソロジー発売と同じタイミングで十六歳編のエピローグを追記したいなと考えております。よければそこまでお付き合いしていただければと思います。




