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お転婆令嬢は十二歳になりました 前編

お久しぶりです。

続編を書こうかと思いつつずっと書けていなかったのですが、この度このシリーズ一話目の短編がコミカライズ化する記念として筆をとりました。

土日で前後編を一話ずつ更新予定です。楽しんでもらえれば幸いです。

「私、ずっと疑問だったのよねぇ。あの孤高で最強の陛下に、人間の番なんて。何の間違い? って」


「あ、わかる。番なんて伝説級の存在でしょ? 陛下のこと疑うわけじゃないけど、あんな子供だとは思わなかったよね」


「年の差は些細なことだけど、ただの人間よ! 竜族とヒト族では寿命だって違うじゃない。しかも非力で魔力もないみたいだし。そんなお妃様なんて納得できないわよ」


 廊下の端で掃除をしながらも会話に花を咲かせるメイドたちの声に思わず足を止める。この城で過ごすようになって初めて聞くタイプの悪口だ。その悪口の対象が明らかに私だと気づいているけど、悲しみや怒りより驚きが勝ってついつい目を丸くして耳を澄ませてしまった。


「なんて失礼な。お嬢様、黙らせますか?」


 普段はクールだけど、何だかんだと過保護な私の侍女が小声で聞いてくる。その声にハッとして振り返った。


「別に大丈夫。あんな陰口、私の国ではよくあることでしょ? この竜人国で聞くとは思わなかったから驚いただけで、なんとも思ってないわ」


 きっぱりと本音で答えれば、侍女のエルダは少しだけ息をついてかしこまりましたと一言呟いて下がった。それを見届けて私はその会話から振り切るように歩き出した。


 実際、私はこの時彼女たちの会話をまったく気にしていなかった。






 ◇ … ◆ … ◇






 ここは剣も魔法も人外種もいるファンタジー世界。そこにまさか前世の地球で過ごした記憶を持ったまま転生してきた私。といっても、前世は病弱でほとんど病室のベッドで過ごした記憶しかない。だから、よくある異世界転生のチートなんて私には存在しない。


 そんな私はこの世界のヒト族の国、ローカランド王国の辺境を守護する、ユーフェリア辺境伯である父の末っ子長女として生を受けた。


 前世と違って健康的な体を得た私は幼いころから活発に動き回り、お嬢様とは言い難い生活を送っていた。自他ともに認めるお転婆娘だったのだけど、六歳になったとき、人生最大の転機が訪れた。


 交易のために足を運んできた竜人国の王、クロヴィス陛下が私を番だと認識して、なんと婚約することになったの。約二十の年の差にこっちはびっくり仰天。だけど、本能で番とわかる竜人にとって、年齢なんて関係ないみたいで、出会ってしまったらその人以外にはいないって思うみたい。


 戸惑いと困惑でいっぱいだったけど、クロヴィス陛下ことクロ様は厳つめのイケメンで好みの顔だし、私の意見はきちんと聞こうと誠意を見せてくれた。それに私がまだ家族との時間を取りたいという希望も聞いてくれる。早すぎる婚約だったけど、今ではそんなクロ様が大好きだ。


 まあ、これが恋愛かどうかは初恋もしたことない私にはわからないのだけど……。






 そんなわけで十二歳になった私は、今は竜人国の城に滞在している。一か月ごとに国を渡り過ごすという婚約時から結んだ取り決めは今も律義に守られている。クロ様の番ということでこの城では丁重に扱われているし、私の思い付きにも快く付き合ってくれる人ばかりで甘やかされている。自分の国より快適すぎる暮らしだったせいで、さっきのメイドの反応に驚いてしまった。だけど、エルダにも言ったように、自分の国では普通のことだし、むしろ今までこっちではそんな陰口一つ聞かなかったことが不思議なくらいだった。


 竜人族は基本的に強さで上下関係が決まる。男女など関係がないらしい。一番強い人が王になる、シンプルな制度だ。だから、過去には女性の王様もいたらしい。


 もちろん、それだけでは国として成立しないから、竜人族の中でも力が弱い種族で、頭のいい人たちや器用な人たちが王を支えるために城で働いているらしい。そんな人たちでもヒト族より強いのは確かだ。


 しかも、竜人に番が存在するのは確かでも、長い寿命の中でその番と出会えるのはとても稀らしい。そのせいで、竜人族の中でも夢物語のように扱われているよう。だから、誰よりも敬愛する国王が見つけた番が、竜人族の誰よりも弱そうな人間の、しかも幼児だったことに納得がいかない人がいてもおかしくない。


 今まで、否定的な言葉をここで受けたことがなかったから気づきもしなかった。甘やかされてそれでいいと思っていたことを恥ずかしく思う。もう私も十二だ。まだ子供といわれる年齢ではあるけど、陛下と婚約してすでに六年。少しずつ自分の行動に自分で責任を持つ年頃だろう。


 気づかれないように反省しながら、今後行動を起こす際は一度冷静に考えてからにしようと決める。


「お嬢様、そろそろ夕食のお時間です」


 エルダに促されて頷いて、私はその先には行かず引き返した。




 移動した先では既にクロ様が席についていた。いつもとは少し何かが違って思わず目を凝らせば、クロ様が座っている椅子が幅の広い椅子であることに気づく。周りに並んでいる椅子はきちんと一人分の幅の普通の椅子なのに。


 つまり、わざわざその椅子を用意させたことになる。そんなことをする理由なんて一つしかないだろう。


「クロ様、食べさせ合いっこはいつもティータイムの時だけじゃないですか」


「無理だ、アンシュ。ここ最近忙し過ぎて癒しが足りない」


 端正な顔を歪めながら懇願する内容はなんとも情けないものだ。けれど、確かにクロ様の顔は疲労に染まっていて、何の手助けもできていない私が文句を言って追い詰めるのはよくない気がした。それに、何だかんだ私と休憩した後は効率が上がるようで、クロ様の側近で、厳しいあのドイルさえ私相手に懇願してきたこともある。


 この国を思うなら、クロ様の婚約者として役に立つのなら、私の行動は一択しかないのだ。


「もう、スープとか零しやすいものは却下ですからね!」


 少しだけ頬を膨らませながらクロ様の隣に座れば、彼は嬉しそうに頬を緩ませる。普段あまり表情を変えない彼は、見事に私限定で表情筋が仕事をしない。


 婚約してからというもの、クロ様は私に自ら食べさせる行為を楽しむようになった。最初は子供扱いのようなものかと思っていたんだけど、竜人の文化を知るうちに『恋人や夫婦関係の相手への愛情表現』だということを知った。


 婚約した当初も恥ずかしかったけど、その意味を知ったときはもっと恥ずかしかった。それからいろいろ竜人の習性とかクロ様の普段の様子とかを知るたび、私への態度が特別なんだと気づいて、どうしたらいいのか悩んだ時期も一応、ある。


 でも、人間慣れるもので、困惑したり、焦ったり、悩んだりしているうちに日常と化してしまった。それに、何も役に立てない私がクロ様のためにできる唯一のことでもあるから、今では私もクロ様に食事を運んだりしている。


 そう、人間慣れるものである。そのはず、なんだけど、でも――。


「今日は、ちょっと、近すぎない?」


 横に座ったはずなのに、今はクロ様の膝の間に座らされて後ろからほとんど抱き締められている。私が幼女だったころはクロ様の膝の上だったけど、最近は背も伸びて膝を並べるようになっていたはずなのに、また元に戻った気分だ。さすがに膝の上ではないけど……。


 いやいや、そんな油断していたらうっかり膝の上に座らせられかねない。何とか顔だけでもキリッとさせてクロ様に向き合った。


「言っただろう? 癒しが足りないんだ。いつもの距離じゃ物足りないからな。ほら、口を開けて?」


「…………」


 無駄に顔がいいなクソ。おっと、いけねえ、淑女にあるまじき口の悪さが……。


 竜人族の番問題は、私にはいまだによくわからない。クロ様やドイルが言うには、祖の竜の血が濃く出ている人ほど番に対しての感情が強いんだとか。だけど、番と出会う人は稀で、見つかるまで結婚しないなんてできる人もそれほど多くない。結果、他種族と結婚する人も少なくない、らしい。


 結果、今では祖の竜の血が色濃く残る人はそれほどいないらしい。クロ様もそれほど濃い血とは言えないそうだけど、王になるほどの強さを持っている人は隔世遺伝的に竜の本能? も強く出るみたいで、番である私が現れるまでそもそも結婚すら意識したこともないらしい。


 だから、あのメイドたちが疑問に思うのも致し方ないことなんだろう。彼女たちは竜の本能が薄い。けれど、竜人の常識で強さが正義の認識があって、だからこそ自分の上にいる竜王の妃が弱い人間なのが許せないのだと思う。


「アンシュ、これはどう?」


「……んっ、美味しい!」


「最近はずいぶんメニューが増えた。これも君の国から加工品を流してもらっているお陰だな」


 そんなことを考えながらも私の口には絶え間なく食事が運ばれる。しかしハッとして私もフォークを握った。


「クロ様もちゃんと食べないと!」


 忙しいクロ様が食事もまともにせず仕事に戻してはいけない。そんな思いから刺した肉の塊を勢いよく差し出す。


 大きすぎて口に入らなかった。






「今日も見事なラブラブっぷりでしたね、お嬢様」


「おかげで食べ過ぎたわ」


 死んだ目をするエルダと死んだような顔をする私のセットは酷いと思う。今ではすっかり慣れた光景とはいえ、目の前でイチャイチャしているカップル見るってなんか居た堪れない気持ちはわかる。私だって好きでそんな光景を振りまいているつもりはない。ないんだけど、しなきゃならない立場なのですよ。


「ふぁ……」


「食べてすぐ眠りますと体によくありませんよ」


「ん、わかってるわ。だけど、最近妙に眠くて」


 ここ数日夜も寝る時間が早まっている。体調が悪いわけでも、疲れているわけでもないのに。よくわからないけど眠気は抑えきれずすぐにベッドに入ってしまっている。そして寝すぎで腰が痛いし、すっごい情けない。


なのに、まさか昼間でも眠気を覚えるとは……。






 ◇ … ◆ … ◇






 結局眠気に負けて夜もガッツリ寝たせいか腰どころか背中も痛い。まだ十二歳なのにババ臭いことに悩まされている。いや、でもこの痛み、前世病弱で寝たきりだった時には結構よくあることだったような気も……。


 もう忘れかけている痛みを思い出そうとしながら、食堂までの慣れた道を歩く。痛みとダルさが気になってお腹がすいてない気もするけど、食事に行かないとクロ様が気にして部屋まで来ちゃうだろうし、具合が悪いわけじゃないんだからちゃんと朝ご飯は食べないと。


「おはようございます、クロ様」


 食堂に入れば既に席で待っていたクロ様に挨拶する。無だった表情がパッと笑顔に変わって立ち上がった彼は、私に駆け寄ってくる。


「アンシュ、おはよう! 今日はアンシュの好きなパンケー……」


 私を抱き上げようとしたのか手を伸ばした状態で突然止まる。言葉も止めて私を見つめたまま硬直したクロ様に首を傾げて見つめ合った。


 汗一つ、クロ様の頬に流れる。


 汗二つ、顎から垂れる。


 汗三つ、額に浮かんだ。


 それでも動かないし何も言わないクロ様に私はとりあえず近づく。一応周囲の人にも視線を向けるけど、誰もがクロ様の様子がわからないようで、側近のドイルまでも首を傾げている。


「クロ様、どうしたの? お腹でも痛い?」


 ありえないだろうなと思いつつ問いかけて伸ばされた手に触れた。その瞬間、ビクリとらしくもなく震えたクロ様は瞬きの間に壁際に張り付いていた。


 まるで、脅えているように。


「クロ様?」


「ひゃ! あ、あ、あ、あああんしゅ!」


 声たっか! 悲鳴じゃん!


 え、クロ様私に脅えてるの? 竜人族最強だよね? 私か弱い十二歳の少女だけども!


「す、すすすまない、私は、少し、野暮用を思い出した!」


 汗をかきすぎているのか顔を真っ赤にしてクロ様はそんなことを早口で吐き出しながら部屋から飛び出していった。残されたのは唖然とした私と使用人のみ。


「クロ様は、一体どうしたの?」


「あんな陛下は私も初めてですね。まったく、ルルアンシュ様に関わると陛下のイメージがどんどん崩れていくんですよねえ」


「私のせい!? 私が望んであんなクロ様にしたわけじゃないんだけど!」


 聞き捨てならないとばかりに言い返すけど、ドイルは私を一瞥してため息をつくだけ。この人は会った時からずぅっとこの態度だ。陛下命だから仕方ないけど。


 結局クロ様はこの後も戻ってこず、私は一人でふわふわパンケーキを食べる。いつもなら必要以上に構ってきて、食べさせようとするのに。


「変なクロ様」


 クロ様が城にいるのに食事を一緒にしないなんて今までなかった。だから、すごい違和感。構われ過ぎるのも困るけど、顔すら見せないのは極端すぎない? そもそも、どうしてなのかわからないし。


 ランチに問いただそうと心に決めて、無理やり口に詰め込んだ。




 ところが、よ。


「クロ様は?」


「仕事が立て込んでいるそうなので先に召し上がってくださいとのことです」


 食堂に行っても姿はなく、仕事なら傍を離れないはずのドイルが伝言を預かってきている。しかも、立て込んでいる〝そう〟なんて、ドイルは把握してないってことだ。そんな仕事あるはずない。確かに忙しいって昨日は言っていたけど、それでも食事できないほどじゃないはず。


 つまり、嘘だ。


(嘘ついてまで、私と会いたく、ない?)


 今までないことに、胸が軋んだ気がした。




 眠気はまだ続いている。だらけていないはずなのに未だに背中は痛いし、クロ様は意味不明だし。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


 エルダの声にハッとする。やることもないし部屋でぼーっとしているだけなのに妙にイライラする。考えることがないからなのかもしれない。答えのわからないことも無意味に悩んでしまうのが原因かも。


 心配そうに顔を覗いてきた彼女にどうにか微笑んだ。


「大丈夫。気晴らしに散歩でもしようかな。体が固まっててまだ背中も痛いし」


「そうですね。部屋にこもっていてもいいことはありませんからね。今日もいい天気ですし、中庭でもいきましょうか」


 気を使ってくれているとわかる言葉に頷いて立ち上がった。悩み過ぎたのか、少しだけ頭が重い気がする。


 らしくない。わかっているけど、妙にイライラして、いつもの調子が出ない。そんな不満もモヤモヤもクロ様に言えばスッキリするのに……。




 気晴らしに中庭に出た、はずだったんだけど。


「ねえ、聞いた? ついに陛下は目が覚めたようよ!」


「聞いた聞いた! 城にいるのに番様に会おうともしなかったんでしょ? やっぱり何かの間違いだったのよ。きっとあの子が成長したことで気づいたんじゃない? 番じゃないって」


「ああ、なるほど。それなら理解できる。もともと年齢差あり過ぎたもんね。陛下でも間違っても仕方ないわ」


 この前廊下で話していたメイドたちだ。この二人は少しおしゃべりが過ぎる。いや、でもこのメイドの耳にも今日のことが回っているってことは、他にもおしゃべりな使用人がいるってことだ。


 けど、仕方ないのかも。ヒト族と比べれば竜人族は素直というか、気持ちを抑制することが苦手な種族だ。トップにいるクロ様がいつもと違う不可解な行動をした。これだけで周囲は動揺しているんだろう。


「またあの二人! 今度こそ黙らせますか?」


「いいよ、別に」


 小さかったから、間違った。


 間違いだった。


 昨日までは絶対に気にならなかった陰口のような言葉が今の私には重くのしかかってくる。イライラしてモヤモヤして、背中も腰も痛くて、頭が重くて、全身がダルい気がしてくる。全部全部クロ様にぶつけてしまいたいのに!






「今回も先に召し上がっててくださいとのことです」


 顔も、合わせてくれない状況にストレス半端ない!


「どういうことですか、ドイル様。陛下は何があって来られないのでしょう?!」


「お仕事がまだ終わらないようですよ。実際机にへばりついてはいました」


「はあ? ではどうして貴方はここにいらっしゃるのです?」


「私は陛下直々にルルアンシュ様のお食事を見届けよとご命令を受けていますので」


「はあ? そんなの貴方がやる必要はないでしょう! それなら仕事を代わって差し上げればいいでしょう!」


 陛下命のドイルと私を慕ってくれているエルダはたまにこうして反発する。どっちも主人を思ってこそなので別にいいんだけど、今はちょっと静かにしてほしい。


 一気に食欲もなくなって私は席も付かずに体の向きを変えた。


「せっかく作ってくださったのにすみません。今日は食欲がないので、明日にでも回してください」


 私のわがままで廃棄になっても困る。この辺もヒト族の貴族より緩いので無下にするわけじゃないって伝えれば竜人族の人たちは受け入れてくれる。


 ドイルやエルダの言い争いを気にしつつも私の言葉に頷いてくれたのを認めて、私はドアをくぐった。


「お嬢様! お食事は?」


「ごめんなさいエルダ。今日は食欲ないの。眠気もまだあるし、ちょっと部屋で休むね」


 正直朝からずっと食欲がなかった。それでもクロ様がいるからと思って出てきたのに、結局いない。それならもう部屋でふて寝でもすればよかった。


 ひんやりとした冷気が体を包んだ。その瞬間、フッと視界が暗くなる。廊下の先が遠のいていき、まるで廊下が伸びていくように錯覚する。


「お嬢様!」


 エルダの声が遠くで聞こえたような気がして、だけどそれに応えることもできずに、意識が沈んだ気がした。



 

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