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私は悪役令嬢の、ただの侍女でございます  作者: 遠堂 沙弥
第二部 悪役令嬢救済計画
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45「嘘偽りなき本心」

 これまでアリエッタ自身に任せるには非道すぎる悪行に関しては、本人に内容を伝えてからレオナが行ってきた。

 包み隠さず明かしてきた理由は単純明快、口裏を合わせるためだ。

 知らぬ存ぜぬであればいつしかボロが出てしまう。

 表向きにはアリエッタは元凶である悪役令嬢で、行ってきた罪のひとつひとつを認識しておく必要がある。

 悪行の数など問題ではない。

 何をしてきたか、が重要なのだ。


「表沙汰になってはいないけれど、あなたがお屋敷でぐっすりお休みになっている時間帯が主よ。不用心で警戒心のかけらもない聖女を何度か襲ったの。もちろん私の魔性を使って、あなたになりすましてね。犯人が誰かしっかり目撃させてから退散したわ」


 当初は「暴漢を使って聖女を襲わせる」という計画をしていた。

 複数人の男たちに乱暴されるという設定であれば、少女にとってかつてない恐怖となるからだ。

 しかしグランディス国でまさに「アリエッタが暴漢に襲われる」という悲劇を生んでしまった。

 レオナの機転によりこの件に関する記憶を一旦忘却させることに成功したが、何をきっかけに思い出してしまうのかわからない。

 そんな痛ましい経験を思い出させたくないため、この案を「アリエッタになりすましたレオナ」へと変更したのだ。


「他にも色々、陰湿な呪いをかけたり、クラスメイトを巻き込むほどの事故を装ったこともあったわ。全て目撃されるように働きかけたのに、聖女が目撃者たちの口を塞いだせいで大事にはならなかったけれど」

「そんな……っ、怪我をさせるような嫌がらせはしないって約束、したのに!」

「あらあら、本当にアリエッタお嬢様はお優しいことで。そんな生易しい考えで悪役令嬢の烙印を押されるとでも思って? 本当に頭の中がお花畑なんだから」


 散々に罵る。

 思ってもいないことを、アリエッタにぶつけた。

 完全に関係を断ち切ろうと興奮しすぎてしまっているせいだろうか。

 勢いが止まらなくなってくる。


 そう、こんなに簡単なことだとは思わなかった。


 心の底から大切にしているアリエッタに対して、酷い言葉を投げつけることなんて自分にはできないと思い込んでいた。

 考えたこともないようなことを、言語化して罵るなんて高難易度なミッションだと、そう思っていたのに。


「初めて会った時からずっと思っていたのよ。派手でもない、目立ちもしないような平凡な子、私には道端の雑草程度にしか感じられなかったというのに。どうしてこんな甘っちょろいへたれな子供を教会は認めてしまったんだろうって」


 初めて会った時から、私はあなたに注目していました。

 衝撃的だったんです。

 悪徳の魔女ミーガンを演じるために、ヴィランとしてのメイクや衣装で完全に醜い魔女に扮していたにも関わらず、あなたはそれでも光り輝いていた。

 心根の優しさが、辛抱強くたくましい少女が悪役を演じる姿に心を打たれたのです。


「教会や国王からの命令があったから、仕方なく私はあなたの侍女を引き受けざるを得なかった。蓋を開けてみればさらに酷い。まともに喋れもしない、年齢の割に鈍くさすぎて顔を合わせる度にイライラしていたわ!」


 枢機卿や国王の命令がなかったと思うとぞっとします。

 いいえ、本当なら選ばれるべきではなかったけれどあなたは選ばれてしまった。

 そしてそんなあなたの侍女を仰せ遣うことができた私は、本当に幸運でございました。

 あなたとの出会いがなければ、私は一生暗闇の中でただ上からの命令に従い魔道具のように何も思考しない人形のままだったことでしょう。


 あなたと共にクリサンセマム家に来てから、私はさらなる衝撃を受けました。

 これほど愛らしく、心の底から守ってあげたいと思うような存在に出会えるなんて、私には奇跡そのものです。

 あなたと過ごした毎日が、私にとって初めて手にした宝物のようでした。

 可愛らしい笑顔を見る度に、私の凍てついた心が溶けていったのです。


「私に騙されているとも知らないで、私の手のひらの上で踊る様は見ていて愉しかったけれどね。最後にはどんな絶望を与えてやろうか、それを想像することであなたと一緒にいる苦痛を我慢することができたってものよ」


 あなたを騙していたことは、どんなに謝っても償っても、足りるわけがない。

 それでも純粋なあなたが私の言うことを素直に聞いてくれて、私は罪悪感と幸福感で満たされていました。

 最後には全てがうまくいくように。

 あなたが心の底から笑っていられる世界へ送り出すために。

 それを想像することで、私は私の罪と向き合い、希望を見出すことができたのです。


「だからもうこれでおしまいってわけ。私もこれでようやく肩の荷が下りたってものだわ。アリエッタ・クリサンセマムの公開処刑は明日に決定している。ずいぶんと早いでしょう? 王家も教会も、そして国民全員が! あなたが絶命する瞬間を早く拝みたくて仕方ないのよ。本来ではあり得ない裁判抜きのスピード断罪となった! どう、誇らしいでしょう?」




 レオナは自分でも驚くほど、アリエッタを精一杯傷つけた。

 そう、口にするだけなら実に簡単なことだった。


 なぜなら、自分の気持ちとは正反対のことを言えばいい……。

 たったそれだけのことなのだから。


 レオナは心の中で多くの感謝を述べる。

 アリエッタと過ごした宝石のような思い出を、その時に感じていた想いを、改めて自分の中で言語化した。


 そしてそれとは全く正反対の意味で言語化させる。


 感謝の言葉が呪いの言葉へと変わっていく。

 高揚していたのだろう。

 恐らくこれがアリエッタと直接対面して言葉を交わす最後の場となる。

 そう思うと感情が止まらなかった。

 これほど気分が高まり、興奮したことなどただの一度もない。


 冷え切ったと思っていた。

 感情というものなど、とうの昔に死んだと思っていた。

 全てはアリエッタと出会ってから始まった。

 レオナの中で止まっていた感情の波という時間が、動き出していた。


 そして今この時のために、レオナは取り戻した感情をアリエッタにぶつける。

 こうすることで、自分の中にほんのわずかでも心残りがないよう、徹底的に破壊した。


 アリエッタと過ごす今後の生活、などという幻想を捨てるため。

 レオナと共に築き上げた信頼関係がまだ残っていると、そうアリエッタに思わせないよう完全に退路を断つため。


 そう、これは必須条件。

 互いの縁を完全に絶ち切らなければ、遺恨が残ってしまう。

 だからレオナは徹底的にアリエッタを罵倒した。

 全ての事象に理由をつけて、一切の好意もなかったことをアリエッタにわからせなければならない。


 アリエッタは聡いが、臆病だ。

 自信のなさが、謙虚な心が、レオナの言葉を真実だと捉えるだろう。

 疑うことなく傷ついてくれるはずだ。

 レオナはそう確信していた。


 そうすれば、アリエッタはレオナのことをただの悪女として受け止め、この先何が起こっても心を痛めたりなんかしないだろう。


 アリエッタは優しいから。

 ただの少しばかり意地悪な相手ですら温情を与えてしまう。

 だからこそ同情の余地もないほどの悪人に徹しさえすれば……。



(……アリエッタお嬢様、心よりお慕い申し上げます)

「アリエッタお嬢様のこと、反吐が出るほど大嫌いでしたわ」


「…………」


 この目に……、しっかりと焼き付けた。

 アリエッタの表情を、絶望で染まる血の気の引いた顔を……。


 膝から崩れ落ちて、冷たい石の床に手をつき嗚咽を漏らして泣きじゃくるアリエッタ。

 呼吸すらままならないほど号泣する姿に、レオナは一言もなく背を向けその場を去った。

 人払いした地下牢で、アリエッタの泣き声だけが悲しく響く。

 レオナは爪が食い込んで血が流れるほど、強く拳を握っていた。

 唇を噛みしめ、鉄の味が口内を満たしていく。


 階段を上がり続け、上の階に到着したと同時に声がかけられた。

 目の前には腕を組んで壁に背をもたれさせたフィクスが立っている。


「本当に、これでよかったんだな」

「……何度も言わせないで。必須条件よ」


 思っていたより声が震えていた。

 レオナは胸の奥につかえたものを必死で押さえ込んでいたが、声を発した途端に相当なダメージを受けていたことを自覚する。

 それを悟られたくなくて顔を伏せ、すぐさま目の前を立ち去ろうと素早く駆けたが、あっさりとフィクスに捕まってしまった。

 大きな体がレオナを包み込むように抱擁し、大いに戸惑う。


「ちょ、……離してっ」

「顔を見られたくないんだろう。こうしていれば俺に見られることもない。それに人間というものは、こうされると心が落ち着くらしいからな」


 いつものレオナならそれでも抵抗していたことだろう。

 苦手意識の強いフィクス相手であればなおさらで、きっと振り払ってでも拒絶していたに違いない。


 それをしなかったのは、フィクスの言葉のとおりなのだとレオナは認めた。

 思いのほか心が弱っていたらしい。

 目から熱いものが流れ落ちている顔を見られたくなかったし、自分より大きなものに抱きしめられることがこんなに安心するとは思ってもいなかった。


 冷たい地下牢から出てきたレオナは、体温の高いフィクスに抱きしめられ、彼の心臓の音を耳にし、少しずつ平穏さを取り戻せそうだった。

 完全に身を委ねそうになった瞬間、やはりレオナは強く体を引き離した。

 両手でフィクスの胸を押し当て、距離を離す。


 真っ赤になったツリ目が、じっとフィクスを見上げた。

 みっともない顔を曝け出したが、彼はいつものようにからかって笑ったりしない。

 それどころか珍しく眉尻を下げて小動物でも眺めるような、慈しむような眼差しで見つめてくる。

 この優しげな雰囲気がアリエッタに近しいものを感じたせいか、全く不快にならなかった。


「アリエッタお嬢様は今も、冷たい地下牢の中で一人絶望に打ちひしがれているのよ。私だけがぬくぬくと慰めてもらっているわけにはいかない」


 そう、男に優しくされている場合ではない。

 何の罪も負い目もない憐れな少女が、寒々しい地下牢の中で辛い思いをしているのだ。

 自分だけ救われていいはずがない。


 フィクスがため息を一つ。

 困ったような、呆れたような、そしてどこか残念そうな面持ちでつぶやく。


「本当に君は、アリエッタ嬢一筋だな」

「当然よ。私の行動は全て、アリエッタお嬢様のためだけって決まっているのだから」


 おかげでいつもの自分を取り戻せた気がした。

 あのままフィクスに甘えていたら、せっかく決めた覚悟が揺らいでしまう。


 レオナの行動理念は、常にアリエッタであるのだから。


(アリエッタお嬢様に別れを告げた。フィクスの準備も抜かりはない。後は明日、公開処刑の日に全て決する!)



 清々しいほどの快晴の中、アンデシュダリア国内の大広場にて。

 稀代の悪役令嬢アリエッタ・クリサンセマムの公開処刑が、いよいよ行われる。

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