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私は悪役令嬢の、ただの侍女でございます  作者: 遠堂 沙弥
第二部 悪役令嬢救済計画
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46「混乱、そして混沌」

 透き通るほどの青空の下、アンデシュダリア国内にある大広場にて行われるはずであった公開処刑。


 魔道具によって映し出された映像を、人々が息を飲みながら眺めている。

 昨夜、騎士団本部にある地下牢で実際にあった出来事を……。


「全てはアリエッタ嬢に仕える侍女レオナによる策謀である」


 貴賓席にいる侍女レオナを指さしながら、フィクスは高らかに宣言した。

 地下牢での会話を映像と音声付きで国民全員に暴くことで、今まさに処刑されようとしている少女アリエッタの冤罪を証明する。


 映し出された二人の姿、そしてレオナがその場で口にした台詞の何もかもが、これまでの悪役令嬢の姿が偽りのものであったのだと白日の下に曝け出された。


 当然、人々の視線は侍女レオナへと注がれる。

 貴賓席にて堂々と、自白する場面を全員に知られてもなお、彼女は怯まず居丈高な表情でフィクスを睨み付けるのみであった。

 表情を歪ませ怯むどころか、レオナは反撃に転じる。


「フィクス国王、いくら魔道具参入が許可されたとて、地下牢は関係者以外立ち入り禁止のはず。ましてや盗撮用の魔道具を用意するだなんて、国のトップ自らが犯罪行為をひけらかして恥ずかしくないのかしら?」


「君に言われたくないな。それにこれは盗撮ではない。然るべき手続きを踏まえた上で、監視用魔道具の試運転を試みていたところ、たまたま君の自白場面をカメラが捉えたに過ぎない」


 反論され、レオナの表情が初めて歪んだ。

 悔しそうに、してやられたという体を装う。


 そう、二人の攻防は打ち合わせどおりの演技であった。

 何もかもがアンデシュダリア国民全員に仕掛けた逆転劇である。


 ただ一人、アリエッタだけは他の国民たちとは立場が違う。

 彼女は悪役令嬢としてこの場に立ち、最後の最後まで役割を全うしようとした演者側の人間なのだから。


「これはどういうこと、レオナ!? どうしてこんなことを……、何のために!?」


 今まで二つの人格を自然に使い分けてきたアリエッタだ。

 土壇場であっても彼女の立ち居振る舞い、台詞は「どちらとも取れる」ようになっていた。

 裏事実を知らない国民たちの耳には、アリエッタが発したこの台詞は「信頼していた侍女に裏切られた悪役令嬢」としても聞き取れるようになっている。


 そして本来のアリエッタとしては、このまま悪役令嬢として断罪されるはずが予定とは異なる展開になっていることへの疑問をレオナにぶつけた台詞として口にした。


 だがしかし今は国民を始め、裏事情を知る教皇や国王らの目がある。

 彼らの目線を優先するならば、表情などは悪役令嬢のものとしなければならない。

 そのため傍目からは「怒りに震える悪役令嬢」をアリエッタは演じ続けた。


 心の中でずっと「このままだと私ではなく、レオナが処刑されてしまう」と叫びながら、アリエッタは切実に訴え続ける。

 そんなアリエッタに向かって言葉を投げかけたのは、レオナではなくグランディス国王の王弟マリクであった。


「この侍女を信頼してきたアリエッタ嬢には酷な話ではありますが、あなたは直接彼女から真実を聞かされていたはずです。あなたの味方をフリをしてきた顔こそ、偽りであったのだと!」


「マリク……、様……」


 人々のざわめき、動揺が広がっていく。

 目の前で繰り広げられている光景は一体何なのかと、だんだん騒がしくなっていった。

 それは公開処刑を見物しに来た国民に限らず、王家の者や貴族たち、教会上層部にとっても同じことが言える。


「これは一体どういうことなのだ」

「あの侍女が何だというの? あの少女は冤罪だったとでも?」


 公開処刑の特等席では、貴族院の者たちがアリエッタが無実であるかもしれないと疑い始める。

 裁判すら行われなかったことに、今さら疑問が浮かんでくる。

 先ほどの映像を信じる者、あくまでアリエッタが悪役令嬢で断罪されるべきだと信じて疑わない者、様々な意見が飛び交う中で国王は怒りに震えていた。


 このあり得ない展開にしびれを切らしたのか、椅子から乱暴に立ち上がりジオーク教皇の元へ駆け寄った。


「ジオーク、これは一体どういうことだ!? あの侍女はお前が遣わした部下であろう! これでは断罪劇が台無しではないか!」


「……あやつらめ、この私を謀ったというのか」


 混乱が混乱を招いていく。

 やがて事を急いたジオーク教皇が右手を高らかに挙げ、低くしわがれた声ながらも威厳ある口調で私兵に命令した。


「悪役令嬢の罪に変わりはない! さらにこの場を混沌に陥れようと目論むこの侍女諸共引っ捕らえよ! 二人そろって神の裁きを下せ!」


 彼の言葉により、場の空気が一層変わった。

 迷いを振り払ったかのように、槍を構えた神官戦士たちがアリエッタ、そしてレオナを取り囲む。

 貴族、民衆の中からもそれを支持する声が上がった。

 観客席から悲鳴が響き渡ったが、それはこの前代未聞の騒動に対してではない。


玩具の兵隊(ソルダ・アン・ジュエ)、発動」


 純真無垢な笑顔を常に讃えていたマリクの表情が、含みのある暗い笑みへと変わる。

 この瞬間を待っていたかのように発せられた言葉と同時に、そこら中至る所から成人男性と同じ背丈ほどのぬいぐるみが突如として姿を現した。


「きゃああああ!」「な、なんだこいつは!?」

「私のジョルジュちゃんが大きくなった!?」「くっ、離せっ!」

「こいつら、一体どこから侵入したんだ!?」


 様々な動物を模した愛らしいぬいぐるみたち。

 武器を持った兵士はもちろんのこと、観客席の中にいた一部の人間に対し、体の自由を奪うようにしがみついてきた。

 その力は相当強いらしく、屈強な兵士や騎士ですらそう簡単に振り払うことができない様子だ。

 そんな光景を目の前に、人々は驚き逃げ惑う。

 だがその一方で、ぬいぐるみに対する反応に大きな違いが生じていた。


 アリエッタやレオナに対して敵意を持っていた者、攻撃的な反応を示していた人間たちはこぞってこのぬいぐるみに恐怖していた。

 まるで目の前に凶悪な姿をしたモンスターが現れたかのように、戦慄とした表情で抵抗している。


 しかし一部の、先ほどの映像を見たことで今回の公開処刑がもしかしたら不当なものであったかもしれないと、そう疑問を持った敵意のない人々はぬいぐるみが巨大化したことに驚くだけで恐怖している様子は見られない。


「僕らに害を為そうとする者にだけ、ぬいぐるみたちが凶悪な姿に見えるよう幻覚の魔法がかけられているんだ。当然敵意のない人に対しては愛らしい見た目のままだよ。敵意を向けない限り、彼らは危害を加えないから安心していいよ」


 アンデシュダリア国に親善大使としてやって来てから数日間、マリクはその相貌と話術によって自身の兵隊を愛らしい玩具と称して数多く配っていた。

 そのほとんどは女性の手に渡ったものだが、ペアで持てば恋愛成就の効果があると嘯き、女性の手から男性の手に渡るように仕向けたのも彼である。


 信心深い者ほどスピリチュアルなものに弱い。

 おかげで数多くの者の手に、マリクの兵隊たちが送られることとなった。


「それともうひとつ、僕が配ったぬいぐるみたちには他にも仕掛けが施してあったんだ。兄上の魔法はとても強力だから、存分に効果を発揮してくれたみたいだね」


「マリクのぬいぐるみには洗脳解呪の魔法を施しておいた。持っているだけでその周囲にいる者にかけられた精神系の魔法を解除させることが可能、効果は見てのとおりだ。俺の言葉と映像を見せただけで、疑問を抱かせることができた」


 これまでどんなに理不尽なことがあろうと、誰一人としてそれを「おかしい」と感じなかった事実。

 それほど強力な洗脳魔法が施された国民たちが、フィクスが提示した映像を見せただけであっさり「おかしい」と思わせることができたのだ。


 兵隊としていつでも発動できるぬいぐるみを大量に生産したマリクの実力もさることながら、それら全てに強力な解呪魔法を施し、さらにそれがフィクスの手から離れても発動するよう仕掛けておく技術。


 この兄弟の協力なくして、国民たちの洗脳を解き、アリエッタが冤罪で裁かれようとすることに疑問を与えることは不可能だっただろう。


 そうしなければ国民たちは神への信仰による洗脳と、国王や教皇の言葉によって確実にアリエッタの処刑が正当なものであると信じて疑わなかったはずなのだから。


「よってアリエッタ・クリサンセマムは、侍女レオナの陰謀により罪を着せられ処刑されようとしているに過ぎない――潔白な人間であることがここで証明されたわけだが。そうまでして処刑を強行しようとする教会側の言い分を聞くとしようか?」


「フィクス・グランディス……っ、貴様さては(はな)からこれを」


 奥歯を噛みしめながらフィクスを睨み付ける教皇。

 国王に至っては他国の王が何を目的としてこのようなことをしているのか、全く理解していない様子であった。

 ただ「国の伝統を穢された」という認識のみでフィクスに敵意を向けている。

 悪役令嬢断罪計画を主導しているのは、あくまで教会側……ということが窺えた。

 ここで教皇は憎々しげな表情から一変。

 鼻で笑うように居直ると、レオナを一瞥する。

 冷静さを多少取り戻したのか、いつもの落ち着き払ったしわがれ声でフィクスに問いかける。


「しかしそれであの者に全ての罪をなすりつける、という点においてどうにも腑に落ちんな。国民から信仰心を削り取ったということは、もうお前にはこの計画の全貌を把握しているのではないのか? 神聖黙示録(セイクリッドバイブル)を読み解いたお前なら、な」


「アンデシュダリアの神聖黙示録(セイクリッドバイブル)が俺の手元にあること、すでに知っていたか。そうだな、この国が何百年もかけておぞましい儀式を繰り返してきたこと、恐らくこの場で俺ともう一人……。記憶を改竄された騎士団長殿しか知り得ないだろう」


 ちらりと、フィクスはその騎士団長とやらに視線を向けた。

 彼は信仰心の塊のような眼差しで、レオナに剣の切っ先を突きつけている。

 自身の魔性により、神聖黙示録(セイクリッドバイブル)を読んだ記憶は消去されていた。

 よって実際にはこの場で真実を知る者は国王、教皇及び枢機卿、そしてフィクスしか存在しないことになる。


「これは彼女の唯一にして最大の望みだ。俺はそれを叶えるため手を貸しているだけだが、それはそれとして俺にも果たしたい目的があるため協力している」


「ほう? 世界有数の大国が、慎ましやかに生活を営むこの国をどうしたいと言うのだ」


「その前に彼女との約束を先に果たさせてもらう」

「黙ってそれを許すと思っているのか!」


 教皇は仕込みナイフを瞬時に投げつけた。

 だがフィクスはそれをいとも容易く払いのける。

 教皇の動きに合わせ他の神官戦士や騎士たちも反撃に転じようとするが、ぬいぐるみたちによってすかさず鎮圧されてしまった。


 それを合図に国民たちはさらに恐慌していく。

 再び悲鳴が上がり、解呪が間に合っていない者はぬいぐるみに取り押さえられ、それを見ていた他の者が逃げ出そうとした。

 多くの国民が公開処刑に訪れていたので場は混乱を極め、人の波でごった返していく。


「このままじゃ怪我人が出てしまうね。兄上、ひとまず解呪の成功は確認できたので人々の避難を優先させようと思います」


「そうしてくれ。一般人がいると邪魔でかなわん」


 あちらこちらで抵抗が見られる。

 一般市民はぬいぐるみと、いつの間にか紛れ込んでいたフィクスの部下たちによって避難誘導されていた。

 公開処刑が行われるはずであった場所から、少しずつ人の姿が消えていく。


 遠くから喧噪が聞こえる。

 武器を向けていた者が周囲からいなくなった。

 まるでこの舞台に二人きりになったような感覚だ。


「レオナ……」


「思っていたより場がめちゃくちゃになってしまったけど、結果は変わらないわ。私はあなたをずっと騙し続けていた、利用してきた。それだけは何も変わらない」


 見届ける観衆は、もういない。

 だがそれでも、幕引きだけはしっかりと……。


 お礼なんて言おうものなら、この子にしこりを残すだけだもの。

「最低な人生だったわ。あなたなんかと出会わなければ、もう少しマシだったかもね」


 ただひとつ誤算があるとするなら…………。

 優しすぎるこの子が見ている前で、この命を投げ出す羽目になることかしら。


「聖ネフィル、今回の悪役令嬢は少々歳を重ねすぎてしまったかしらね。でもあんたのお望みどおり、一人の少女の人生を狂わせる程度には悪事を働いてきたわ。それによってしっかり罪悪感も抱いている。手も汚したし、国を混乱に陥れもした。一国ひっくるめて騙してやったのよ? 悪役令嬢としての役割は全うしたはずなんだから、ちゃんと美味しく喰らってちょうだい」


「レオナ!」


 あれほど晴れていた空に暗雲がもたらされる。

 雷音が鳴り響き、空気が震えるようだ。


 天候が急変したと誰もが思ったことだろう。

 しかし変わってしまったのは空模様ではなく、場そのものであったことに気付く。


 あれだけ騒がしかった喧噪が途絶え、空の唸り声だけが耳に入っていた。

 処刑が行われようとしていた舞台にいた者だけ、瞬時に別の空間に飛ばされたような感覚だ。


 貴賓席も、特等席も、処刑台周辺にいた人々はそのままに、残りの人々が一人残らず姿を消していた。

 正しくは、この場に残っていた者だけが元の場所から姿を消したことになる。


「な、なんだ? 急に薄暗く? なんか息苦しいし、一体どうなっているんだ!?」

「ランドルフ、無事か!? くうっ、何が起こっていると言うんだ? おい、ジオーク! 一体どうなっている!?」

「これは神が創り給うた世界、なのか?」


 国王に王太子ランドルフ、そして聖女セスティリアにジオーク教皇。

 レオナやアリエッタだけでなく、フィクスやマリクもまた、この空間に飛ばされてしまっていた。

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