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私は悪役令嬢の、ただの侍女でございます  作者: 遠堂 沙弥
第二部 悪役令嬢救済計画
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43 感情のリング

  プロムナードで騒ぎがあった翌日のこと。

 アンデシュダリア国内では悪役令嬢アリエッタ・クリサンセマムの話題で持ちきりだった。


 プロムナード事件。

 悪役令嬢による反乱。

 王太子殿下と聖女の婚約発表を妬んだ貴族令嬢が乱心した、など。


 世間では言いたい放題であったが、それもレオナにとっては都合の良い状況だ。

 人々が噂をすればするほど、アリエッタを悪く言えば言うほど、教会側は悪役令嬢断罪計画が順調に進んでいると信じ込んでくれるだろう。


 民衆が大いに騒いでくれることこそが、最大の隠れみのとなるのだから。


 公爵令嬢であるベリルージュ・セクトクラムの大怪我を治した直後、アリエッタは学園に常駐していた騎士によって捕縛され、そのまま連行された。

 事件を起こした張本人とされるアリエッタの侍女レオナはというと、あれよあれよと言う間に主人が捕まる場面をただ見送ることしかできなかった……という体を装う。


 その後には滞りなく、実にてきぱきと行動に移していた。

 すぐさまアリエッタの両親に連絡し、身の振り方を指導する。


 優秀な弁護士を雇い、今回の事件と両親は無関係であること。

 長年に渡るアリエッタの振る舞い、これまでずっと手に負えなかったこと、かねてから危険視していたことなどを包み隠さず話すように教え込んでおいた。


 教会の息がかかっている弁護士を紹介し、全ての罪をアリエッタ一人に着せるため促す。

 弁護士がその通りに動くことはわかっていた。

 そうすることで悪役令嬢断罪計画がスムーズに進むからだ。


 それはこの国が望むべき形、結末である以上、確定された未来である。


 誰一人として、アリエッタの無実を信じる者はいないだろう。


 幼い頃から悪行三昧を繰り返し、他人を見下し、陥れ、自由奔放に生きてきた我が儘な貴族令嬢。

 数々の悪行に手を染め、果てには王太子や聖女にすらその牙をむいた身の程知らずな悪役令嬢。


 アリエッタ・クリサンセマムはこの国でただ一人、孤立無援の存在となっていた。


 ***


 レオナは自室にて連絡を取っていた。

 魔道具を使っての対話、相手はもちろんフィクスである。


「一部想定外のことが起きたけれど、計画に支障はないわ。教会側も何を急かされているのか、悪役令嬢を早いところ断罪したいみたいね。だから今夜……、計画の大詰めを実行する」

「計画に必要な魔道具関連はこちらで全て準備してあるが、本当にやるのか」

「必須条件よ。何を今さら」

「いや、君はアリエッタ嬢のことをずいぶんと大切にしていたからな。正気の沙汰じゃないと思っただけだ」


 フィクスにはレオナが計画していた全貌をすでに話してある。

 それを承諾した上で、協力関係にあった。

 レオナの目的ははっきりとしている。


『アリエッタ・クリサンセマムを自由にすること』


 逆にフィクスの目的の全ては、未だレオナには明かされていなかった。

 それだけで対等な協力関係だと言い切れないのだが、レオナは自分の目的が確実に達成されるのであれば、どんな無理難題を吹っかけられようと受け入れるつもりでいる。

 フィクスがアンデシュダリアを占領するつもりであったとしても、滅ぼすつもりであったとしても、そこにアリエッタの幸せが邪魔されなければどうでもいいことなのだから。


 元よりアンデシュダリアに安住の地などないのだ。

 何も知らず、グランディス国で心穏やかに、健やかに暮らしてくれればそれでいい。


「教会側はこれまでの悪行三昧の全てを、アリエッタお嬢様に着せるつもりでいるわ」


 暗部として現役でもあるレオナは、時折教会に戻っては内部調査を行なったりなどしていた。

 もちろん悪役令嬢断罪計画を知る者なら、計画実行に必要なこととして察し、それらの行為を咎める必要性がない。

 ある意味で特別な許可を得ているといってもいい。


 そうやって調べていく内にわかったこともある。

 現職である財務大臣や官僚などが、自分たちの横領を始めとした犯罪行為をアリエッタの仕業に見せかけるため、証拠を一生懸命捏造しているという情報を得た。


 他にも様々な悪行が掘り起こされて、レオナ自身が必死になって作らなくとも勝手に罪が増えていることに笑いがこみ上げるほどだ。


 悪役令嬢断罪計画などとかこつけて、自分たちはやりたい放題。

 どれだけの人間がこの計画のことを知っているのか、それはレオナですらわからない。

 だがこのタイミングで堂々と犯罪行為をしていることから、何かしら知るタイミングはあったということだろう。


 それはやはりジオーク教皇辺りか。

 少なくとも教会であれば大司教、官僚であれば大臣クラスが妥当かもしれない。

 この辺りの階級なら私腹を肥やすために色々と行動しやすい立場となるだろう。

 賛同を得られる部下を使えば、さらに被害を拡大させることができる。

 そしてそれらの罪は全て、悪役令嬢アリエッタが背負ってくれるのだから有り難いことこの上ない。


 本来ならレオナ自身が悪役令嬢がやらかした罪として実行するところであった。

 しかしわざわざ自分が手を汚さなくとも、上の連中が勝手に罪を重ねてくれている。

 レオナの、アリエッタの知らぬところで、いくつもの罪状が積み上がっていく。


 頬が痙攣しているのがわかる。

 胸くそ悪さが臓腑を冒していく。


 悪役令嬢、悪役令嬢、悪役令嬢、悪役令嬢――。


 何の意味もない、見出したくもない。

 一人の憐れな少女をいたぶって、そんなに楽しいのか。

 このような計画を考えた輩をこの手で握り潰したくなる。


 過去何人もそうやって犠牲になっていった少女たちに同情しているなどと、そんなおこがましいことは考えていない。

 そのような感情、残念ながらレオナは持ち合わせていないのだから。


 思うことはひとつ。

 気持ちを込められる人物は、ただ一人だけだ。


「そういうわけだから、サポートは全面的に任せるわ」

「……君が決めたことだ。これ以上の口出しはしないでおこう。任せておけ」


 フィクスとの対話を切り、レオナは椅子の背もたれに深く身を預ける。

 だがそれも一瞬の間の後に立ち上がった。


 それは自主的というより、衝動的な行動だった。

 行くつもりはなかったのに足が勝手に向かっていく。

 衝動的に、感情のままに。


 ***


 沸々としたものが込み上げてきたからか。

 それとも感傷に浸りたいなどと、まるで普通の人間みたいなことをしてみたくなったのか。


 レオナは王国騎士団本部へ向かう前に、アリエッタの私室へと足を運んだ。

 時刻は深夜過ぎ、さすがにクリサンセマム家のほとんどの者が寝静まっている頃。

 プロムナード事件があってから安全を期すため、見張りが数人ほど屋敷の内外を巡回していた。

 レオナは全身に迷彩の魔性クリアスライムを纏い、誰にも見つからないようそっと部屋の中へ忍び込む。


 サボンの香りが鼻腔をくすぐる。

 アリエッタの好きな匂いは、いつしか彼女の香りとして記憶するようになっていた。

 部屋中に満たされたサボンの香りを嗅いだだけで、まるでそこにアリエッタがいるような感覚になる。


 豪奢な調度品や、特別加工してもらった家具類。

 全て「悪役令嬢アリエッタ・クリサンセマム」が好むデザインになっている。

 しかしベッド脇にあるサイドテーブルの引き出しの中には、童話から飛び出して来たようなメルヘンチックな小物が少しばかり。

 まるで隠すようにひっそりと忍ばされていた。


 本来のアリエッタはメルヘン好きで、こういった可愛らしい小物を集めるのが趣味であった。

 おとぎ話が好きで、妖精や幻想的な動物が出てくる絵本が好きで、子供っぽい部分をいつまでも持っているのが、レオナの知る本当のアリエッタ・クリサンセマムなのだ。


 だから本当はこの部屋にある、これでもかと主張してくる高価なインテリアになど興味はない。

 派手で特別な品を好む悪役令嬢が好むから、それらが目につくように置かれているだけだ。

 それでもレオナにとっては愛おしい品々となっている。


 本来のアリエッタのことも、アリエッタが演じている悪役令嬢のことも、レオナにとっては等しく尊い存在なのだから。


「これは、アリエッタお嬢様が十三歳の誕生日の時に私がプレゼントした……」


 サイドテーブルの上に置かれていたリングを手に取り、じっと見つめる。

 感情によって色が変わる、という名目で女の子の間で人気のあったムードジュエリーのひとつだ。

 要は温度に反応して色が変化するだけなのだが、自分の気持ちを色で表現するアイテムという認識の方が、ロマンチックな女の子にとっては重要だった。


 室内が寒々しいせいだろう。

 リングに嵌まった石の色は真っ黒になっていた。


「まるで今の私たちの気持ちを表しているようね……」


 本当なら、今のレオナの気持ちは晴れ晴れとしているはずだ。

 ようやくここまで来たという思い。

 やっとアリエッタをこの地獄の日々から解放してやれるという、その願いがもうすぐ叶うという喜びであふれているはずなのに。


 レオナの気分はまるでこの石が表現する色のように重く、暗い。


 押し込めなければ――。

 いつものように気を引き締め、冷徹になる。

 簡単なはずだった。


 だがアリエッタの香りで満たされたこの部屋で、それは無理な話だったようだ。

 初めて、レオナの中にあった感情があふれ出す。


 走馬灯のようにアリエッタと初めて出会った日から、今日に至るまでが映写機で映し出されるようにめくるめく思い出されていく。


 次々と浮かんでくるアリエッタの表情は悲しいことに、作った笑顔がほとんどであった。


 そうだ、こんなことではいけない。

 アリエッタとの思い出が、レオナを奮い立たせる。

 冷徹さを取り戻させる。

 残酷な現実を痛いほど突きつけてくる。


 アリエッタから本来の笑顔を奪ったのは自分自身だと、目を逸らしてはいけない。


 ムードリングを握りしめ、誓いを立てるように胸へと押し当てる。

 今からレオナはこの計画の最終段階へと駒を進めるのだ。

 感傷に浸るなど、本当に身の程知らずだった。


「ただいま参ります、アリエッタお嬢様……」


 握りしめていたムードリングを元の場所に戻し、レオナは部屋を静かに出て行く。


 残されたリングの色は、変わらず漆黒のままだった。

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