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私は悪役令嬢の、ただの侍女でございます  作者: 遠堂 沙弥
第二部 悪役令嬢救済計画
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 一瞬の出来事であった。

 それは契約主であるアリエッタも予想だにしていなかった。

大地の精霊ノームの暴走に、誰もが即座に反応できなかった。


 激しい揺れにより落ちたシャンデリア。

 その下敷きになった、ベリルージュ・セクトクラム。


 悪役令嬢アリエッタによる好演に見惚れながらも、周囲の様子に目を配っていたレオナですら反応が遅れていた。

 最初の悲鳴によって、止まっていた時が動き出す。


「この悪女が、クラスメイトを殺した!」


 その言葉より少し早く、行動を起こしていたのはアリエッタであった。


「ウンディーネ、治癒魔法を! 早く!」


 契約主の言葉にウンディーネは天井近くにいたまま、眼下で倒れている少女めがけて治癒魔法を放つ。

 水の精霊ウンディーネは慈愛の精霊、その名の由来は彼女本来の力が治癒特化によるものだからだ。


(ベルちゃん……っ!)


 アリエッタは集中し、ウンディーネに魔力を送った。

 魔力の高さと量によって魔法の威力は格段に跳ね上がる。

 アリエッタ自身も治癒魔法を使えるのだが、精霊魔法には適わないことを理解していた。

 今、ベリルージュを救えるのは、ウンディーネによる治癒魔法にかかっているのだ。


 アリエッタが必死にベリルージュを救おうとしている間、フィクスはマリクと共に会場内で巻き起こっている混乱を鎮めることを優先した。

 傍目からはフィクスが風の精霊シルフの本来の契約主だと悟られぬよう、遠回しに宥め、一旦退場する方向へ誘導する。

 マリクもまた他人から好感を持たれやすい外見を使い、会場を取り仕切る人材にプロムナード中止と避難を呼びかけた。


 レオナはその場を動かず周囲を注視する。

 慌てふためく生徒たち、怪我人を出したことよりパニックに陥る教師陣、何が起きているのかわからず怯えながら立ち尽くすランドルフ王太子。


(なぜ、お前が動かない)


 聖女セスティリアを睨みつけ、その様子を一瞬たりとも見逃さないよう視線を釘付けにする。

 狼狽するランドルフにしがみつかれて動けない、ということもあるだろう。

 それにしては聖女としての役割を放棄しすぎではないのか。

 レオナはセスティリアにそんな違和感を抱いていた。


(アリエッタお嬢様の言葉にもあったように、本来四大精霊との契約を最優先するはずの聖女が、なぜ未だに誰とも契約を交わしていないのか……)


 選別に時間をかけすぎていたと、上からはそう報告されていた。

 今回の計画には一層人選にこだわっていたからだ、とも。

 それにしては今回の聖女は、あまりに行動が遅すぎやしないだろうか。


 火の精霊イフリートと対面した後に、レオナは不思議に思っていた。

 イフリートはどちらかといえば神聖黙示録(セイクリッドバイブル)の守護者として、あの場に縛られていたように見える。


(ずっとアンデシュダリア国内にいたというのに、なぜ聖女セスティリアは火の精霊と契約を交わしていなかったのか……)


 そして今も、本来ならば国民を守る立場にある聖女がなぜ、目の前で生死の境をさまようほどの重傷を負っている生徒がいるというのに、棒立ちなのだろうか。

 聖女セスティリアという存在に疑問を感じていた時であった。


 ウンディーネの治癒魔法が間に合ったおかげで、ベリルージュは一命を取り留めたらしい。

 歓声が上がるが、すぐさま担架で運ばれるベリルージュ。

 そして彼女の命を救ったはずのアリエッタは、学園で常駐している騎士に捕縛されているところであった。


 二人の大柄な騎士にがっちりと両脇を固められ、アリエッタの背後では神官戦士が魔法封印の術をかけ続けている。

 力でも魔力でもどうにもならない状態にまで取り押さえられたアリエッタは、劣勢の中で不敵の笑みを漏らしながら悪あがきの言葉を上げた。


「私は公爵令嬢の命の恩人よ? なのにこの扱いはなんだというのかしら!」

「うるさい、黙れ! どうせ全てお前が仕掛けたことだろう!」

「はっ、冗談じゃなくてよ。私はこの国の王妃になる人間よ! さっさと離しなさい、この無礼者!」

「口の減らない女だ。おい、いっそのこと何も喋れなくなるよう沈黙魔法をかけてやれ!」

「御意に」

「――っ! ――っっ!」


 プロムナードという舞台を壊した悪役令嬢アリエッタは、こうして騎士に連行されていった。

 それを黙って見守る周囲の者たち。

 誰一人として、アリエッタに味方する者はいない。


 怯えすぎて腰が抜けたのか、床にへたりこんでしまったランドルフは震えながら今見たことを悪夢だと、ぶつぶつとつぶやく。


「あんなのが、あんな……化け物が俺の婚約者だったなんて」


 これまでずっとランドルフの前では大人しい少女を演じて来たアリエッタ。

 自分の前と、学園での彼女の姿とではまるで別人だと思う程度にはアリエッタの二面性に気が付いていたランドルフ。

 もっともアリエッタ自身がそう仕向けていたわけだが、それでも学園内で振る舞っていた悪女としての顔をいざ自分の目の前でされてしまうと、ショックの方が大きかったのだろう。


 しばらく動けずにいるランドルフに、異常事態に気付いて駆けつけた従者(サーヴァント)たちが手を差し伸べる。

 プロムナード会場はあくまで、招待された者のみ入ることが許される場。

城からずっと付き従っていた者は、別室で待機していた。

 そしてこの騒ぎ、駆けつけないわけにはいかない。


 ランドルフのことは従者(サーヴァント)たちに任せ、セスティリアもまた場の収拾に務めようとした時であった。


「お怪我はございませんか、聖女様」

「……あなたは確か、いつもアリエッタ様のお側にいた――」


 こうして直接対面するのは二度目だ。

 一度目は、そう……初めて聖女セスティリアという存在を目にした時。


 あの時はまだ田舎育ちの青臭さが感じられた。

 聖女としての英才教育を受けて来たからか、貴族令嬢たちに囲まれて生活してきたからか。

 元々持っていた器量に、気品さが加わった印象を受ける。


「ごめんなさい、今は大変な状況だから用件は後にしてもらえるかしら」

「アリエッタお嬢様の非礼の数々、詫びて済まないことは承知しております」


 謙虚に、だが時と都合を考えない浅慮さを交えながらレオナは引き止めた。

 どうにもこの聖女は、不可解な点が多すぎる。


 今後の計画に支障をきたさないとも限らない種は、摘んでおくに越したことはない。

 何より彼女は最も高い障壁となるかもしれないし、一助となるかもしれなかったのだから。


「どうか聖女様、アリエッタお嬢様に温情を!」

「そこの者! 聖女様に何をしている!」


 詰め寄る無礼な侍女から聖女を守ろうと、神官戦士が割って入る。

 今は媚びを売る状況ではないことを口にし、早々と聖女を連れ去ってしまった。

 セスティリアは、神官戦士に促されるままに避難誘導をする側に加わっていく。


 未だ混乱する場内で、レオナは聖女を見限る選択をした。

 出会ったばかりの彼女であれば、恐らくアリエッタの無実を叫んでいたことだろう。


(そう、あの頃の聖女ならば……きっとそうしていたはず)


 歪曲してでもなぜかアリエッタの肩入れをしていたはずだ。

 あの頃なら。


(聖女ですら洗脳にかかってしまう、と捉えるべきなのかしら)


 それはまだわからない。

 だがレオナは彼女を疑い続けるべきだと、そう判断した。


 やがてフィクスと合流する。

 周囲には不自然に思われないよう、この事態を引き起こした悪役令嬢の侍女に話を聞くため、という形を装って。


「ノームは何かに怯えていた」

「ええ、そう見えたわね。ノームが怯える存在はただ一人……」

「かつてノームを骨抜きにした先代の聖女、というわけか」


 八十年前に現れてたとされる聖女の洗脳により、ノームは自我を失い暴走していた。

 強い衝撃を与えたこと、ノームを保護したフィクスによって洗脳を解除したことで難を逃れたはずであった。


「心に深く刻まれたトラウマがよみがえりでもしたか」


 果たして「聖女」という存在を前にしたから、錯覚を起こして混乱したのか。

 それとも当の本人でも目撃したとでもいうのか。


「ノームへの聞き取りは任せたわ。私は計画の大詰めをしなければ」

「あぁ、それは任せておけ」


 それだけ話し合い、レオナはさっさとこの場を去るつもりであった。

 だがフィクスが呼び止め、まだ何かあるのかとレオナが眉間を寄せながら振り向く。


「あのお嬢さん、とんでもないお人好しだな」


 唐突にそんなことを言った。

 何を今さら、というレオナの反応であったが。

 思えば彼はアリエッタとの付き合いが長いわけではない。

 マリクと違い、多くを語らい合った仲ではなかったことを思い出す。


「あの場面、彼女の反応は誰よりも早かった。ノームの暴走は不測の事態だったにも関わらず、打算的な行動を取るには判断が早すぎる」


 人としての心が枯れ果てるほどに、フィクスの思考回路は合理的になっていた。

 だからこそアリエッタの行動が不思議でならないのだろう。


 悪役令嬢としてのアリエッタが言ったように、相手が公爵令嬢であったからこそ誰よりも早く救助することで、自分の立場をより良い方向へ持っていける。

 そういった打算を、誰もが考え付くであろう計算をアリエッタが思いつくには思考整理が早すぎたのだと、フィクスは指摘したかった。


 だがそんなことで不思議がるなど、レオナにとっては無駄でしかない。

 鼻で笑いながらその謎を解明してやる。


「アリエッタお嬢様はこの世で唯一、純然たる善性の持ち主であるから。ただそれだけのことよ」


 それだけ言って、レオナは踵を返し会場を後にした。

 残されたフィクスは言われた言葉を何度も頭の中で反芻させる。


 人として当たり前の感情。

 人が人を助ける理由。


 それは時に、思考すら飛び越えて行動に移せる。

 本能で判断し、考えるより先に身体を動かしてしまえる才能。


 アリエッタはまさに、自分の立場や打算を考えるより先に人助けを優先させた。

 それは理屈など介さない衝動的行動である。


 人は誰でも損得を思考する生物であり、本能的に行動する生物でもある。

 悪役令嬢を演じ切るアリエッタならばまず損得勘定から入って然るべき場面であった。

 だが、そうしなかった。

 あれは本能に従い、行動した結果だ。

 理屈や理由は後から付け加えたに過ぎない。


「そんな人間が、本当にいるのか……」


 もはや自分の損得や合理的な考え方しかできなくなっているフィクスにとって、アリエッタのような純粋な正義を持った存在など、伝説上の生物という認識だ。


 レオナが言った言葉を思い出す。


「純然たる善性を持った少女……。もしかしたら彼女こそ、真の聖女たらん存在なのかもしれんな……」

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