第19話「動き出す歯車」
─銀鷹連本部、作戦ルーム。
普段ならギルドマスター・結城瞬の姿があるはずの場所には、今日は副ギルドマスター・神谷総一郎が立っていた。
「今日は瞬が別任務で不在だから、代わりに俺が説明する」
穏やかながらも芯のある声で、神谷が告げる。
その場には凪人と、もう一人──初対面の青年が並んでいた。
「初めまして……春日奏汰です。えっと、その……よろしくお願いします」
どこかおどおどした様子の彼は、柔らかい髪に眼鏡をかけた、少し頼りなさそうな少年だった。
(この子が、今回のペアか)
凪人が視線を向けると、春日はぺこりと頭を下げた。
「今回の任務は──市外に出たエリアで確認された“異常個体”の調査と処理だ。
初任務としては簡単な部類だが、敵の動きに特殊な性質がある可能性がある。
慎重に動いてくれ」
「異常個体……ですか」
「うん、だが今回は偵察込みの行動だ。まずは状況を把握するのが目的だ。
討伐は二の次。撤退判断を間違えるなよ」
神谷はそう念を押したあと、春日の方を見やる。
「春日の異能は《スタティック・バインド》。一定範囲内に“動作遅延”のフィールドを展開し、敵の動きを鈍らせる効果がある」
「は、はい……でも、まだうまく制御できてなくて……。あの、凪人さんの足を引っ張らないよう頑張ります……!」
(動きを止める系か……連携しやすそうではある)
凪人は少しだけ表情をやわらげる。
「気にすんな。俺もまだ、初任務みたいなもんだ」
春日は驚いたように目を見開いたあと、ふっと安心したように笑った。
「──二人の支援は、ギルドでリモートバックアップを入れておく。
……それじゃ、頼んだぞ」
ギルド本部を出ると、空はもう傾き始めていた。
都市の空に映る夕光はどこか金属質な色を帯び、遠くのタワービルが赤く照らされている。
舗装された歩道の上を、二人の影が並んで伸びていた。
「……さっきは、驚いた。まさか《綾瀬凪人》くんと組むことになるなんて」
春日奏汰が、緊張した面持ちで言った。
「いや、気にしないでくれ。俺も今日が初任務だし、よろしくな」
凪人が軽く笑いかけると、春日はうつむいて頷いた。
「うん、ありがとう。でも、俺の方こそ……本当は、ちょっと焦ってる」
「焦ってる?」
「うん。俺さ、冒険者になってからずっと結果が出せてなくて。
ギルドのランキングにも全然反映されてないし……」
春日は、手元の端末を取り出して苦笑を浮かべた。
「ギルドって、ほら。貢献度とか、戦績とか、見えるじゃない? でも俺のページ、ずっと“評価保留”のままなんだ」
凪人は無言で耳を傾ける。
「だから、今日は……結果を出さなきゃって思ってる。
せめて、“戦えた”って証明したいんだ。……自分にでも、ギルドにでも」
風が、ふっと二人の間を通り抜けた。
春日の表情には、どこか“諦めかけた光”が差していた。
「そうしないと──このまま、ギルドにいられなくなる気がしてさ」
「……そんなの、まだ決まったわけじゃないだろ?」
「うん。でも、俺の中では、もう“背水の陣”って感じかな」
凪人はしばし沈黙し──やがて口を開いた。
「じゃあ、今日、やろうぜ。二人でちゃんと、結果を出そう」
春日は目を見開き、ゆっくりと頷いた。
「……ありがとう、凪人くん」
その一言に、ほんの少しだけ、彼の肩から力が抜けたように見えた。
都市の雑踏を抜け、二人は任務地へと向かっていく。
二人が到着したのは、都市の外縁部にある廃ビル群だった。
ガラスは割れ、コンクリートの壁にはツタが絡みついている。かつては商業施設だった建物は、いまや静かな“影の空間”となっていた。
「ここが任務地……妙に静かだな」
凪人がつぶやくと、すぐ頭上で電子音が鳴った。
──ヒュン。
空中に浮かび上がるように、一機のドローンが姿を現す。
球体状の小型無人機で、前方には監視カメラとスピーカーが搭載されていた。
『識別認証を行います──該当任務:第13監査区域・調査任務/監視区分:D3』
凪人はデバイスを起動し、ドローンにかざした。
続いて、春日もそっと手元の端末を差し出す。
ドローンのレンズが赤く光り、数秒のスキャンの後──
『綾瀬凪人、認証完了』
『春日奏汰、認証完了』
『──ご苦労さまです。任務情報を送信します。お気をつけて』
カチリ、と小さな音を立ててドローンがデータを送信すると、二人のデバイスに詳細が表示された。
【任務内容:廃ビル内における未確認反応の調査】
【補足:反応源は複数点。自律型か徘徊型かは不明】
【注意:反応消失および接近時の暴走報告あり】
「……つまり、何がいるかは不明。でも、放っておくとヤバいってことか」
凪人が読み上げると、春日が苦笑する。
「うわ、やっぱり怖いかも。いきなり暴走型だったらどうしよう……」
「ま、やるしかないな。行くぞ」
「う、うん……!」
二人は、ゲートを通り抜け、ダンジョンの内部へと足を踏み入れた。
空気が変わる。
ひんやりとした冷気が肌を撫で、薄暗い光の下に苔むした岩壁と、わずかに開けた通路が続いている。
「う、うん……!」
二人は、ゲートを通り抜け、ダンジョンの内部へと足を踏み入れた。
空気が変わる。
ひんやりとした冷気が肌を撫で、薄暗い光の下に苔むした岩壁と、わずかに開けた通路が続いている。
「春日、マップは?」
「えっと……この任務は、区域内の“異常個体”の調査と対応、ってことだから……探索しながら発見報告を、って感じだと思う……」
「了解。まずは敵がいないか慎重に行こう。あんまり派手な音は立てないように」
凪人が周囲を警戒しながら進み、春日も少し遅れてその後に続く。
─ゲートを通り、ダンジョンの内部へ。
灰色の岩壁に囲まれた空間は、ほんのり湿気を含んだ空気で満ちている。遠くから響く水音。わずかに揺れる灯りが、薄暗い通路を照らしていた。
「……薄暗いけど、視界はギリギリってとこかな。敵の奇襲に気をつけよう」
凪人が警戒しながら前を進む。その後ろを、春日が少し緊張した面持ちでついてくる。
「そ、そういえばさ……凪人くん、年はいくつ?」
「俺? 十七」
「えっ、年下だったの……!? 僕、十九なんだけど」
「マジで? てっきり年下かと思ってました」
「ひどいなあ……見た目そんなに頼りなさそう?」
「いや、そんなつもりじゃ……でも敬語、いらないんじゃないですか?年上ですし」
「え、えーと……じゃあ、そっちも敬語やめてよ」
「わかった。じゃあ、お互いタメ口で行こう」
ちょっと照れたような笑顔が浮かぶ。緊張が少しだけ和らいだ空気に変わった。
数歩進んだあと、春日がふと口を開く。
「ねえ、なんで凪人は──プロの冒険者になろうと思ったの?」
凪人は少しだけ歩調を落とし、前方を見つめたまま答える。
「うーん……なんでだろうな。世界が大きく変わってさ。目まぐるしい毎日を生きてるうちに──気づいたら、もうプロの試験を受けてた」
春日は小さく笑って、肩をすくめる。
「何それ。意味わかんない。世界はずっとこんな感じだよ?」
凪人の表情がわずかに曇る。
(──お前にとってはな)
心の中でそう呟きながら、凪人は訊き返す。
「じゃあ春日は? なんでプロの冒険者になろうと思ったんだよ」
──その問いに、春日は立ち止まり、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
「……僕は、小さいころに両親を亡くしたんだ。まだ、弟と妹が小さくてさ……」
凪人は無言で、背中越しにその言葉を聞いていた。
「だから働かないといけなかった。まともな仕事も選べる余裕なんてなかったし、戦えるなら稼げるって、そう思って冒険者を目指した」
春日は、微かに握った拳を震わせた。
「どんな命令も、従うよ。逃げ出すとか、贅沢言ってられない。弟と妹に……普通の暮らしをさせてやりたいんだ」
……静寂が落ちた。
どこか遠くで、水が滴る音だけが響いている。
凪人はゆっくりと歩みを進め、春日の横に並ぶ。
「……そうだったんだな」
その声には、少しだけ熱がこもっていた。
「ちゃんと目標があるんだな。……俺とは、違ってさ」
「え?」
「いや、なんでもない」
凪人は、ほんの少しだけ目を細めた。
(俺も──両親は、いない)
けれど、それを今ここで言うべきかどうかは、まだ分からなかった。
目の前にいる春日は、自分とは違う。
誰かを支えるために、傷ついても立ち上がろうとしている。
「でも、ひとつだけ言える。──すげぇと思うよ、お前の覚悟」
「……ありがと」
春日は少しだけ照れたように笑った。
その空気を断ち切るように、Orisの警告音が頭に響く。
『前方、魔力反応を検知。敵性個体の存在を確認。警戒を』
凪人は、すぐに構えを取り直す。
よし……行くぞ、春日」
「ああ!」
(この任務で──何かが変わる気がする)
ふたりは声を重ねて、ダンジョンの奥へと進んだ──




