第18話 ここで、俺は証明する
─ホログラムディスプレイに、新たな名前が刻まれた。
《綾瀬凪人/登録完了》
それを見つめながら、凪人は静かに拳を握る。
(──ここから始まる)
英雄への道は、まだ遠い。
だが、確かに“新たな場所”を得た。その実感が、心の奥で熱を灯す。
「なら、改めて──ようこそ、銀鷹連へ。君の本当の冒険は、これからだ」
結城瞬がそう告げた後、ふっと表情を緩める。
「さて。これからのことを少しだけ話しておこうか」
そう言って、彼は一歩前へ進み、ギルド内の壁に表示されたホログラムを指し示す。
そこには、討伐数、攻略数、貢献値、連携評価──あらゆる項目が一覧化された、ギルド内スコアボードが映し出されていた。
「我々《銀鷹連》は、一定の“ノルマ”を設けている。
主な基準は、討伐数・ダンジョンの攻略進捗・貢献度など。
これらを総合的に評価し、ギルド内での各自の役割や評価が決まっていく」
凪人は、真剣な表情でそれを見つめる。
「──それらの数値は、中枢AI《A.N.G.E.L》が管理している。
正確かつ公平な観測と分析をもとに、冒険者ランキングも決定される」
結城は凪人の目を見据えて言う。
「目標は明確だ。──我々は“冒険者ランキング・トップ100位以内”を目指す。
君にも、ぜひそこを目指してほしい。君なら、その価値はあると信じている」
凪人は一拍置いてから、静かに頷いた。
「……わかりました」
その返事を聞き、結城は頷いて声を上げる。
「──三枝!」
「はーい!」
明るい返事と共に、扉の向こうから現れたのは、黒髪の短髪に快活な笑みを浮かべた青年だった。
スーツスタイルにジャケットを羽織り、ギルド内でも比較的“話しかけやすい雰囲気”をまとっている。
「綾瀬くん、はじめまして。僕は三枝。このギルド本部の案内係──というより、なんでも屋みたいなもんだよ」
「……よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる凪人に、三枝は親指を立てて笑う。
「それじゃ、さっそく案内開始といこう。今のうちに施設の配置を覚えておかないと、初任務で迷子になっちゃうよ?」
結城は軽く笑みを浮かべて言った。
「それと──来週から任務に出てもらう。準備はしっかり整えておいてくれ」
「……了解です」
短い返答。だがその声には、確かな決意がこもっていた。
三枝が案内用の小型ホログラムデバイスを起動すると、建物の内部マップが空中に展開される。
「じゃ、まずは訓練フロアから見に行こうか。武装調整やシミュレーション設備、実戦演習室もあるから、絶対おさえておくべきだよ」
凪人は一歩、歩み出す。
新たな拠点──“戦場”とも呼べるその空間に、己の存在を刻むために。
(──ここで、俺は証明する)
誰よりも強くなる。
誰よりも、前へ進むために。
─《銀鷹連》ギルド本部・中央フロア。
透明なガラス通路を進みながら、三枝が笑顔で手を振る。
「まずは、こっちが訓練ブロック。大きく分けて3つのエリアがあるんだ」
凪人の前に広がったのは、まるで近未来の軍事施設のような区画だった。
天井の高いホールには、模擬武装や演習ターゲットが並び、壁面にはホログラムパネルが絶えず動いている。
複数の冒険者たちが、スキルを放ったり、模擬戦を行ったりしていた。
次は《シミュレーションブロック》。現実そっくりの仮想空間で、ダンジョン攻略やモンスター討伐の演習ができる。最新の視覚・触覚フィードバック技術を導入してるから、実戦にかなり近いよ」
三枝が指さす先のガラス越しでは、複数の冒険者が仮想空間で巨大な獣型モンスターに挑んでいた。
「最後が《兵装制御スタジオ》。ここでは、兵装の反応速度や精度の測定、制御訓練なんかをやる。特に射撃系の武器を使う人には相性がいい場所だよ」
凪人は軽く頷いた。
「……なるほど。たしかに役立ちそうです」
「……それにしてもすごいな、本当に全部揃ってる」
「そりゃそうさ。なんたって、日本ランキング1位のギルドだからね。設備も、技術支援も、トップレベルだよ」
歩きながら、三枝が急に振り返る。
「そうだ、言い忘れてたけど──このギルドって“結果主義”だから、いい意味でも悪い意味でも、自分の力がそのまま評価に繋がる。手を抜いてると、すぐ下から追い抜かれるよ」
「……逆に言えば、力があれば、ちゃんと見てもらえるってことですよね」
「そういうこと。君みたいに《推薦》で入った子は珍しいけど……少なくとも、ギルマスが認めてるってだけで注目はされてるよ」
「……ありがたいですね」
三枝は肩をすくめて笑った。
「まあ、注目されるってのは、期待とプレッシャーの両方を背負うってことだけどね」
そう言いながら、彼は凪人を交流エリアへと案内する。
そこでは、ギルドのメンバーたちが談笑したり、データを交換したりと、活気のある空気が流れていた。
「ここが《フリースペース》。雑談したり、作戦会議したり、情報共有したり──何でもありの場所だよ。まあ、初日は顔合わせ程度でいいから、焦らなくて大丈夫」
凪人がうなずいたそのとき──
「ふむ。随分と落ち着いているね」
背後から、低く響く声がかかった。
振り向くと、背の高い青年が立っていた。整った顔立ちに、眼鏡。ギルドの制服を着崩すこともなく、姿勢も言葉もどこか品がある。
「あっ、神谷さん」
三枝が一歩前に出て頭を下げた。
「神谷……さん?」
凪人が首をかしげると、三枝が笑って紹介する。
「うちの副ギルドマスター──神谷 総一郎さん。……あかりさんのお兄さんでもあるよ」
「へえ……」
凪人は少し驚いたように、目を見開く。
神谷は一歩前に出ると、穏やかな笑みを浮かべて凪人に声をかけた。
「君が、綾瀬 凪人くんだね。瞬と──あかりから、話は聞いているよ」
「……あ、はい」
神谷は軽く頷き、少し声を潜めるように続けた。
「──あの試験、よく耐えきった。あの場にいた者の中でも、君の動きは際立っていたと報告を受けている」
「……ありがとうございます」
凪人は姿勢を正しながら、短く礼を述べた。
神谷の眼差しには、威圧感はない。だが、どこか見透かされるような鋭さがある。
「期待しているよ。君が、このギルドに何をもたらすか──楽しみにしている」
それだけを言い残し、神谷は静かにその場を後にした。
三枝がぽん、と凪人の肩を叩く。
「ちょっと怖かった? あの人、たまに冗談通じないけど、本当はいい人だからさ」
凪人は小さく笑ってみせた。
「……そういう人、嫌いじゃないです」
「──新入りか」
横から低い声が飛んできた。
振り返ると、短く刈り込んだ髪に、鍛えられた体躯をした青年が立っていた。
胸元のネームタグには《レン》の文字。
「お前が“綾瀬凪人”か。──ちょっと俺と模擬戦、付き合ってくれないか?」
「模擬戦……?」
「新入り歓迎ってことでさ。軽く手合わせ、ってだけだよ」
その言葉に、周囲の数人が「おっ始まったな」と小声でささやく。
三枝が苦笑交じりに耳打ちしてくる。
「レンはああ見えて負けず嫌いでさ。新入りの実力は、自分で確かめたいタイプなんだ」
凪人は小さく頷いた。
「──わかりました。お手柔らかに」
***
──数分後。ギルド内トレーニングルーム。
レンと凪人が向かい合う。
開始の合図と共に、レンが踏み込んだ。
(動きは悪くない。だが──)
──スッ。
凪人の身体が、わずかに身をひねるだけで、レンの踏み込みを避ける。
「……っ!」
続けて繰り出された正拳も、凪人の反応速度に届かない。
(……見えてる。動きのクセも、体重の乗せ方も)
カウンター気味に放った肘打ちが、レンの腹をとらえた。
「ぐっ──!」
そのままの流れで、凪人はレンの背後へと回り込み、軽く腕をとる。
ガクリ、とレンの体勢が崩れる。
「……うそ、だろ……?」
地面に膝をつくレンに、凪人は息一つ乱さず、手を離した。
「ありがとうございました」
レンは苦笑しながら、立ち上がる。
「スキルも使ってなかった……よな、今……」
凪人は黙って、少しだけ頷いた。
周囲のメンバーからは、静かな驚嘆の空気が広がっていく。
(──“黒瀬に勝った”のは、伊達じゃないか)
三枝が、思わずぽんと手を打った。
「こりゃあ、今後が楽しみだなあ!」
レンは、まだ少し息を乱しながらも、凪人の手を握った。
「お前……マジで、強いな。正直、ちょっと舐めてた。──またやろうぜ、今度は俺も本気出すからよ」
「……こちらこそ」
凪人は軽く微笑むと、再び静かにその場に立った。
(──銀鷹連。少しずつ、わかってきた)
でも、この力は──ここで止まるためのものじゃない。
(俺は、もっと先へ行く)
─訓練エリアを出ると、廊下の先で待っていたのは、制服姿の神谷明璃だった。
「お疲れ様、凪人くん」
明璃は壁にもたれながら、小さく手を振る。
「……ああ。見てたのか?」
「うん。バッチリ。スキルなしで勝っちゃうなんて、さすがね」
「いや……たまたまだよ。相手の動きが見えただけ」
肩を軽くすくめる凪人に、明璃は一歩、こちらへと近づいてきた。
「……今日は、もう終わり?」
「一応な。三枝さんの案内も終わったし、訓練もやった。これ以上やってもバテるだけだし」
「じゃあ──一緒に帰らない?」
明璃の声は、どこか自然で、それでいて少しだけ期待を含んでいた。
凪人はわずかに眉を上げたが、すぐに小さく頷く。
「……いいよ。ちょうど帰るところだったし」
「ふふ、じゃあ決まりね」
二人は並んで、ギルド本部の廊下を歩き出す。
自動ドアが開き、外に出た瞬間──柔らかな夕暮れの風が、髪を揺らした。
都市の光が瞬き始める時間帯。高層ビルの隙間から、西陽が差し込む。
「……少しずつ、慣れてきた?」
明璃が隣でふと問いかける。
「まあ……まだ全部が初めてだけど。案内してもらって、ちょっとギルドってものがわかった気がする」
「よかった。あそこは私にとって、居場所でもあるから」
凪人は横目で彼女を見る。どこか、穏やかな横顔だった。
「……ありがとな。気にかけてくれて」
「べ、別に気にかけてるわけじゃ……ただ、先輩として当然でしょ」
少し早口になった明璃の横で、凪人はくすりと笑った。
「そっか。……助かってる」
「……なによ、急に」
少しだけ照れた明璃の顔に、夕焼けの色が重なって──
その帰り道は、どこか特別な時間のように、ゆっくりと流れていた。




