第17話 選ばれる側、選ぶ側
─午前十時。
凪人は、再び《銀鷹連》本部の前に立っていた。
前に来たときよりも、心なしか建物が重く見える。
それが“責任”という名の圧力なのか、自分でもよく分からなかった。
(……まあ、銀鷹の結城瞬さんに推薦してもらえなかったら、俺は今、ここにいない。なるべく早く、お礼もかねて顔出しておきたかったしな)
端末をかざして、受付カウンターDを通過。
案内ドローンが現れ、凪人は静かにそのあとを追う。
──そして、応接室の扉が開いた。
「ようこそ、《銀鷹連》へ」
そう言って出迎えたのは、結城 瞬その人だった。
相変わらず、威圧感のない柔らかな笑顔を浮かべながらも、その視線には確かな力が宿っている。
「あの試験、見させてもらったよ。──合格、おめでとう」
「ありがとうございます。……ギルドからの推薦、感謝しています」
凪人はまっすぐに頭を下げる。
その言葉に、結城はわずかに目を細めた。
「さて。さっそくだけど──凪人くん」
結城は立ち上がり、机越しに向き直った。
「正式に、我々《銀鷹連》に入団してくれないか?」
凪人の表情が、一瞬固まる。
「……え?」
「もちろん、すぐに返事を求めたりはしない。君はまだ若い。選択肢を持つ自由があるべきだと思っている」
結城の声は優しかったが、そこに一切の冗談はなかった。
「だが、我々としては、君のような逸材がチームに加わってくれることを強く望んでいる。……どうだろう?」
凪人は少しだけ目を伏せて考える。そして、静かに答える。
「……すみません。少し、考える時間をいただけますか」
「もちろん。焦る必要はない。君のような人材に“選ばれるギルド”でありたいと、私は思っているからね」
その言葉に、凪人はわずかに驚きながらも、深く頭を下げた。
(──この人が、ギルドの頂点に立っている理由……少し、分かった気がする)
数分後──
凪人はギルド本部を後にし、再び都市の光の中を歩き出す。
(……とはいえ)
(俺が、ギルドに入るって……本当にそれでいいのか?)
──悩みは、心の奥で静かに形を成していった。
──翌朝、Fクラス教室。
「おはよ」
扉を開けて中に入ると、すでに揃っていたカズキ、ゆうま、玲那の3人が顔を上げた。
「おう、凪人! おはよう」
「……なんか、顔がちょっと真剣?」
「どしたの? 何かあった?」
凪人は少しだけ言葉を選ぶようにして、机に鞄を置く。
「──ちょっと、相談があるんだけど」
その言葉に、3人の目がわずかに見開かれる。
「え、凪人が相談って……珍しくない?」
「ていうか、相談とかしてくれるんだな……」
「な、なんかあったの?」
凪人は軽く息を吐いて、正面を向いたまま言葉を続けた。
「昨日、銀鷹連のギルドマスター──結城瞬に正式に入団しないかって言われたんだ」
「……っ! マジかよ、それ……」
「さ、正式に……?」
「うん。でも、即答はしなかった。『考えさせてください』って答えた」
教室の空気が、一瞬だけ張り詰める。
「……どうして?」
玲那が、静かに尋ねた。
「たぶん、俺がここで生き残って、試験にも受かったから……“使える”って判断されたんだと思う。でも──それだけで動いていいのか、まだ自分でも分からないんだ」
凪人は、ゆっくりと言葉を選びながら続けた。
「俺は、強くなりたい。……誰も、死なせたくないから。でも、それが“ギルドに入る”ってことと、同じ意味になるのかは……まだ、答えが出てない」
しばらくの沈黙。
だが、3人はその静けさを、優しく打ち破った。
「凪人。どんな選択しても、お前はお前だよ。信じてっから」
ゆうまが、真っ直ぐな目で言う。
「……背負いすぎんなよ? ギルドでも、学校でも」
カズキの言葉は、どこか兄貴分っぽくもあって。
「わ、わたしも……応援してる、から……」
玲那は、小さな声で、でも確かに伝えてくれた。
「……ありがとう、みんな」
凪人の胸の奥で、なにかがすっとほどけた気がした。
──夜。
帰宅した凪人は、シャワーを浴びてベッドに倒れ込んだ。
部屋の中には、どこか静けさが漂っている。
それでも、胸の奥は落ち着かなかった。
(……俺は、どうしたい?)
その問いに、すぐに答えは出なかった。
けれど、ふと耳の奥に、あの冷静な声が響いた。
『意識レベル安定。覚醒度:高位。思考処理──再起動可能です』
「Oris。……聞きたいことがある」
『応答中。内容をどうぞ』
「──銀鷹連に入るべきか。どう思う?」
短い沈黙。
やがてOrisは、いつもの調子で、しかしどこか“わずかに迷うような間”を含ませて答えた。
『選択は、あなた自身に委ねられています。
しかし──戦力増強、情報収集、戦闘訓練の観点から見て、
《銀鷹連》への入団は、現時点で最適と判断されます』
「……そうか」
凪人は天井を見つめたまま、目を閉じた。
(俺が強くなるための最善──それが、ギルドに入ることなら)
(あのとき、守れなかった仲間たちのためにも──)
そのとき、ふいに思い出したのは、3人の仲間の言葉だった。
──どんな選択しても、お前はお前だよ。
──背負いすぎんなよ。
──応援してる、から。
「……よし」
凪人は、手元のデバイスを手に取る。
表示されたメッセージ欄に、短く入力する。
【結城瞬さんへ】
明日、お伝えしたいことがあります。お時間いただけますか?
送信して十数秒後。
通知が返ってきた。
【結城瞬】
──いつでも構わないよ。待っている。
(……明日、ちゃんと伝えよう)
──誰よりも、強くなるために。
──誰よりも、遠くへ行くために。
凪人の決意が、静かに夜を貫いていた。




