第27話:決断
「ん……」
瞼に光が当たり、目が覚める。昨晩、ミラルの部屋から自室に戻り、寝直したのだ。時間はきっと昼くらいだろう。
「……家に帰る、か……」
昨晩、いや今朝の明け方か、ミラルに元の世界に帰るよう言われ、それが心の中に渦巻いたまま寝たのだ。目覚めはあまり良くない。
ベッドから起き上がり、寝室から出る。リビングの方に目を向けると、テーブルの上にパンと器、そして一枚の紙切れが置いてあるのが目に入った。
テーブルの元へと向かい、紙切れに目を通す。紙切れはミラルからのメモ書きであった。
『ショウタヘ。かまどの上の鍋にスープを作って入れておいたから、温めて飲みなさい。今日は家事はやらなくていいから、今後のことをゆっくりと考えなさいね。今朝は元の世界に帰るよう言ったけど、私はあんたの決断を尊重するから。あなたの愛するミラルちゃんより』
「はは、何が愛するミラルちゃんだよ」
ミラルのふざけた一文に、思わず笑いがこみ上げてきた。愛するだなんて、そんな。
「……俺の決断、か」
俺の意見を尊重してくれるとあるが、残りたいと言ったら、本当に残らせてくれるのだろうか。そもそも異世界に行くということは、俺の望みだった。
だが、今朝のミラルの顔を思い出すと、とても面と向かって残りたいとは強く言えないと感じた。
「俺は……どうしたらいいんだろうな」
椅子に座り、頭を抱える。自分の出すべき答えがわからない。
「……誰か、相談してみた方がいいのかな……」
少しでもいい、指針がほしい。そう考えた時に、ある人物の顔が脳裏に浮かんだ。
「……行こう」
俺は、椅子から立ち上がった。
※※※
「で、俺のところに来たと」
「はい……ダグラスさんなら、何か指針を出してくれるかな、と」
俺の頭に浮かんだ人物、ダグラスさんに会うために、俺はギルドを訪れていた。ちなみにミラルは、今は任務で出払っているとのことだ。
ダグラスさんは、俺が異世界から来たことを知っている数少ない人物である。そして、強い意志を持った大人だ。ダグラスさんなら、きっと俺の答えの方向性を示してくれる、そう考えたのだ。
「俺、どうしたらいいのかわからなくて……残りたい気持ちもあるんですけど、ミラルの顔を思い出したら、そんなこと……」
「残念だが、俺からは何も言えんよ」
ダグラスさんからの答えは、想定外のものであった。
「え……何も?」
「ああ。これはお前さんが自分で考え、自分自身で答えを出すべき問題だ。俺から何かを言って、それを曲げるわけにもいかん」
「そんな……」
思いもしなかった回答に、ガックリとうなだれてしまう。
「突き放すようで悪いが、悩め少年。人間、誰しもこういった悩むときというのは来るものさ」
そう言うと、ダグラスさんは机の書類に目を落とし始めた。
「……お時間取らせてしまってすいませんでした。失礼します」
これ以上、話は聞けないだろう。そう考え、出口の方へと踵を返す。
「ショウタよ、最後にこれだけは言っておく」
俺の背に向かって、ダグラスさんが話しかけてきた。
「なんでしょう?」
「お前さんたちが思っている以上に、命というものは重い。それだけは忘れるなよ」
振り返り、ダグラスさんの顔を見ると、ニッと笑顔を浮かべていた。
※※※
「命は重い、か……」
ギルドから出た俺は、市場の近くにある公園のベンチに座っていた。
ダグラスさんの言葉は、ごく当たり前のことだった。今更そんなことを言われても、と考えてしまう。
「言いたいことはわかるけど……」
意図はわかっている。わかっているが、それを考慮に入れて良いのだろうか。それは、俺の意志なのだろうか。
「あら、ショウタさんじゃないの!偶然ね!」
俯きながら考え込んでいると、正面から馴染みのある声に話しかけられた。頭を上げると、エアちゃんが立っている。
「エアちゃん……こんにちは、昨日ぶりだね」
「こんにちは!隣、いいかしら?」
そう言うと、エアちゃんは隣に座ってきた。
「お花の配達に行っていたんだけど、まさか今日もショウタさんに会えるなんて!」
「いつもはエアちゃんのお店で会うから、こうやって花屋以外の場所で会うのも珍しいよね」
エアちゃんに会えて嬉しいが、今朝のこともあり、気分が上がらない。
「ショウタさん、なにか悩みでもあるの?今日はなんだか元気がないわ」
そんな俺の様子を察したのか、エアちゃんが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「うん、ちょっとね……あのさ、エアちゃん」
エアちゃんにも聞いてみたい。が、どう説明したらいいのかがわからない。俺が異世界から来て、元の世界に帰るか否か悩んでいると言っても、とてもじゃないが信じてもらえないだろう。
「なにかしら?私で良ければ、相談に乗るわよ!」
「えっと、その……」
どう言えばいいのか。高速で頭を回転させ、ようやくたどり着いた言葉を、口から出す。
「友達が、突然死んでいなくなったらさ、どう思う?」
口から出して、まずいと思った。これは、あまりにも直接的すぎる。
「ち、違うんだ!これは、あくまで比喩で、その……」
慌てて取り繕いながら、エアちゃんの方を見る。エアちゃんは、こちらを見たまま固まっていた。だが、急にそのきれいな瞳から、ボロボロと大粒の涙を流し始めた。
「え、エアちゃん!?」
「どうして……どうして、そんな悲しいことを言うの?」
エアちゃんは涙を流しながら、こちらを真っ直ぐと見据えている。
「どう思うって……そんなの、悲しいに決まっているじゃないの!」
「そ、そう、だよね……」
「私、もしショウタさんが死んでしまったら……とても悲しくて、きっと立ち直れなくなっちゃう……」
そう言うと、エアちゃんはわっと泣き出した。
そうだ、当たり前なのだ。知り合いが死んだら、誰だって悲しい。もし、それが家族なら、きっとなおさらだ。
俺が思っている以上に、命というものは重い。
当たり前だ。当たり前すぎる。なのに、どうして、俺はそれが希薄だったのか。
これは、異世界に転生するために、自ら命を絶った俺の胸に、突き刺さる言葉だった。
※※※
「ただいま、ショウタ。ゆっくり眠れた?」
リビングで座っていると、ミラルが帰ってきた。
「おかえり、ミラル。うん、大丈夫だよ」
「そっか、なら良かったわ」
ミラルはそう言いつつ、荷物を武器置き場に片付けている。
「……あのさ、ミラル。俺、決めたよ」
「あら、もう?もっと考えてもいいのに」
「そうすると、きっと揺らいじゃうから。だから、今このときの決断を宣言するよ」
そう言ったものの、おそらく、俺の意思はもう変わらないだろう。
俺は、椅子から立ち上がった。そして、ミラルの目をまっすぐと見つめる。
「俺、元の世界に帰るよ」
「……いいのね?本当に」
「俺、ようやく自分がしたことの重大さがわかったよ。だから、取り返せるなら取り返さなきゃ」
そうだ。俺は自分のことしか考えていなかった。置いていかれる人がどうなるのか、考えたことなんてなかった。
だから、俺は、自分のしたことに責任を取る。元の世界に帰って、置いていってしまった人たちに、ちゃんと会うのだ。
「それがあんたの決断なのね。わかったわ、ショウタ」
ミラルは俺の元へと歩み寄ると、今朝と同じように、頬に手を添えてきた。しかし、その表情は、今朝とは異なり笑顔であった。
「ありがとうね、ショウタ」
「え、何が?」
「ううん、なんでもない」
ミラルは俺の頬から手を離す。
「それじゃ、さっそくあんたのために動かないとね」
「色々とごめんね、ミラル」
「いいのよ、私のことは。それよりも」
ミラルはニッと、更に満面の笑顔を浮かべた。
「あんたの元気なその顔、早く親御さんに見せてあげないとね。そのためなら私、なんだって手伝うわ」




